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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

短編小説

見えない自殺をまた明日。

作者: うわの空
掲載日:2012/08/11

 この駅では、女子高生が何度も死んでいる。

『何人』もではなく、『何度』もだ。




 今日はどこに行こうかな。

 そんなことを考えながら、僕は駅のホームにある古いベンチに座っていた。


「……ん?」


 ふと顔をあげると、向かいのホームに女子高生が立っているのが見えた。

 この季節にふさわしくない、明らかに冬用のセーラー服。日に焼けることを知らないかのような、青白い顔。

 なんであんなホームの端に立っているんだろうかと考えていたら、アナウンスが流れた。


『間もなく、一番線に、電車が到着します……』


 彼女は笑う。ぽつりと呟く。



「やっときた」



 ――まさか。

 立ち上がる僕。踏み出す彼女。彼女が宙に浮かんだのはほんの一瞬。


 飛び込んだ彼女の身体はあっという間に電車にぶつかり、切断された右腕と右脚が宙を舞った。

 血しぶきが空気に色をつけ、蒼穹そうきゅうには赤が混ざる。

 細い身体は線路に転がり、右腕と右脚は後続車両に轢き潰された。


 誰も、何も、言わなかった。

 僕は彼女の方を見る。右腕と右脚を失い、血まみれで横たわっている彼女は笑いながらこう言った。



「今日も失敗。また明日」




 翌日。どこに行こうかと考えている僕の目に映ったのは、昨日の彼女。

 右腕と右脚はきちんとくっついており、けれども昨日と同じ格好で同じ場所に立っていた。

 ああ、やっぱりそういうことか。


 僕と彼女の共通点。

 僕と彼女の相違点。


 彼女は今日も電車に轢かれ、右腕と右脚をなくす。

 周囲の人間は何も言わない。僕も何も言わない。

 彼女は今日も笑う。



「今日も失敗。また明日」



 彼女は恐らく気付いていないのではなく、気付きたくないだけなのだろう。


 僕と彼女の共通点。

 僕と彼女の相違点。




 毎日毎日繰り返す。右腕と右脚を失くして笑う。

 誰にも見えていない滑稽な光景。

 僕はそれを見てから、何事もなかったかのように次の電車に乗り込んだ。


 さあ、今日はどこへ行こうか。




 数か月経った。彼女は今日も繰り返す。

 変わったことと言えば、僕に話しかけるようになったことだ。


「ねえ、今日は死ねると思う?」


 楽しそうに話す彼女に、僕は今日も首を振る。


「さあね」


 遮断機の音と、アナウンス。彼女はもうすぐ切断されるであろう右手を、僕に向かって振ってみせる。 


「じゃあね」


 彼女は今日も電車に飛び込んで、右腕と右脚をなくした。

 彼女の身体を無言で見つめる僕に向かって、右腕と右脚のない彼女は笑う。


「今日も失敗。何がいけないんだろう」

「さあね。――また明日」


 失敗の原因を僕は知っている。


 僕と彼女の共通点。

 僕と彼女の相違点。


 彼女は気付いていない。そして今日も否認する。

 彼女を轢いた電車は走り出し、僕はその後にやってきた電車に乗り込んだ。


 ああ、そろそろ終わりにしようか。 



 そよ風が涼しくなった今日も、彼女は同じ場所に立っている。

 明らかに冬用のセーラー服。日に焼けることを知らないかのような、青白い顔。

 響く遮断機の音。機械音声のようなアナウンス。


「やっときた」


 ――飛び込もうとする彼女の右腕を、僕は掴んだ。


 

 何をするんだと言わんばかりの顔をこちらに向ける彼女に、僕は言う。



「君は多分、まだ死んでない。いい加減、どちらにするか選びなよ」



 息をのむ彼女。息を吐く僕。 


「君は恐らくこの駅で、飛び込み自殺をした。右腕と右脚を失った。けれど死ななかった。――きっと今はまだ昏睡状態なんだろうね。きみがここにいるんだから」 


 俯く彼女を見て、ああやっぱりと思う。僕は続けた。


「君は、死のうかどうか迷ってる。だから何度も何度も飛び込んで、失敗してるんだろ? 死ぬと決意して飛びこんだら、君の自殺は成功するよ。逆に生きると決意したら、君の魂は身体に戻る。……本当は、気付いていたんじゃないか?」


 誰にも見えない自殺を何度も何度も繰り返し、彼女の得たもの。


「死ぬのが怖いと思えるのなら、生きればいい。まあ、幽霊ライフもそこそこ楽しいけどね。電車だって無賃乗車できるし、仕事もせずに気ままに過ごせる。……僕みたいに」


 僕と彼女の共通点。

 僕と彼女の相違点。


 僕たちの姿は誰にも見えていない。

 僕はもう死んでいて、彼女は今でも生きている。



 誰にも見えない自殺を何度も何度も繰り返し、彼女の得たもの。


 

 彼女はいつものように笑って見せる。

 強がっているのがよく分かる歪んだ笑顔は、今の彼女の精一杯なのだと僕にも分かった。


「――……何度も飛び込んでみたけれど、いつも怖かった。笑ってごまかしてたけど」


 私、もうちょっと頑張ってみる。ありがとう。



 そう言い残して、彼女の姿は消えてしまった。




「今日からまた一人だなあ」


 僕は笑いながら、彼女を轢くはずだった電車に乗り込んだ。

 誰にも遠慮せず、優先座席に堂々と座る。

 気ままな幽霊として過ごし続けて、何十年経っただろう。

 僕を見つけてくれる人間は、僕を消してくれる人間は、この世のどこにいるのだろう。 



「さあ、今日はどこへ行こうか」




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