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蜜蜂と飛魚

作者: 十浦 圭

あの日の出来事が本当のことだったのか、俺にはもう分からないのだけど。

それでも最後のお前の5文字の言葉が、最近ようやく分かるような気がするんだ。

なあ、飛魚。


***


Twitter上の創作企画「空想の街」(企画設定のwiki→http://www4.atwiki.jp/fancytwon)に参加した作品を加筆修正したものです。

作中の時計塔、ポムグラフは企画の設定に準拠しています。ポムグラフとは毒のある実で、9月1日のみ毒がなくなるという設定です。毒のなくなったポムの星を食べると、一日だけ動物に変化出来ます。

また作中に出てくる「宝石の夢」は原の執筆作品「藍童話」の中の話です。藍童話を未読でも特に問題はありません。


また、この話はとある有名作品のリスペクトとなっています。

書き手の技術の未熟さのせいで不愉快な気持ちにさせてしまうかもしれませんが、あくまでパクリではなくリスペクトとして書いています。ご了承下さい。


 今年もこの時期がやって来た。ぎっしり果肉の詰まったポムの星を両腕に抱え、空汰は石畳を走っていた。今夜はハンツピィの宴だ。あの奇病のせいですっかり元気のなくなった母親も、もしかしたら元気を取り戻すかもしれない。胸を弾ませて空汰は走った。

「おおい、蜜蜂!」

 背後からかけられた声に空汰は振り向いた。そこににやにやと笑う級友たちを認めて、空汰はむっと顔をしかめた。

「蜜蜂って呼ぶなって言ったろ!」

「でもお前は蜜蜂だろう!」

「うるさい!僕は蜜蜂じゃない!」

 面白そうな彼らの顔を睨み返す。

「もう行くからな!」

 叫んで空汰は走り去った。

 ハンツピィの宴は、一年に一度この街で行われる行事だ。ポムの星とよばれる果実を食べて、人間は動物の耳や尾を得て、動物は人間の手や足を得て、共に混じってパーティを楽しむ。

 変化する動物はランダムなはずなのに、5年連続で蜜蜂に変化して以来、空汰はこんな風にからかわれることが多くなった。母親は蜂の血は混じってないというし、実際6年前は他の動物に変化していたのだから、事実自分は蜜蜂ではない、と思う。

 あの連中だってそれは分かっているはずなのに、それでも空汰をからかうのは空汰に父がいないからだろうか。悔しさに唇を噛み締め走る。

 時計塔の前で流石に息が切れて、立ち止まった空汰は、ふと一人の少年が自分を見ていることに気がついた。

「何か用かい」

 問うた声が少しぶっきらぼうになったのは、先程の言い合いを見られていたと気がついたからだった。線の細い、しかし意志の強そうな目のその少年は空汰の仏頂面を見返してこう行った。

「君蜜蜂って言うのかい」

「…」

「ねえ答えておくれよ。君、蜜蜂っていうのかい」

「蜜蜂であって、蜜蜂じゃないさ」

 小首を傾げて言う少年にわざとひねた返答をすると、少年は

「へえ」

と感心したように呟いた。

「なら、ちょうどいいかもしれないな」

「何がさ」

「君ちょっと、僕と冒険しないか」

「冒険?」

「時計塔の下に地下へ降りる梯子があるんだ。一人で行っても詰まらないだろう。誰か来るのを待っていたのさ」

「君、友達はいないの」

 冒険という言葉に惹きつけられながらも空汰は用心深く尋ねた。さっきの”ちょうどいい”とは何なのか気になったのだ。

「僕の友達はみんな意気地なしさ。冒険なんて出来やしない。ねえ、行こうよ蜜蜂。さっきの彼らに自慢してやろう」

 肩をすくめた少年がそう言って、空汰はいよいよ自分が惹きつけられるのを感じた。地下の世界の大冒険。

「それ、長くかかるかい」

 空汰の言葉に少年は少し躊躇って

「分からないけど、途中で引き返したっていいんだ」

「それもそうだ」

 腕の中のポムの星を纏めて塔の隅に降ろす。

「行ってくれるかい」

「うん、なんだか面白そうだから。君の名前は?」

「僕かい。僕は飛魚」

 少年はそう言って嬉しそうに笑った。



「これが?」

「そうさ」

 空汰の言葉に飛魚は誇らしげな顔をしてみせた。時計塔の裏にぽっかりと開いた穴、そこへ降りる梯子。空汰が覗き込むと穴は黒々と闇を濃くした。

「君、灯りはある?」

「蛍草がある」

「なら大丈夫だ」

ぐ、と息を飲み込んで空汰は一歩踏み出した。



 まるで清潔なマンホールのようだ、と空汰は思った。そんなものが存在すればの話ではあるのだが。かつんかつんと梯子を降りる二人の音が暗闇に響いた。どきどきしながら降りるうちに、段々空汰は上も下も分からなくなるような、変な心持ちになった。

 やがて空汰は、自分たちの足音がだんだん響かなくなってきたことに気がついた。傍にあった筈の壁が感じらない。宇宙のような広い空間を頭に重い描いた時、ふうと風がついて、空汰は自分の足がしっかりした地面に着いたのを感じた。

「ここは何処だろう」

 隣に降りた飛魚を見ながら、空汰はあやふやな声で呟いた。辺りは真っ暗なまま呟きは時折吹く風に浚われる。

「蛍草を出してみようか」

「うん」

 空汰は頷き、飛魚がポケットからそろそろと蛍草を出すのを見守った。

 蛍草は蛍に憧れた草の成れの果てだ。くんにゃりとした茎を飛魚がそっと取り出すと、花の燐光が辺りを淡く照らし出した。ざあと風が吹き、空汰は何か見えないかと目をこらした。

「何もないね」

「そうかな」

「君には何か見えるのかい」

 飛魚の言葉に空汰は声をあげた。

「随分目がいいんだなあ」

「そうじゃなくてさ」

 もどかしそうに飛魚が続ける。

「これは波の音だろ」

「波の?」

 飛魚の言葉に顔を傾けて風の音を聞き、蜜蜂は納得した。

「本当だ。これは波の音だねえ」

「ここは透明な海なのさ」

「どちらに行こうか」

「君はどちらがいい」

「僕?僕は…」

 波の音に耳を傾けて空汰は東を指差した。

「こっちにしよう」

 ざあざあと流れる波の音が強くなる方向。

「きっとこっちが海岸だ」

「よしきた」

 飛魚が蛍草を掲げる。二人は歩き出した。

 ざばざばと見えない波の中を二人は歩いて行く。

「君は何処に住んでいるの」

「僕は北区。蜜蜂は?」

「僕は東さ。母さんと二人暮らしだ」

「へえ。僕は妹と二人だ」

「へええ」

 蛍草の青白い光が弱まってきた頃、空汰はふいに辺りが明るくなってきたことに気がついた。



「やあ、ここはなんだろう!」

 波の音がすっかり遠くなった頃に、黙っていた空汰は我慢できずに声を上げた。灰色のつるつるとげとげした木のようなものが、何本も生えている。真っ黒な地面と暗い空にそびえるとげの木はとても攻撃的に見えた。

「森かなあ」

「森だろうねえ」

 知らず知らずのうちに身を寄せ合い、二人はひそひそと会話をした。先程までの波の音は消え、針が落ちても聞こえそうな静寂があたりに満ちていた。誰もいないのに、誰かに見られている。空汰はふいにそう感じた。

「飛魚、早くこんなところ抜けてしまおう」

「そうだね」

 気味悪そうに辺りを見渡して飛魚も眉を潜めた。早足でとげの森を歩く。暗い空なのにくっきり見える景色も、何故か出来る影もそらたには不気味に映った。

 黙りこくったまま森を進んでいる時だった。ふいに、コンコンコンと何かが落ちる音がして二人の少年は体を固くした。

「なんだろう」

 囁いた声は不安げに響く。

「分からない。後ろの方からだったような」

 飛魚の返事に重なるように、またコンコン、と音が響いた。

 コンコンコン。コンコンコン。固唾を飲んで来た方を見つめる二人へ音は近づいてくる。コンコンコン。コンコンコン。

「アッ」

 ふいに飛魚が声を上げた。

「蜜蜂、蜜蜂あれをご覧!」

 見上げたそらたもはっと息を飲んだ。大きなハサミ、周りの木ほどもあるハサミがコンコンと硬質な足音でこちらに歩いてきているのだった。ハサミの刃が当たるごとに、木から伸びた影がぷつぷつと切れていた。咄嗟にそらたは叫んだ。

「飛魚、逃げよう!」

 ばっと二人は先へ走り出した。静かな森に二人分の足音が響く。ちらりと振り向くと、もともと大したスピードのなかったハサミの姿はみるみるうちに遠ざかっていった。



 いつの間にか空は少しずつ明るくなっていた。木も少なくなり、地面は黒から群青色になって、ようやく二人は足を止めた。荒い息を整えていると、空にきらっと何かが光った。

「あれ、何だろう、ねえ」

「さあ、星でないのは、確か、だけど」

「さっきは、驚いたなあ。あの影を見たかい」

 興奮しながらそらたが話しかけると、飛魚は少し考え込んでいるようだった。

「どうしたの」

「蜜蜂は本は好き?」

 急に投げられた質問に首をかしげながら答える。

「実はあまり読まないんだ」

「やっぱり」

「やっぱりって何だい」

 唇を尖らせて聞けば飛魚は小さく笑って

「僕さっきの知ってるよ。カゲバサミだ」

「カゲバサミ?」

「カゲネズミの天敵さ。カゲネズミを食べるんだ。まさか地下に住んでたなんて」

「飛魚は物知りだなあ」

「そうでもないよ。さっきなんかすっかり竦んでしまった」

「僕だって」

「先へ進もう」

 群青の空を見上げて、二人は再び歩き出した。



 先までの固い音と違い、足音はさりさりと小石を踏むようなものになっている。どこを向いても群青色で、なんだか蜜蜂は空を歩いているような気になった。

「ここは綺麗なところだねえ」

「うん」

「母さんに見せてあげたいなあ」

 ふと漏れた呟きに蜜蜂の胸が痛んだ。

「僕の母さんはね、変わった病気なんだ。もう随分長いことベッドに寝たままなんだ。いつも笑ってらっしゃるけど、でも本当はとても辛いのを、僕は知ってる」

 しゃりしゃりと云う足音に声が柔らかく流れた。ふいに黙ったままの飛魚が気になって蜜蜂は横を向いた。

 なんだか驚いた顔で飛魚は蜜蜂を見つめていた。それを不思議に思いながらも、その目に弱音を吐いたことへの軽蔑が浮かんでいない事実に蜜蜂はほっとした。

「それは、辛いね」

「うん。僕が元気を失くしたら、母さんはきっともっと心配されるだろう。だから僕は母さんのためなら、母さんがとても辛いのを知らないふりだって出来るんだ。でも、それは実は気休めで、母さんを真実楽にすることにはならないんだ」

「…うん」

「僕は母さんを救いたいんだ、本当に」

「君の気持ちは分かるよ、本当に」

 思いがけずしっかりとした飛魚の声に蜜蜂は驚いて顔を上げた。

「助けたいんだ、僕も」

「君も?」

 一体誰を?と聞こうとした瞬間、突然どおん、と大きな音が響いた。



 咄嗟に耳を塞いで蜜蜂は隣の飛魚を見た。

「なんだろう!」

「分からない!」

 どおん、と続く音に辟易しながら進んでいくと、ふいに蜜蜂は遠くに何かが光っているのを見つけた。

「なんだい、あれ」


 それは大きな花火だった。


 どおんとまた音がして、頭上いっぱいに花火が開いた。こんなに大きな花火を見るのは初めてで、蜜蜂は口をぽかんと開けて頭上を見上げた。

「すごいねえ!」

 声にふりむくと、頬を紅潮させた飛魚の笑顔があった。

「すごいねえ!」

 叫ぶと、蜜蜂の顔にも笑顔が浮かんだ。



 始まった時と同じく唐突に止んだ花火を、名残惜しく少しだけ待って、もうなさそうだと見切りを着けてから二人は再び歩き出した。進んで行くにつれて、周囲の群青は少しずつ薄くなっていた。

「花火凄かったなあ」

 感嘆の声に、蜜蜂も強く頷いた。



 辺りはだんだん薄い紅色を含み始めていた。何処かで見たと思いかけて、ああこれは夜が明ける前の空の色だと蜜蜂は思い当たった。ふと視線を上げた先に、蜜蜂はまた奇妙なものを見つけた。中を漂う黄緑色のもやのような流れ。

「ねえ、あれは何だろう」

「ああ、あれか」

 こともなげな飛魚の言葉に蜜蜂はびっくりして隣を見た。

「君、知っているのかい」

「勿論さ。蜜蜂は知らないの」

「知るもんか」

「あれはポムの毒さ」

「ポムの毒?」

 きょとんとした蜜蜂に飛魚は淡々と言う。

「ハンツピィの宴の時期にだけ、ポムグラフという果実は毒をなくして、ポムの星と呼ばれる不思議な果実になる。蜜蜂も知ってるだろう。それで、それまでポムグラフにいた毒がこうして追い出されたんだ。追い出された毒は何処までも流れていって、果てで消えてしまうんだ」

「果てで」

 黄緑のもやを目で追って、蜜蜂は繰り返した。

「それにしても、ポムの毒があるってことはそろそろ終わりだな」

「終わりって」

 突然そんなことを言う飛魚を、蜜蜂はびっくりして見返した。いつの間にか辺りはすっかり朝焼けの色になっていた。もやが流れていった先の地面がぷつりと切れ、崖のようになっていることに蜜蜂はふいに気がついた。

「君、宝石の夢っておとぎ話を知ってるかい」

「知らない」

「宝石の女を愛した男が、女のために宝石になる話さ」

 飛魚は落ち着いた声で言った。蜜蜂にはそれが不安でしょうがなかった。

「それが?」

「あれに出てくるんだ。献身と忠心が愛なんだ。真実の愛があれば、人は宝石になることが出来る」

「それがなんなんだよ!」

 絶えかねて叫んだ蜜蜂を、飛魚はじっと見返した。

「実はね、僕の本当の名は飛魚じゃないんだ」

「本当の名?」

「僕の本当の名を君は知ってるんだ」

 熱の篭った様子で少年は言った。

「君の気持ちが僕には本当に分かる。僕の妹もずっと病気だから」

「…」

「だから君に僕の名前を呼んで欲しいんだ。君がいいんだ」

 少年の後ろに崖が迫っていた。少年の言葉をよく分からないまま、みつばちはそればかり気にしていた。

「僕は君の気持ちが本当に分かる。君も僕の気持ちが本当に分かるだろう。後生だよ、僕の名前を呼んでくれ」

「君の名前を僕は知らない」

「君は知ってる」

「知らないよ!」

「知ってるんだ!」

 少年が悲痛な声で叫んだ。

「僕の名前を呼んでくれ!」

 響いたその声は、ぐらぐらとみつばちの頭を揺さぶった。

 そして

「ポムグラフ!」

 空汰は、叫んだ。


 次の瞬間、少年の体は銀色に透き通り、星の形に砕けてしまった。呆然とする空汰の目に

「 ・ ・ ・ ・ 。」

 少年が何かを言ったのが、分かった。




 え、それからどうなったかったって?どうもなりゃしないよ。ふっと気がついたら、俺は時計塔の目の前にポムの星を持って突っ立ってたんだ。慌てて穴を探したが、どこにもなかった。おまけに随分たったと思った時間も、ちっともたっていなかった。

 最初は夢だと思ったんだけどな。ん?ああ、その日以来、母親の、つまりお前のお婆ちゃんの病気がみるみるよくなったんだよ。医者も首を捻るほどの回復っぷりでな。婆ちゃんは自分の体力のおかげだとご満悦だったが、俺にはぴんときたんだ。

 それから少しして、婆ちゃんの診察に付き合って、俺は病院に行ったんだ。診察の間暇だった俺は病院の中庭をうろうろしてたんだよ。じっとしてりゃいいものを、うろつくから女の子にぶつかっちまった。

 彼女があいつとそっくりの顔だったんで、俺はびっくり仰天した。聞けば婆ちゃんと同じ病気で婆ちゃんと同じ日から病気が治り始めたっていうじゃないか。俺にはその子があいつが言ってた妹だってすぐ分かったよ。そんで、まあ色々話して、俺達はとても仲良しになったってことだ。…つまり、その女の子がお前の母さんだって意味だよ。

 あん?母さんには兄はいない?そうなんだよ。あいつ、兄だって言ったのに本当は兄じゃなかったんだ。多分、人間でもなかったんだろう。でも俺はあいつが母さんと、婆ちゃんの病気を治したんだと思ってる。

 これが俺と母さんの馴れ初め話だよ。なんだって?話が長い?お前相変わらず生意気だなあ。ああ、走るなって。また転ぶぞ。いい服着てるんだし、もうお前は今日からお兄さんになるんだからな。

 いいから、病院では静かにするんだぞ、飛魚。



原の趣味が爆発したお話でした。書いていてとても楽しかった。

銀河鉄道の夜も少年アリスもおしいれのぼうけんもアタゴオルも大好きです。

上記作品全て分かる方がいたら、まず土下座で改悪を謝罪した後に喫茶店で熱く語り合いたい所存です。

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