第5話 追求、次なる地へ
その日の夜、エルケンス家は屋敷の食堂で食事を取っていた。
「そういえば、あなた、昨日誰かと会っていたみたいだけれど、どうかしたのかしら?」
エルケンス家当主のマルクスに問いかけたのは、マルクスの妻のベッティーナ・エルケンス。オバサンがよくやるパーマをかけた金髪が目立つ女性だ。
「いや、ただの仕事の一環だ。特にどうという事はない」
「そう? ボクはてっきり、自分が捨てた息子に会いに行ったのかと思ってたけど」
いやみったらしい笑みを向けて発言するのは、マルクスとベッティーナの息子、クリストフ。茶髪のショートヘアをしている。
マルクスがクリストフの悪意に満ちた発言に反論しようとしたが、突如、食堂内に強烈な光が満ちたかと思うと、3人の人影が浮かんだ。
「その前に、僕も聞きたい事があります。こいつについてです」
現れたのは、ルッツとペトラだった。ルッツは、地面に縛られた状態で眠らされている人物を足蹴にしながら、質問した。
足蹴にされている人物は、クエスト中にルッツとペトラを襲った人物だ。
「こいつは、僕とペトラがライズン・イーグルを討伐している最中に襲い掛かってきました。捕まえて尋問してみたところ、エルケンス夫人とそのご息子から依頼されており、僕を殺すよう命令されていた様です。この説明をお願いします」
『あ……あ……』
ベッティーナとクリストフは、『貴様、どこから入って来た!?』という定型的な台詞を言わず、二人そろってただただ狼狽しているだけだった。
「おい、これはどういう事だ? グーベルク王国王女様の前で、王女様のご友人を殺そうとしたのか?」
ルッツから事の一部始終を聞いたマルクスも、厳しく追及を始めた。
だが、この状況に混乱度合いが最高潮に達してしまったクリストフが、思いもよらない行動に出てしまう。
「貴様が……貴様がいなければ……ボクとママの天下だったのに! さっさと失せろおおおぉぉぉぉ!!」
クリストフはそう叫ぶと、風の異能を使い、風の刃を飛ばそうとする。
だが、遅すぎた。クリストフ自身、あまり異能の訓練を行っていなかったのだ。これでは、宝の持ち腐れだ。
もちろん、そんな見え見えの隙を付かないほど、ルッツは甘くない。すぐさま護身用のピストル『M92F』を抜き放ち、クリストフの肩を撃ち抜いた。
「ぐふっ……」
クリストフが倒れるのと同時に、ペトラが、いつもの様子からは考えられない様な威厳を放ちながら宣言した。
「ルッツ・ヴィルダー子爵は、確かにエルケンス家の子供。でも本人は、エルケンス家と全く関わる気はなかった。なのに、あなた達は、疑心暗鬼にとらわれ、手を引いた人間を殺そうとした! この事は国王陛下に報告します。厳しい罰が下ると思いなさい」
◇◆◇◆◇◆
イニングビュール出発の朝。
エルケンス家での一件以来、ルッツ達は何事もなく、平穏に過ごす事ができた。
「今回は、本当に、申し訳なかった」
見送りに来ていたマルクスとヘルベルトが、頭を下げる。
「いや、結果論になってしまいますが、こちらに被害は出なかった。それに、しかるべき処罰を受ける様ですし」
ルッツはペトラに目配せをした。
「昨日、当様から伝書鳩が届いたわ。エルケンス夫人は、舞踏会などの公的な場への出席禁止、クリストフはエルケンス家当主、及びイニングビュールの統治権はく奪。つまり、跡取りになれないって事ね。正式な命令は、ちゃんと使者が後で持ってくるけど」
「それで、これからどうなされるのですか? 僕はエルケンス家を継ぐ気はありませんよ」
心配そうにルッツが尋ねると、マルクスはため息を吐き、こう答えた。
「実は、隣街を統治している貴族家へ婿養子に行った弟がいる。だから、そこの貴族家と話し合って、領地を統括するしかないだろうなぁ」
それはつまり、エルケンス家の血筋は残るものの、名前は途絶えてしまう事になる。
「なんだか、少しさびしいですね」
「いえ、王女殿下。最悪、お家お取り潰しになりかねない様な事をしでかしたのです。血筋が残るだけ、幸運と言うべきでしょうな」
すると、船の船員が大声を張り上げ、知らせた。
「間もなく、カパルーノ皇国、コスタ・アクアティコ行きの船が出発いたします! ご乗船される方は、お早めにお願いします!」
その案内を聞き、ルッツとペトラは船へ身体を向け歩き出そうとした。
「ちょっと待ってくれ。もしかして、これからコスタ・アクアティコへ向かうのかい?」
「ええ。それが何か?」
ルッツの問い返しに、マルクスは心配そうな顔を浮かべて答えた。
「コスタ・アクアティコを統治するマセッティ家は、かなり厄介だ。今回の我々エルケンス家のお家騒動とは比べ物にならないくらい、家の中での権力争いが根強いと聞いている。おまけに、ラピス地方全域に情報網を持っているとも噂される家だ。おそらく、君たちの事も知っているだろう。くれぐれも、権力争いに巻き込まれないようにな」
「ありがとうございます。よく覚えておきますよ。では、これで」
こうして、ルッツとペトラは船に乗り込み、カパルーノ皇国、コスタ・アクアティコへ向けて出発した。
船の進む先は、これから起こるであろう出来事を暗示しているかのように、暗い雲が覆っていた。