見えない自殺をまた明日。
この駅では、女子高生が何度も死んでいる。
『何人』もではなく、『何度』もだ。
今日はどこに行こうかな。
そんなことを考えながら、僕は駅のホームにある古いベンチに座っていた。
「……ん?」
ふと顔をあげると、向かいのホームに女子高生が立っているのが見えた。
この季節にふさわしくない、明らかに冬用のセーラー服。日に焼けることを知らないかのような、青白い顔。
なんであんなホームの端に立っているんだろうかと考えていたら、アナウンスが流れた。
『間もなく、一番線に、電車が到着します……』
彼女は笑う。ぽつりと呟く。
「やっときた」
――まさか。
立ち上がる僕。踏み出す彼女。彼女が宙に浮かんだのはほんの一瞬。
飛び込んだ彼女の身体はあっという間に電車にぶつかり、切断された右腕と右脚が宙を舞った。
血しぶきが空気に色をつけ、蒼穹には赤が混ざる。
細い身体は線路に転がり、右腕と右脚は後続車両に轢き潰された。
誰も、何も、言わなかった。
僕は彼女の方を見る。右腕と右脚を失い、血まみれで横たわっている彼女は笑いながらこう言った。
「今日も失敗。また明日」
翌日。どこに行こうかと考えている僕の目に映ったのは、昨日の彼女。
右腕と右脚はきちんとくっついており、けれども昨日と同じ格好で同じ場所に立っていた。
ああ、やっぱりそういうことか。
僕と彼女の共通点。
僕と彼女の相違点。
彼女は今日も電車に轢かれ、右腕と右脚をなくす。
周囲の人間は何も言わない。僕も何も言わない。
彼女は今日も笑う。
「今日も失敗。また明日」
彼女は恐らく気付いていないのではなく、気付きたくないだけなのだろう。
僕と彼女の共通点。
僕と彼女の相違点。
毎日毎日繰り返す。右腕と右脚を失くして笑う。
誰にも見えていない滑稽な光景。
僕はそれを見てから、何事もなかったかのように次の電車に乗り込んだ。
さあ、今日はどこへ行こうか。
数か月経った。彼女は今日も繰り返す。
変わったことと言えば、僕に話しかけるようになったことだ。
「ねえ、今日は死ねると思う?」
楽しそうに話す彼女に、僕は今日も首を振る。
「さあね」
遮断機の音と、アナウンス。彼女はもうすぐ切断されるであろう右手を、僕に向かって振ってみせる。
「じゃあね」
彼女は今日も電車に飛び込んで、右腕と右脚をなくした。
彼女の身体を無言で見つめる僕に向かって、右腕と右脚のない彼女は笑う。
「今日も失敗。何がいけないんだろう」
「さあね。――また明日」
失敗の原因を僕は知っている。
僕と彼女の共通点。
僕と彼女の相違点。
彼女は気付いていない。そして今日も否認する。
彼女を轢いた電車は走り出し、僕はその後にやってきた電車に乗り込んだ。
ああ、そろそろ終わりにしようか。
そよ風が涼しくなった今日も、彼女は同じ場所に立っている。
明らかに冬用のセーラー服。日に焼けることを知らないかのような、青白い顔。
響く遮断機の音。機械音声のようなアナウンス。
「やっときた」
――飛び込もうとする彼女の右腕を、僕は掴んだ。
何をするんだと言わんばかりの顔をこちらに向ける彼女に、僕は言う。
「君は多分、まだ死んでない。いい加減、どちらにするか選びなよ」
息をのむ彼女。息を吐く僕。
「君は恐らくこの駅で、飛び込み自殺をした。右腕と右脚を失った。けれど死ななかった。――きっと今はまだ昏睡状態なんだろうね。魂がここにいるんだから」
俯く彼女を見て、ああやっぱりと思う。僕は続けた。
「君は、死のうかどうか迷ってる。だから何度も何度も飛び込んで、失敗してるんだろ? 死ぬと決意して飛びこんだら、君の自殺は成功するよ。逆に生きると決意したら、君の魂は身体に戻る。……本当は、気付いていたんじゃないか?」
誰にも見えない自殺を何度も何度も繰り返し、彼女の得たもの。
「死ぬのが怖いと思えるのなら、生きればいい。まあ、幽霊ライフもそこそこ楽しいけどね。電車だって無賃乗車できるし、仕事もせずに気ままに過ごせる。……僕みたいに」
僕と彼女の共通点。
僕と彼女の相違点。
僕たちの姿は誰にも見えていない。
僕はもう死んでいて、彼女は今でも生きている。
誰にも見えない自殺を何度も何度も繰り返し、彼女の得たもの。
彼女はいつものように笑って見せる。
強がっているのがよく分かる歪んだ笑顔は、今の彼女の精一杯なのだと僕にも分かった。
「――……何度も飛び込んでみたけれど、いつも怖かった。笑ってごまかしてたけど」
私、もうちょっと頑張ってみる。ありがとう。
そう言い残して、彼女の姿は消えてしまった。
「今日からまた一人だなあ」
僕は笑いながら、彼女を轢くはずだった電車に乗り込んだ。
誰にも遠慮せず、優先座席に堂々と座る。
気ままな幽霊として過ごし続けて、何十年経っただろう。
僕を見つけてくれる人間は、僕を消してくれる人間は、この世のどこにいるのだろう。
「さあ、今日はどこへ行こうか」