第1話 スゴ腕の父と能無し息子
5月初旬の昼間。この世界で最も大きい大陸『インジェンス大陸』の西端にある地方『ラピス地方』に属する国、『グーベルク王国』。
この国は、国土のほとんどを森に覆われており、寒冷な気候である。そのため、いくら5月とはいえ、まだまだ肌寒い。
そんなグーベルク王国の北西部の森で、ある男が戦っていた。端正な顔立ちの割に、身体は屈強。黒い髪はそこそこ長めにしており、後ろに流している。そのような外観だからか、20代位に見える。しかし、実は45歳。
年の割に若く見えるこの男の名は『ダニエル・ヴィルダー』。この森の近くにある『ホルツ村』の住人だ。
ところで、ダニエルは一体何と戦っているのだろうか? 彼の周りをよく見ると、キツネっぽい生物の群れに囲まれている。しかし、キツネにしてはやけに獰猛そうだし、身体も普通のキツネに比べて2倍以上は大きい。
この生物の名は『ファルト・フォックス』。群れを形成する魔獣だ。
では、魔獣とは何か? この世界における魔獣の定義は『人間による管理が難しく、かつ常人では対処不可能な力を持った生物の総称』。つまり、普通の人では相手にできない、人間に害を及ぼす危険性が高い生物の事だ。
ほぼ全ての魔獣が好戦的で、人間をただの獲物としか思っていない場合が多い。そのため、人間社会や生命に大きな影響を与える。
魔獣による被害の例としては、人命を脅かすのは当然で、他には『交易路や補給路を分断する』、『家畜を食らう』、『街や村を破壊する』などなど。過去には、大都市を壊滅っさせた例もあったらしい。
そのような天災ともいえる力を持っているせいか、今から1000年ほど前に魔獣が発見されてからというものの、世界中で起こっていた戦争がぱたりと止み、軍隊は街と人を守るセキュリティ組織と化していった。
そんな神にも等しい魔獣に、ダニエルは取り囲まれているわけだが、ダニエルの表情は全く怯えていない。それどころか、余裕がある。
今、一匹のファルト・フォックスがダニエルに飛びかかった。しかし、ダニエルは身の丈ほどもある巨大な斧を振るい、ファルト・フォックスに重傷を負わせる。その後も、1匹また1匹と襲い掛かるが、ダニエルは冷静に、かつ的確にダメージを負わせていく。
ついにファルト・フォックス達の我慢の限界を超えたのか、一斉にダニエルへと飛びかかる。
しかし、ダニエルはニヤリと不敵に笑うと、右足で地面を大きく踏み鳴らした。
その瞬間、ファルト・フォックスの下の地面が突然隆起し、そのままファルト・フォックスの身体へと突き刺さった。
これが、魔獣に対抗できる人間の力、『異能』だ。
異能は、その名の通り、常人ではありえない現象を引き起こす力の事。その種類は多岐に渡るが、一番多いのは四元素説に関する能力、すなわち『火』『水』『風』『土』の4種だ。
そして、この異能を持ち、魔獣対策活動を生業としている者を『魔獣ハンター』と読んでいる。
ダニエルは、強力な土系能力者の魔獣ハンターだ。かつてはその能力と優れた戦闘センスで国中を駆け回って活動していたが、結婚を機に故郷のホルツ村近辺のみで活動するようになった。
しかし、それでもかつて次々と打ち立てた武勲によって、グーベルク王国でダニエルの名を知らない者は皆無と言ってもいい。
戦闘を終えたダニエルの周りには、すでに息絶えたファルト・フォックスの死骸の山が形成されていた。
「おーい、隊長―!」
すると、村の方向から、続々と武装した、十数人の人々が集まって来た。
「おお、みんな。無事だったか」
にこやかな笑顔で、ダニエルが集まった人達に声をかける。
「ええ。他の魔獣とも遭わずに済みましたしね。それにしても、隊長はすごいですねー。たった一人で、ファルト・フォックスの群れを壊滅させちゃうんだから」
今発言したのは、ホルツ村の魔獣ハンター隊の副隊長だ。ちなみに、隊長はダニエルだ。
「いや、こんな事、きちんと目の前の敵に集中していなければ到底成し得なかった事だ。他の魔獣を気にせず、戦闘に集中できる環境を作ってくれた隊員のみんなのおかげだ。感謝する」
実は、駆除する魔獣の種類にもよるのだが、大抵の場合、ダニエルが一人で相手をすることが多い。その間、隊員たちは周囲を警戒し、邪魔が入らないようにしている。
ついでに言うと、ファルト・フォックスは魔獣の中でも弱い部類に入るのだが、群れで襲い掛かられるとひとたまりもない。だから普通は、きちんとチームを作って対処するのが一般的なのだが、そんなセオリーを無視して一人で挑んだ挙句、ワンサイドゲームにしてしまうあたり、ダニエルがとにかく規格外な存在であるか、理解できるだろう。
一通りみんなと話し終えた後、ダニエル達はファルト・フォックスの死骸をまとめ、村に持ち帰った。ファルト・フォックスの毛皮は、防寒具や鎧の下地の材料等に適しているためである。
ちなみに、ファルト・フォックスのみならず、大抵の魔獣から採取できる物品は、いい素材になる。中には、魔獣由来の素材でなければ作れない物まであるのだ。
そういう意味では、魔獣は天からの贈り物、と言えるかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇
ダニエル達が撤収している頃、ホルツ村にあるダニエルの家の庭では、長めにしてある茶色の髪を後ろに束ね、まあまあ整った顔立ちをしている少年がいた。
彼の名は『ルッツ・ヴィルダー』、16歳。ダニエルの息子だ。
ルッツは現在、自宅の庭で、訓練用の剣を一生懸命素振りしている。なぜならば、父の様な、立派な魔獣ハンターになるため。剣を使った訓練以外にも、父から魔物の生態、修正、弱点、戦術の組み立て等、知識の分野も欠かさず努力して来た。
だが、一生懸命努力しているルッツに、邪魔が入った。突然、顔に水がかかったのだ。
「おい、あの能無しが、また無駄な努力してるぜ」
「ホントだ。さっさと諦めちまえばいいのに」
「そうだよ。立派な剣なんて握っちゃってさ」
犯人は、今通りかかった、ルッツと同年代の少年3人組の内の一人だ。そいつは水使いの異能力者で、それを使ってルッツの顔に水をかけたのだ。
ルッツは、いじめられていた。理由は、異能の力が無い、つまり『能無し』であるにも関わらず、魔獣ハンターを目指している事。
普通なら、ここまで酷い、あからさまないじめには至らない。大抵、やんわりと魔獣ハンターに道をあきらめるよう説得するのが常である。
だが、このような事態になったのには、複雑な事情があった。
まず、異能という物は100%遺伝する。もちろん、親が異能力者でなくとも、3分の1の確率で異能が発現する事が統計的に知られている。
では、なぜルッツは、父が異能力者であるのにも関わらず、本人は無能力者なのか? 答えは簡単。ルッツはダニエルの本当の息子ではないからである。ルッツが赤ちゃんだった頃、ダニエルに拾われたのだ。
結果的に、ルッツの命は救われた。しかし、成長してからが問題だったのだ。
ダニエルの名前が高名過ぎたのだ。『ダニエル・ヴィルダーの息子』というだけで、周囲から期待と羨望のまなざしが送られる。だが、ルッツはいつまでたっても異能を発揮しない。
そうした事実が、いつの間にか歪み、ねじ曲がる事で、ルッツに対するいじめが発生したのだ。
さらに、ルッツはいじめている連中を見返そうと、ますます意固地になって魔獣ハンターの道をあきらめる事ができなくなっていた。
ちなみに、ルッツの両親は、別に魔獣ハンターにならなくてもいいと思っている。その事をルッツに伝えた事はあるのだが、ルッツの意思は変わらなかった。
「ルッツ、そろそろお父さんが帰って来たわよ」
庭にやって来たのは、ルッツの母、アンニ・ヴィルダー、45歳。黒髪を後ろで団子にして丸めており、白いエプロンを来ている、ごく普通のお母さんだ。
アンニの手には、白いタオルが握られていた。どうやら、先程の少年3人組とのやり取りを聞いていたらしい。
「わかった。すぐに入るよ」
ルッツはアンニが持って来たタオルを手に取ると、顔を拭き、家へと入って行った。
その様子を、アンニは心配そうに見ていた。
どうも、作者です。
今回は、10万文字以上を目指して書くつもりです。ちなみに、いつもは6~8万文字程度しか書いていません。
まだラストの構想はありませんが、とにかくエタらないように頑張るつもりです。応援よろしくお願いします。