第9話 姫君の旅立ち
「では、グーベルク国王、ルードルフ・シュパーマーの名において、ルッツ・ヴィルダーを子爵に任ずる」
ルードルフは、玉座の前でひざまずいているルッツに、剣を横にして肩を叩いた。
「ありがたく拝命いたします」
ルッツは定型的に、国王の宣告に対して返答する。
なぜルッツが子爵になったかというと、父ダニエルの功績、王都を守った事、そして王家の人間、つまりペトラを成長させた事を評価しての事である。
ただ、これらの理由は、国民や他の貴族を納得させるための建前という色が強い。実際は、ペトラと共に世界を旅する以上、何らかの肩書きがあった方が、つまらない所で苦労する事が少なくなる効果を見込んでの事である。
ちなみに、子爵は下から2番目の位で、都市を管理する伯爵や侯爵の補佐をする役割を担っている。しかし、いまのグーベルク王国は人手が十分足りているため、別に職務に忠実である必要はない。そのような理由から、ルッツに与える位として子爵が選ばれたわけである。
ちなみに、当のルッツ本人は、当初、父と同じく位階を貰うつもりはなかった。変な権力争いに巻き込まれる心配があったからである。だが、国外を旅する心算があるのならば、爵位を持っておくことに越した事はないとエトヴィンからしつこく説得され、その申し出をとうとう受けたのである。
任命式の後は、記念パーティーが王宮で開かれた。ただ、あまりにも突然の任命であったため、出席した貴族は極端に少なかった。
ルッツは居合わせた貴族の面々に挨拶を交わしたが、少なくともあからさまな敵意を示す者はいなかった。その代わり、新参者という事でいい顔をされなかったが。
逆に、伝説的な魔獣ハンターの息子という事で、軍人系統の貴族からのウケはよかったという。
◇◆◇◆◇◆
翌日、ルッツとペトラは、オーゼ湖畔の港に来ていた。ここから船に乗り、ウァルマ河を下り、南のカパルーノ皇国を目指すのだ。
「悪いな、父上と兄上は、激務のため来られなかった」
「ううん、姉様だけでも、来てくれてうれしい」
見送りに来たユリアーネと、ペトラが別れの言葉を交わしていた。
「ルッツ、お前の事は信用しているが、ペトラに万が一の事があったら、どうなるかわかっているだろうな?」
「そのような事にならない様、善処いたします」
ユリアーネが威圧的な言葉で、ルッツに声をかけた。ルッツはユリアーネのシスコン気味な態度に、内心苦笑しながら、冷静に返答した。
「間もなく、オーゼ湖畔シュパーマリヒ発、イニングビュール経由カパルーノ皇国行の船が出港いたします! お乗りの肩は、お早くご乗船ください!」
港湾職員が、出航間近を知らせた。
「それじゃあ姉様、行くわね」
「たまには手紙を出すんだぞ。行く先々の王族方にも、よろしくな」
最後の言葉をユリアーネと交わし、ペトラとルッツは船に乗る。ルッツは、バイクを手押しして船に乗った。
そして、船は河船としては大きなマストを広げ、ゆっくりと湖の港を離れ、南へと進路を取ったのだった。
◇◆◇◆◇◆
ルッツの乗った船が出港した頃、王都では新しい子爵が誕生したことを知らせる紙が、街中のいたるところで張られていた。
人々はその知らせに群がるが、その中のある人物は、眉をしかめた。注視しているのは、ルッツの容姿に関する記述。より詳しく言うと、髪色の部分。
「茶色の髪? まさか……」
そうつぶやくと、男はその場を後にした。向かった先は、伝書鳩小屋。
そこで手紙を書き、ある場所へ飛ぶ鳩の足に手紙を括り付け、飛ばした。
この男の行動は、ルッツの旅にどう影響するのか? それはまだ、だれにもわからない。