LV.0 質の悪い詐欺師~tachi no warui sagishi~
足に力を入れて右に避け、そのままその勢いを利用して剣を振るう。
「だぁぁぁああああ!!!」
しかし剣は空を斬るのみで敵には当たらなかった。
敵は難解な動きをし、俺を翻弄する。縦に横にと剣を薙ぐ。しかし中々当たらない。
「ック、このスライム……強い!!」
俺は今、スライムと戦っていた。二つの丸い目を持つおまんじゅうみたいな姿のモンスターだ。主に物語の最初に出てきて主人公に経験値を与えてくれる重要なモンスターだ。通常なら数ターンで倒すことができる。
しかし、そんなモンスターに俺は苦戦していた。頬に汗を垂らし、必死の表情で剣を振るう。しかしスライムはそれを間抜けな表情をして避け続ける。苦戦すればする程あの間抜けな表情にいらつきを覚える。
「いい加減……経験値になれよ!!!!」
出鱈目に振った剣が偶然当たり、やっとの思いでスライムを倒す事が出来た。
しかしスライムだけあって経験値は少ない。少なすぎる。少ないにも限度がある。そしてGも少ない。少なすぎる。少ないにも限度がある。こんなんじゃ一泊もできない。まぁ、この100年に1度の不況の時代にスライムなんぞにGを望むのもおかしな話だが。
俺は息を整えながら今後どうしようかを考える。と言うか、スライム一体でこれほど苦戦するなんてはっきり言ってゲームバランス崩れている。クソゲーだ。クソゲーオブザイヤーだ。
「まぁ、そうしたのは他の誰でもない俺なんだよなぁ……」
そう、スライム強化を優先したのは……俺だった。
~3日前~
「…………暇だ」
「……でしょうね」
俺は魔王の城の、魔王の部屋の、魔王の玉座に座って頬杖を突きながら言った。それも、魔王の装束を着て。どこからどう見ても魔王である。
「あぁ、暇だ」
俺は何度繰り返したか分からない言葉をまた反復する。
「でしょうね」
するとその言葉に対して、傍に居る秘書が再び言った。この言葉もまた、何度反復されたか分からない。彼女はシュガー・リリー。俺の秘書をしている。眼鏡を掛けた長身長髪の奇麗なお姉さん、という感じだ。本当、どこのエロゲだよ。
「しかし貴方は魔王様。その自覚をお持ちください、エレン様」
エレンとは俺、エレン・ナイトメア・クラインの事だ。
「しかしなぁ、魔王と言ってもする事なんぞ無いしなぁ……」
「まぁ……そうですね」
「あぁ……暇だ」
そう言って俺は携帯端末を取りだした。いつもの暇つぶしの為だ。しかし特にこれと言ってする事があるわけじゃない。
そしてそこで思い出した単語を検索する。そのワードとは、
『転職サイトはたらいく~』。
回想終わり。
「正直言って『勇者』への転職は無理があったよな~」
回想の中の自分に呆れつつ、そんな独り言を言う。
スライムを重点的に強化して物語を進ませないようにする作戦は功を奏していたが、いざ立場が変わると最悪以外の何物でもなかった。
そして仕方が無いのでその日は最初の村のはずれにある自宅を目指した。
その後ろ姿はとても元魔王、現勇者のものには見えなかった。
「やっぱ『ナビサイト』は便利だな~」
俺は村にある魔物討伐を目的とする集会所に来ていた。ここでは仲間を組み、協力して魔物を倒しに行くことができる。いうなればモンハンだ。
村はずれにある自宅にある自宅からここまで来たのだが、ナビサイトのおかげでモンスターとは全く会わなかった。こいつは素晴らしい。
集会所ではハンターたちがどのミッションに参加するかを話し合っている。
俺は掲示板に張り出されているミッションのどれに参加しようか悩んでいた。今の俺のレベルだとまだ上位ランクのミッションに参加できない。しかしあまりに低く、簡単なミッションを選ぶと報酬も低くなる。
「どうしようかなぁ……」
どのミッションに参加しようか、腕を組んで悩んでいると、とある巨漢に声をかけられた。
「そこの坊主」
その巨漢は俺の肩に手を添えて話しかけてきたが、俺は無視。
「おい、坊主」
「俺は坊主じゃない」
今度は少し眼力を効かせながら目を見て言ってやった。初対面なのにも関わらず、だ。
巨漢は目を丸くして驚いていた。そりゃ、声をかけただけでそんな対応をされたら驚くだろう、だが俺は坊主じゃない。
「プックク、クアッハッハッハ!」
すると巨漢はいきなり笑いだした。豪快な笑いだ。
「あ~、よし気に入った。お前、俺達とミッションに参加しないか?」
「は?」
「実は俺達はこれからミッションに参加するんだが、あまり人数が多くなくってな。俺は大人数でワイワイと行くのが好きなんだ。最悪、別に後衛で回復薬を持つ係でも良い。もちろん、報酬も山分けだ。どうだ?」
「どうだって……」
そんなの……凄く良いじゃないか。ただ回復薬を持つだけでも報酬が手に入るのだ。願ったり叶ったりじゃないか。しかし、こんな所で手を打つ俺じゃない。
「条件がある」
そう言うと巨漢はそうでなくっちゃと言わんばかりの表情になる。
「もし俺が手柄を立てた時は俺に報酬を優先しろ」
「クアッハッハ、やっぱおめぇは最高だ!良いぜ!ただし、手柄立てろよ!」
そう言って俺達は固い握手を交わした。その手はごつごつとしていて固く、包容力や安心感のある手だった。
巨漢―名前はミトラルと言うらしい―に連れられて集会所の隅に居たグループの所へと行く。
「お、リーダーやったじゃ~ん。その子仲間に出来たんだ~」
身が細く、前髪まで掛かった長い髪を持つ男性がにやにやと爬虫類的な笑みを浮かべながら言った。
「何か最初睨まれてなかったかな?」
寒冷地方の民族衣装と思われる暖かそうな服を着ている、青みがかった奇麗な長髪の女性が笑いながら言った。
「あはは、まぁ仲良くしようよ」
ごく普通の、特徴がないのが特徴とも言えるほど特徴と言うものが見つけられないような、しかし穏やかな雰囲気を持つ少年が俺に握手を求めながらそう言った。
「えっと……」
俺は途惑いながらも求められた握手に応えた。
「クアッハッハ、そう緊張せんでも良い。そっちの細い男がマト」
「よろしく~」
「そっちの髪の長い女性がサキさん」
「えっと、よろしく」
「そしてその少年がマイズ」
「よろしくね」
「そして改めて俺がミトラルだ、よろしくな。それで、お前名前は?」
「あ、えっと……」
魔王の時の名前言ったら不味いよな……
そう考えて咄嗟に答えた。
「リュートです」
一瞬カッコイイかもとか思ったけど、ちょっと恥ずかしく感じた。
「リュートか……よし、覚えたぞ!ちなみに、サキさんもついさっきここで仲間になったんだ」
「え……」
思わずサキさんの顔を見る。相変わらずの笑顔でこっちを見ていた。
「ミトラルさん、女性に声をかけたんですか……ナンパですか……」
「え、いや、ちげぇーよ!サキさんの方から声をかけてきたんだよ」
ミトラルさんは顔を真っ赤にして言った。案外この人はいじられ役なのかもしれない。
「私も、一人で行くのはなんだか心細くって一緒に言って貰う事にしたんです」
「あ、そうなんですか」
確かに一人でミッションに参加するのには限度がある。サキさんの後ろにある武器はおそらく弓矢だろうし、もしかすると前衛が欲しかったのかもしれない。
「よし、じゃあそろそろ行くか」
ミトラルさんが気合を入れて言った。
今回のミッションは「ガルナエラクラの討伐」だ。集会所から半日で着くアイラの森で行われるミッションである。ガルナエラクラとは強靭な四肢で地を駆ける比較的素早い魔物で、その最大の特徴は頭にある光り輝く角である。落雷石と言う、衝撃を与えると電気を放出する特殊な素材で出来ており、ガルナエラクラはその放電を使って獲物を一時的な麻痺状態にする事が出来る。
「結構強そうですね……」
ミッション要項をアイラの森までの馬車の中で読んでいると自然とそんなセリフが出た。
魔王の時ならこの程度一瞬で倒せただろうが、今は話が別だ。なんて言ったって今の俺は勇者レベルは1なんだから。
「そんな事無いと思うよ~実際、そいつの特徴なんてまだまだ少ないしね~」
マトさんが鎖鎌を手入れしながら言ってきた。
「マトさんの武器は鎖鎌ですか」
「あぁ、俺らしいだろ~」
「は、はぁ……そ、そうですね」
マトさんらしいかどうかはまだ知り合ったばかりだし何とも言えないと思ったが、鎖鎌を構えて聞いてきたマトさんにはこの上なく鎖鎌がお似合いだった。
「マイズさんの武器は何ですか?」
そしてその流れでマイズさんに話しかけた。
「えー、年も近そうだしマイズで良いよ~。あ、僕の武器はこれ」
そう言って取り出したのは刀身の細い剣だった。
「細くないですか?」
「うん、細いよ。でも細いからこそ出来ることがあるんだよ。後から見せてあげるから楽しみにしててね」
「あ、はい」
ものすごい笑顔で言われた。刀身が細いからこそ出来る事。まあ、深く考えずに楽しみにしておこう。
「サキさん、サキさんの武器は弓矢でしたよね」
「え、」
身の丈程もある大きな弓を携えていたので確認を取る様に聞いてみたのだが、何故だか驚かれた。
「あ、あぁ、そうね」
「どうかしたんです?」
「いえ、別に何も無いですよ」
「?」
「そう言えば、リュート君の武器は何です?」
「普通に大きさ中くらいの剣です」
そう言って俺は剣を見せた。
「じゃあ、前衛は三人で後衛は私一人ですか」
「大丈夫です?」
「えぇ、大丈夫ですよ。それに、ちょうど良いくらいです」
サキさんは笑って言った。
「それにしても、仲間が居るって良いですね……」
サキさんはいきなり悲しそうな表情になって呟いた。
「何かあったんですか?」
「まぁ……色々と」
そう言ってサキさんは馬車の後ろの方で空ばかり眺め初め、それ以上何も話すつもりはないようだった。
仕方なく、最後に馬車を操っているミトラルさんに話しかける。
「ミトラルさんの武器は何なんですか?」
「俺の武器は大剣だ」
「ですよねー」
「え、何その反応!?」
イメージ通りだった。
そうこうしているとアイラの森に着いた。
集会所の施設に馬車を止めて必要な荷物だけ持って森に入る。
「ガルナエラクラは夜行性でしたよね」
「そうだね~でも、アイラの森は背が高く傘がでかい樹ばかりで日中でもあまり光は入って来ないからガルナエラクラにとっては昼夜関係無いんだよね~」
「へ~」
しばらくそんな話をしながら歩いた。いくら俺が元魔王と言っても世界の全ての事象を知っていた訳ではない。特に、経済面に関しては詳しい俺だがこう言う地方の文化については知らない事ばかりで勉強になった。
日も暮れかかり始めた頃だった。
少し遠くの方でグオオオオオオオオオオオオオ!!と言う咆哮が聞こえた。
「ガルナエラクラが活発になり始めたんだ」
マイズが言った。
「急ぐぞ」
そう言ってミトラルさんが走り始めた。それにならって俺達も走る。
ガルナエラクラはすぐに見つかった。
思っていたよりも大きく、ずっしりとした四肢で地を歩いていた。
「行くぞ」
ミトラルさんが今までにない程に真剣な表情で言うとそれに従うようにマトさんとマイズがガルナエラクラに向かって走り出す。
「たぁぁああ!!」
先制攻撃を決めたのはマイズだった。細い刀身は振り回すのにちょうどよく、素早い動きで斬りつける。
ガルナエラクラは驚いたように一瞬ひるんだが、俺達の事を認識すると咆哮をあげ、大きな前足でマイズを蹴り飛ばした。
しかしマイズに構っている余裕などない。もし気を抜きでもしたら次に蹴り飛ばされるのは自分だからだ。幸いマイズも致命傷と言うわけでもなく、 すぐに態勢を整える。
「マト!」
「分かってるよ~!」
ミトラルさんが叫ぶ、するとマトさんは笑いながらそれに応えた。鎖をまわすことで勢いを付けてガルナエラクラに向かって投げつける。すると鎖鎌はガルナエラクラの足に巻き付き、ガルナエラクラを横に倒した。そしてそ こにすかさずミトラルさんが斬りかかる。
正に会心の一撃。
しかしガルナエラクラも死を感じ取ったのか、目に怒りの色が見え始めた。
大きな咆哮と共に周囲に電撃が走る。
「ぐぁ!」
「っぐ!」
すぐ近くに居たミトラルさんはもちろん、鎖鎌を通してマトさんも電撃を浴びた。そのせいか、二人とも簡単には動けそうな状態ではなかった。
そしてガルナエラクラが二人に目を向け、大きく飛んだ。着地点は明らかにミトラルさんの居る場所だった。
俺は思わず走り出す。あの一撃を喰らったら流石にただでは済まないだろう。しかしだからと言って見捨てる気にもなれない。
俺はミトラルさんの所まで行くと彼の体を抱える。流石に重い。しかしそんな事を言っている場合ではない。このままでは俺までガルナエラクラのプレスを喰らう。
そんな時だった。
一筋の光が一直線にガルナエラクラに向かって行き、大きな爆発を起こす。
「エクスプロージョン・アロー」
爆発を受けたガルナエラクラは大きく吹き飛び、俺達をプレスすることは無かった。
「大丈夫ですか!?」
そう言って駆け寄ってきたのはサキさんだった。
「大丈夫です、それよりも」
「ここは私に任せて、ガルナエラクラを!」
「……はい!」
そう言って俺はガルナエラクラに向かって走り出す。一瞬振り返ったが、サキさんは高価そうな道具を使って二人の治療をしていた。心配は無いだろう。
態勢を整えたガルナエラクラに対面していたのはマイズだった。
「リュート君」
マイズは静かにそう言った。
「見せてあげるよ、僕の本気」
そう言ってマイズは走り出した。
「速い……!!」
正に駿足。おそらく魔法か何かを使って最大限まで速度を上げているのだろうが、それでも比較にならない程速かった。
目にもとまらぬ速さでマイズはガルナエラクラに突進すると、高く飛んで 剣をガルナエラクラの目に突き刺した。
痛みを訴えかける様な咆哮が聞こえる。
マイズは一度大きく飛び退き、剣を正面に突き刺すために編み出されたような不思議な構えをする。
ガルナエラクラが片方の目でマイズを捉え、角をマイズに向けた状態で突進してきた。
しかしマイズは避ける事をしなかった。
「はぁぁああ!!」
「グォォオオ!!」
二つの叫びが混じり合う。
そしてマイズは剣をガルナエラクラの角めがけて勢いよく突き刺した。
同じ大きさの衝撃であるとき、それは衝撃が当たる面が小さければ小さい程衝撃は集中してより効果的に衝撃を与える。
マイズのそれは、その理論を利用した一点集中型の部位破壊の為の武器だった。
ガルナエラクラの角が砕け散る。
しかし砕け散った落雷石の破片は周囲に大きく放電した。
「っぐ!」
苦しそうな表情をするが、倒れこみはしなかった。
「リュート君!今がチャンスだ、トドメを刺してくれ!」
「了解っ!」
俺はそう言ってガルナエラクラ目掛けて斬りかかった。
「クアッハッハッハ、今日は宴じゃあ!」
ミトラルさんが豪快に酒を掻っ攫いながら言う。顔は既に紅く染まっている。
「リ~ダ~、ちょっと飲み過ぎですぜ~」
そう言うマトさんももう既にアルコールが回っているらしく顔が紅い。
「あはは、二人とも楽しそうだね~」
マイズが俺にそう話しかけてきた。マイズは二人と同じように酒を飲んでいるにも関わらず酔っているようには見えない。案外お酒には強いのかもしれない。
サキさんは現在厨房―と言っても俺達の見える所にあるキッチンだ―で大きなお肉を焼いている。俺達はガルナエラクラから取れた武器などの素材にならないお肉などを焼いて、それを肴に宴会を開いている。まぁ、言ってしまえば疲れ様会だ。
「できましたよ~」
「「「「おぉ!!」」」」
サキさんの持ってきた大きなお肉に俺達は思わず歓声を上げる。
良く運動されたガルナエラクラの肉は少し固いが脂乗りが良く、まるでその美味さを強調するかのように光っていた。
「「「「いっただっきまーっす!!!!」」」」
俺達の宴会はまだまだ終わりそうにはなかった。
そして宴会もそろそろ一段落したと言う頃だった。急に部屋の電気が消えた。
「停電か?」
ミトラルさんが酔った声で言う。
「ここ、ブレーカー何処にありましたっけ?」
俺が問う。
「あ、確かこの辺りに……」
サキさんがどこかへ行く。
「あ、いえ、俺行きますよ」
俺がそう言って立ちあがった瞬間だった。ギリリと言う何かを引っ張るような音がする。
「リュート君!」
「え?」
次の瞬間腕を掴まれて放り投げられる。
「いでっ!」
壁に当たり思わず呻く。そしてそれと同時に風を切る様な音がした。
「っぐぁ!」
何処からか呻く声がし、それと同時に何かが砕ける音。
「ぁがっ!」
また同じ、呻く音と砕ける音。
「がぁっ!」
三度目。
俺は状況を確認するために、玄関へと走った。目も暗闇に慣れてきており、投げられた先が玄関の近くだったこともありすぐに玄関を開くことが出来た。
月の光が部屋に入り込み、中の状況を理解させる。
それはまさしく惨状。
3つの死体と紅く染まった室内。そして弓を構えたサキさんが冷酷な表情で俺に弓を向けていた。
「サキ……さん?」
俺は訳のわからなくなった頭でそれだけ尋ねた。しかし次の瞬間には頭を働かせなくてはならなくなる。
サキさんは何の躊躇いも無く弓を射た。俺は思わず横に飛び退けた。
「あら、間一髪でしたね。ですがまさか私の矢を避けるとは思ってませんでした」
そう言ってサキさんは笑って見せた。
「……皆を殺したのはサキさんですか?」
状況からするとそれしかなかったのだが、俺は正直信じたくなく、そう尋ねた。
「えぇ、そうですよ。でも、まさかマイズ君があんなにも薬が効いてないなんて。同じようにお酒を飲んでいたはずなんですけどね」
「……どういう事ですか?」
「あら、気付いてなかったのですか?マイズ君が貴方を放り投げたから私は貴方の正確な位置を取り逃がしたのじゃないですか」
「!?」
マイズが助けてくれた?
「でもまさかマイズ君に感づかれていたとは私もまだまだね」
そう言いながらサキさんは矢を継ぐ。俺は立ちあがってサキさんと対峙する。心臓はバクバクと聞こえるくらいに音を立てている。
「どうして、皆を殺したんです」
「金の為ですよ」
「!?」
俺が問いを最後まで口にする前にサキさんは言い放った。まるでその言葉は何度も言われ慣れているかの様に。
「当然でしょ?報酬は受け取る人数が少なければ少ない程個人への報酬は多くなるもの。それに、仲間に良いアイテムを持っている人が居ればそれも手に入るしね」
「……そんな事の為に……こんなことをして許されると思ってるんですか……?」
「皆死んじゃえば『残りのメンバーは全員モンスターの犠牲になりました』って言うだけで何の問題も無くなるし、誰にも咎める事は出来なくなりますし。だから……貴方も邪魔なのですよ」
そう言った時のサキさんの目は本気だった。本気で、俺を殺すと言った目だった。
「……間一髪の状況からの形勢逆転とかって燃えません?」
「……いきなり何を言っているのですか?」
「もしこの状況を一転させることが出来たら……自首してください」
サキさんは一瞬キョトンとした顔になったが次の瞬間には俺の言った言葉の意味を理解し、笑って言った。
「……フフ、良いでしょう。ただし……殺す気で行きますからね?」
「言いましたね……?」
そう言って俺は口元を引き上げて小さく笑う。
そしてサキさんは迷わず矢を放った。
「あ、サキさん。俺の剣が普通の剣だって言ったの、あれ、嘘ですから」
そう言うと同時に矢が俺に刺さる直前で弾かれる。
「!?」
サキさんの表情が驚きに変わる。
「これが、俺の剣ですよ」
そう言って技能を解除し、サキさんにも見えるように月夜に当てる。
「黒い……剣?」
それは昼間とは違って黒く光っていた。ブラックパールを彷彿とさせるような輝きを放ち、圧倒的な存在感を持っていた。
これこそが俺が魔王時代から使っている唯一無二の剣。
「『永久の暗黒闇』……?」
サキさんが言う。
この剣は触れる光を吸収するので周りから見えにくくなる技能を持っている。アイラの森の様な薄暗い場所、特に夜なのだからその技能を発動させれば全く見えないと言っても過言ではないだろう。
「御明答」
「ハハ……貴方が、噂に聴いていた元魔王ですね……」
「良く勉強してますね!」
俺はそう言ってサキさんに斬りかかった。
サキさんは大きく飛び退いて避け、そして180度方向を変えて走り出した。
「逃がしませんよ!」
俺はそう言ってサキさんを追いかける。
『永久の暗黒闇』を持っていると言う事は元魔王の証と言っても過言ではない。そうなると話は変わってくる。役職上、命を狙ってくる奴も結構多い。だから『永久の暗黒闇』を見せた以上、こちらとしてもただで返すわけにはいかない。
サキさんはアイラの森に逃げ込み、木と木の間を素早く駆け抜けて行く。 そして時折こちらに向かって矢を射てくる。逃げながら射ている矢とは思えぬ程のサキさんの腕前には流石に驚きながらも、その正確性は少し低く、牽制程度にしかなっていなかった。
しばらくそれが続き、俺は着々とサキさんを追い詰めていた……と思っていた。
サキさんが急に足を止め、俺もそれにならって足を止める。
気が付くと周りには木がない、ちょっとした広場の様な場所に着いていた。
月の光が煌々と降り注ぐ、まるで舞台を想像させるかのような場所。
そこでサキさんは俺に向き合い、そして弓を捨てた。
「……どうしたんですか、弓を捨てて」
「いいえ、単にこれじゃあ勝てないと思っただけですよ」
そう言ってサキさんは今日採取したばかりの落雷石の原石を取りだした。
「……フリージング」
サキさんがそう言うと落雷石の周りに水色の薄い魔法陣が一瞬浮かびあがり、そして一瞬で落雷石が氷で覆われた。
「落雷石は周りを電気を通さない物で完全に覆ってあげると中で電気が弾けあって物凄い大きな光を放つんですよ」
そう言ってサキさんは氷で覆われた落雷石を地面に叩きつけた。初めは小さく光ったが、次の瞬間には辺り一面を昼間の様な光が覆う。
「こんな風に」
そう言ってサキさんは笑いかけてきた。これがサキさんの狙いだったのだと今さら気付く。これほどに明るければ『永久の暗黒闇』の光を吸収して見えにくくする技能を使っても意味がないだろう。
「ハハ。これじゃあ剣、見えますもんね」
「それだけじゃないはずですよ?」
「…………」
「『永久の暗黒闇』は光に照らされている状態だと効を約70パーセントも落とします」
「…………良く勉強してますね」
「そりゃ勉強しましたよ。知識は多ければ多い程信用も手に入れやすいですからね」
「お金の為に?」
「えぇ……そうですね」
楽しそうに話していたサキさんも、流石に何度も何度もお金の為かと言われてむかついたのだろう。少し声のトーンを下げて言った。
「じゃあそろそろ、本番と行きましょうか」
そう言ってサキさんは小さな棒の様な物を取りだした。それは木で出来ており、表面には魔術刻印の様な文字や絵がびっしりと描かれている。
「具現せよ、我に付き添いし聖霊よ、我の流した涙達よ。その堰を切り捨て、全てを切り捨てる太刀と成り給え」
サキさんが静かにそう唱える。するとサキさんの手元には、サキさんの身長程もありそうな長い太刀が現れた。その太刀は氷で出来ており、月光を反射させ、屈折させては光を蓄える。その様は正に芸術品の一言に尽きる。観る者全てを魅了し、観るものすべてを氷の世界へと誘う。月を背に淡く光る太刀を構えるサキさんの姿は、神から生まれた天使の様な、そんな輝きを誇っていた。そしてそれはまるで初めからそこにあったかのような存在感を誇っていた。
「私、実は」
そう言って太刀を構え距離を一気に縮めてくる。
「太刀使いなのですよ」
俺も剣を構えたが、サキさんは予想よりも遥かに遠い位置で剣を振り上げ、俺に向けて勢いよく振り落としてきた。
油断していた。太刀は攻撃範囲が広いからタイミングが普通の剣とは違うのだ。俺は間一髪のところで太刀を剣で受け止める。全体重と遠心力を最大限に利用した重い一撃だった。
しかしそれで終わりじゃなかった。
一瞬、重さが無くなったと思ったら次の瞬間には横腹へと向けて太刀が振りぬかれていた。
「っぐ!」
またも間一髪のところでそれを受け止め、一歩下がる。
「逃がしませんよ」
冷めたサキさんの声。
一歩下がることによって作った距離が一瞬で縮められ、またも太刀を振りぬかれる。
戦闘のプロとでも言うべきであろう、剣戟の一つ一つが重く、的確に体の急所を狙ってくる。しかもその一つ一つが、速い。
俺はサキさんの太刀を受け止めるのが精一杯だった。
「その程度で私に勝つつもりだったのですか?」
不意に、サキさんが言葉を発した。俺はその言葉に一瞬の隙を許してしまう。しかしそれもサキさんの思惑通りだったのだろう。太刀を大きく振りぬき、俺がガードしている剣ごと俺を吹っ飛ばした。
あまりの衝撃に足を地面に着く事すら叶わず、俺は遥か後方にあった木に背中からぶつかった。
「がはっ!」
肺の中の空気が強制的に出される感覚。そして頭が揺さぶられ、視界がぼやける。
力も入らず木に背中を預けるようにしてへたり込む。
ざっ、ざっ、と言う足音を立ててサキさんが近づいてくる。しかし体が思うように動かず、戦う事は愚か、逃げる事すら出来そうになかった。
ぼやけた視界でサキさんを見る。サキさんは俺の額に太刀の先を向けて立っていた。闇夜の月を背に氷の太刀を構えるサキさんの姿は本当に美しく、力強かった。
「勝負あり……ですね」
「そうみたいですね……」
戦いに夢中で気付かなかったがいつの間にか体のあちこちに小さな切り傷があった。
「気付いたみたいですね。砕刀・氷輪、それがこの太刀の名前です。魔術的に作り出した氷は刃物と激しくぶつかることで一部が砕け、太刀の進行方向に向かって弾ける。その時に対象に、それ程大きくは無いけれどダメージを与える……貴方の体の無数の傷の理由です」
「なるほど……それに気付けなかった時点で俺の敗北は決まってたわけだ……」
となると、サキさんが武器を太刀に変えた時点で勝負は決まってたわけだ。
「死ぬ前に何か言いたい事はありますか?」
サキさんは余裕の表情で、しかしどこか詰まらなそうに言った。
「……そうですね……じゃあどうして貴方程の人が、そんな生き方しかできなかったのか……」
勇者になることで力に制限が掛かっていると言っても元魔王である俺をこんなにも圧倒して倒したのだ。それ程の実力があればもっと他の、良い職業に就けたかもしれないのに。
「……良いでしょう、教えてあげますよ」
そう言ってサキさんは話し始めた。
私の家は私が小さい頃から酷く貧乏だった、それこそ今日の夕食すら宛がない程に。
父は居らず、母と二人だけの家族。
それでも私は幸せだった。
私がお手伝いをすると母は決まって慈愛に満ちた笑顔で「ありがとう」と言ってくれた。
けれど、ある日を境に母は帰って来なくなった。
何の報せもなしに、だ。
親の居なくなった私がそれからどうなったかっていうと、犯罪の毎日。
頼るべき者の居なくなった私は今日を生きるために、犯罪を繰り返した。
そして、しばらくして「母は借金に埋もれ、奴隷として遠くへ行ったのだ」と聞いた。
私はショックだったが、その頃にはなんとなくそうなんじゃないかと思っていた。
そこからだった。
『私が裕福になれば母は帰って来てくれるんじゃないか』と思い始めたのは。
「可笑しな話ですよね、私が裕福になったからって……母が何処に居るのかすら分からないのに」
「…………」
何も言えなかった。
「さぁ、これでもう心おきなく死ねますね」
けれど、違う。
「……それじゃあ俺の質問の内容と違いますよ」
「は?何を言ってるのですか?」
「分かってるんでしょ!!こんなことをしていたって母親が帰って来ないことくらい!!だったら貴方はどうして今でもこんなことをしてるんですか!!」
「!?」
「サキさんだって薄々は感ずいてるんでしょう……こんなことを、母親が望んでいるわけじゃないってことを……」
「わ、分かって」
「分かってないじゃないですか!!」
サキさんの言葉を遮って叫んだ。
「貴方は母親が居ない寂しさを埋めるために何かに縋っていたいだけだ!そしてそれが……今のサキさんのやっている事なんですよ」
「っく、貴方に……何が分かるっていうのよ!」
「えぇ、分かりませんよ」
俺はすぐにそう言った。
「だったら!」
「でも、貴方のしている事は間違っている。確かに、俺はサキさんに同情は出来ても共感は出来ません。だって、サキさんの経験した苦労や苦悩は、貴方だけの物だから」
「……だったら、だったら私はどうすればいいの……?」
サキさんの、縋る様な声。
「やり直しましょう、母親は帰って来なくとも……今まで迷惑をかけた人々に祈りをささげるくらいは出来ますよ」
そう言って俺は小さく笑いかけた。
「…………貴方は、元魔王の癖に魔王らしくないですね」
そう言ってサキさんは笑った。
そして太刀を大きく振り上げ、俺の頭に向かって……振り下ろした。
暖かな日差しが差し込み、意識が暗闇の中から浮上する。
「どこ、だ……ここ」
気が付くと見慣れないベッドの上で眠っていた。心なしか、体中が痛い。
室内はそれほど広くもないが、個人に割り当てられる部屋だと思うとそれ程狭くもないだろう。内装から察するに木造、窓の外から察するに森の中らしい。チュンチュンと小鳥が鳴いているのも聞こえる。
「あら、目が覚めましたか?」
しばらくぼうっとしていると部屋の扉が開き、青みがかった奇麗な長髪を持つエプロン姿の女性が入って来てそう言った。
一瞬彼女が誰だか分らなかった。しかし次の瞬間に全てを思い出す。
「サキさん!?」
「え、えぇ。そうですよ」
「案外家庭的な一面もあるんですね!!」
「殺すぞ」
「すいません」
思わずベッドの上で土下座していた。体は痛くとも恐怖に勝る薬は無いらしい。
「ところで、これどういう状況なんです?」
「これって?」
「だから、なんで俺はここに居るんです?」
そうだ、本来ならば俺はアイラの森でサキさんに殺されていてもおかしくは無い。
「何でって……えっと、貴方を休ませるために私の家へと運んだんですけど?」
休ませるために?
「殺さないんですか?」
「貴方が言ったんじゃないですか。私は間違ってるって」
「言いましたね」
「そう、言いました。だから、貴方だけは最後に見逃してあげようって話」
「最後……ってことは」
「えぇ、もうやめました。当分はここでのんびり暮らす予定です」
俺は思わず嬉しくなった。命が助かったことがではなく、サキさんが改心してくれたことが。
「ってことで当分は貴方の面倒を見てあげますよ」
「っへ?」
言われてサキさんの顔を見る。当分は暇の潰せる、良いおもちゃが手に入ったなと言う表情だ。
「貴方は元魔王と言ってもまだまだ勇者レベルとしては低いですからね。これからみっちり鍛えてあげますよ」
けれどその表情は本当に楽しそうな、無邪気な子供の笑顔だった。
きっと、サキさんが望んでいたのは誰かと一緒に居られる喜び。
それに、願ったり叶ったりじゃないか。サキさんの様な人の元で修行できるなんて。
「よろしくお願いします」
だから俺はサキさんに向けて満面の笑みでそう言った。
こうして俺の勇者としての修行の日々が始まったのだった。