第6話 ペトラの願いと決闘
ルッツは、ルードルフの勧めもあり、王宮内の客室に泊まる事になった。部屋は、王宮内という事もあり、豪華絢爛の一言に尽きる。特に、天蓋付きの大型ベッドが、その事を如実に表しているだろう。
また、滞在中にメイドが二人付く事になった。ルッツから何か譲歩を得ようという魂胆だろうが、その辺はルッツも考慮済みだ。逆に、この状況を利用して、至れり尽くせりの滞在生活を送ろうと考えていた。
その晩、ルッツはルードルフに誘われ、晩餐会に参加した。
豪華な食事を楽しみながら、他愛もない会話を繰り広げた。故郷の事、、家族の事、特に父であるダニエルのプライベートの様子などなど……。
そして、晩餐会も佳境を迎えようとした時、ルッツが動いた。
「そういえば、エトヴィン殿下。僕のバイクの解析は、進みましたか?」
この台詞を聞いた瞬間、エトヴィンの肩がビクッと震えた。
実は、ルッツがイレク・ヴァドから持ち出したほとんどの品々は、イレク・ヴァドに状態を常に知らせている。例外は、レーションやキャンプ用品など、電気を通すスペースが無く、かつ紛失しても重大な事態にはならない物品しかない。
今回も、エトヴィンが勝手にバイクを解析しようとした様子を、アスカを通じてルッツに知らせていたのだ。
「おや、ご存知でしたか。つい珍しくて。勝手な事をして、申し訳ありません」
しらばっくれても無駄だと直感したエトヴィンは、正直に謝った。
「いえ、バイクが珍しい事ぐらい、僕もわかっていましたから。しかし、あれは他人が勝手に触ると、セキュリティーが働くようになっているのです。しかも少々過激でしてね。おケガはありませんでしたか?」
「従者が一名、軽く感電しました。でも、命に別状はないですし、大きな後遺症もありませんから。心配なさらないでください」
バイクの話題はこれくらいにして、ルッツは次なる話題を振った。
「ところで、ペトラ王女殿下は、これから先、どうなさるおつもりですか?」
そう、ルッツはそれが気になっていた。王宮に連れ戻された彼女が、これから先、どうするのかを。
「それは簡単だ。ペトラは、国内の有力貴族か外国の王族へ嫁ぐ事になる」
真っ先に答えたのは、ユリアーネだ。しかし、ペトラはユリアーネに反抗した。
「嫌よ! 何もしないで結婚なんて。せめて、何か大きい功績を立ててからじゃないと!」
「何を言っている。私の様に光で武器を作る事もできなければ、兄上の様にレーザーを打ち出す事もできない。ただ、ランプ程度、良くて敵をひるませる程度の光しか出せないお前に、何ができる。おまけに、政治的才能も、兄上レベルとまではいかなくとも、実用可能なレベルにすら到達していないじゃないか。そんなお前が、功績一つ立てるのに、一体何年かかると思っているんだ!」
「だから、ルッツと一緒に世界を回るのよ。ハンターとして腕を上げるし、外国を巡れば、何か国のために役立つ知識を得る事だって……」
「現実的な話、ユリアーネ殿下のおっしゃる通りだと思います」
ルッツが、静かに口を開いた。
「ユリアーネ殿下のお考えに共感できるのは、いくつか理由がありますが、一番の理由は、自分がギルドに所属できない事です」
「ギルドに、所属できない……?」
「そうです。僕には、異能がありませんから。いくら魔獣と対等に戦える武器を所持していたとしても、そう簡単に信じてはくれませんからね」
実際は、ギルドに入会する要件として、異能を持っている必要性を記載した文言はないのだが、魔獣と対等以上に戦える実力を持っていなければならない。異能は、その戦闘力を示すファクターの一つにすぎないのだが、現時点では、異能が唯一絶対の戦闘力の証明と化してしまっている。
すると、会話をずっと聞いていたルードルフが、口を開いた。
「ならば、魔獣と対等に戦える機会を用意しようではないか。明日、ルッツ殿とユリアーネが、王都の闘技場で模擬戦を行う。その結果次第で、国王権限を使い、ルッツ殿をギルドに加盟させようではないか」
◇◆◇◆◇◆
翌日の昼過ぎ。ルッツは、闘技場の控室にいた。理由は、昨日の晩餐会で、ルードルフが突然言い出した鶴の一声。『ユリアーネ王女と模擬戦を行い、ルッツの戦闘力を見極め、ギルド会員にふさわしいかどうか判断する』。
ハンターとして研鑽を積むためには、魔獣と戦う必要がある。それを手っ取り早く行うためには、ギルドでクエストを受けなければならない。しかし、クエストを受けるためには、ギルド会員になっていなければならない。だが、ルッツは現状、ギルドに加盟できない。
そんな状況で、国王の提言は渡りに船だった。だから、二つ返事でOKしたのだ。
ルッツは現在、クエストを行う時の標準装備、迷彩服、タクティカルベスト、インカム付きヘルメット、ゴーグル、グローブ、リュックサック。リュックサックの中身は、食料を持ち運ぶ必要性が今回はないため、弾薬と爆薬類のみを詰め込んでいる。
使う武器は、M4アサルトライフル・ショットガン装備型。銃身の下部にショットガンの弾を撃てるパーツを取り付けた物だ。もちろん、弾薬は全て、訓練用の非殺傷性ペイント弾。もちろん、銃自体もペイント弾を撃てる特別仕様の銃だ。
「ルッツ様、お時間です」
闘技場に駐留する兵士から、闘技場への入場が促されると。ルッツはそれに従った。
闘技場の中は、森だった。どうやら、森林戦を想定したフィールドらしい。
しかも木の葉は、上に行くほどまばらで、下に行くほど生い茂っている。どうやら、頭上の観客席には見やすく、出場者には視界を遮る効果を狙った物らしい。
すると、ルードルフの声が闘技場中に響いた。
「これより、ルッツ・ヴィルダーのギルド加盟試験を行う。試験方法は、グーベルク王家近衛隊隊長、ユリアーネ・シュパーマーとの模擬戦である。では、試験開始!」
ルッツは、何かゴソゴソやりながら、素早くユリアーネがいると思われる地点へ急行した。
「見つけた」
少しすると、ルッツはユリアーネを発見。容赦なく発砲した。
しかし、簡単に命中させてくれるユリアーネではない。ユリアーネはとっさに判断し、横に転がりながら避けた。
そして、着弾した個所を見ながら、ユリアーネが言った。
「着弾点に、ショッキングピンクの塗料だと? どういう事だ?」
「命中すると、中に貯蔵された塗料をぶちまけるペイント弾ですよ。模擬戦で実弾を使う訳にはいかないでしょう」
「それもそうだな。つまり、塗料を塗られた場所が、被弾した場所という事だな。面白い」
ルッツと短いやり取りをすると、ユリアーネは光の槍を形成。白兵戦を仕掛ける。
しかしルッツも、近付かれると自分が不利になる事がわかっているため、M4を発砲し、けん制しながら後退。それでも近付かれる場合、ショットガンで追い払った。
「広範囲に攻撃できる術があったとはな。これは、うかつに近寄れないな」
ショットガンの能力を目にしたユリアーネは、そうつぶやくと、進攻を停止した。その隙に、ルッツはさっさと逃げ、茂みに隠れた。
「隠れても無駄だ。敵の気配を察知できずに、何が近衛隊隊長だ」
ユリアーネは、光で弓と矢を形成。そのまま、ルッツの方へと放った。
放たれた矢は、草も木も貫通し、まっすぐルッツへと突き進んだ。
「うおっ!?」
光の矢は、ルッツの頭をかすめた。そのせいで、ヘルメットの一部が溶けてしまった。
留まり続けると危険であると判断したルッツは、すぐに走って逃げた。だが、この時に自分の姿をユリアーネに見られてしまい、追いかけられる事となってしまった。
「逃げるな!」
ユリアーネは、弓を連射しながら追いかけた。ルッツにとっては、奇跡的に命中はしていないが、精神的には徐々に追い詰められていた。
そしてとうとう、スタート地点まで戻ってしまったのである。
「とうとう追い詰めたぞ。最後は弓ではなく、白兵戦で行こう。そっちの方が、私としても全力を出しやすい」
そして、ユリアーネは光の剣を形成すると、構えた。
だがその時、ルッツの口角がわずかに上がった。いつの間にか、左手にスイッチらしき物を握っている。
ルッツはそれを、躊躇なく押した。
すると、ユリアーネの後方から、ドカーンという音がした。ユリアーネは恐る恐る後ろを振り返った。そこには、ペイント弾と同じ色の塗料が、大量にぶちまけられていた。
ハッとしたユリアーネは、周りを見た。すると、周辺の木に、箱状の物がせっちされているのが見えた。
この箱状の物は、プラスチック爆弾『C4』をアスカが改造した、訓練用ペイント爆弾だ。
ルッツは、今度はスイッチを長押しした。その直後、ユリアーネの後方え爆発音が連続して聞こえた。しかもそれは、徐々にユリアーネへと近付いている。
「クソッ!」
ユリアーネには、選択肢はなかった。全速力で走って進みしか道はなかったのだ。
だがそれこそ、ルッツの狙いだった。
全速力で走っている人間は、急には止まれない。もちろん、急な方向転換もできない。
ルッツは、銃口をユリアーネの眉間に向けると、一発、弾を発射した。
ユリアーネは、避ける事ができなかった。剣で斬るという方法もあるが、残念ながら、この世界の誰もが、銃弾の様に的が小さく、かつ高速で移動する物体を斬った事はない。
したがって、放たれた銃弾は、ユリアーネの眉間に命中し、彼女の顔面をショッキングピンクで塗りつぶす結果となった。
「……負けた」
ユリアーネが敗北を認め、模擬戦は終了した。