第五話 久しぶりの団欒
「お、うっめぇーこの香草焼き。皮パリパリ」
「肉も獲れたてだからねー。私の火加減どうよ」
すげーすげーとザンがおざなりに褒めながら、リューアと二人、夕飯を食べていた。テーブルに向かいに座る二人の前には、ほかほかと湯気を立ち上らせている熱々のシチューとこんがり焼けた肉料理、狐色のパンが並んでいた。
ここは花屋のすぐ隣、リューアの家である。かくかくしかじかの手で手に入れた家は、幾分古くて小ぢんまりとした安そうな家だったが、リューアは気に入っていた。二人が寝泊りするぐらいなら問題は特にないだろう。
「熱っつ!」
「気を付けて。はい、水」
ろくに冷まさずにシチューを口に入れて、ザンが悶える。リューアは冷静に水を差し出し、席を立つ。
あの後結局獣と遭遇した。もちろんザンが瞬殺し、引きずって持って帰った。その一部はありがたく、今日の夕飯に使わせてもらった。シチューに肉が入っているのはそれが理由だ。
引きずって持ち帰る際に、日がかなり暮れていた事と見慣れない少年を連れている事でリューアは大分いぶかしまれた。が、そこは日ごろの行いが善かったせいか、何とか乗り切った。図らずも見知った門番に嘘を付く事になってしまい、リューアは少し心苦しかった。まぁそれはしょうがないだろう、誰がこの少年人殺してて殺されそうになりました、とか言えるはずもない。
「先にデザート食べよう? シチューはその後」
んくんくんくと水を一気飲みしていたザンは、今何つったと振り返って、また首を戻した。
「うまい」
「おまたせー」
しばらくして、用意に時間かかっちゃったと言いながら、リューアが台所から姿を現した。その両手には大皿が、人の頭ほどある大きな濃い桃色のプリンが抱えられていた。一歩リューアが足を踏み出す度に、ぶるんとプリンが揺れる。慎重にテーブルまで歩いてきたリューアは、ごどんとザンの目の前に特大木苺プリンを置いた。衝撃でテーブルの上の皿とかフォークが若干跳ねた。
「雑っ。お前最後の最後で置き方雑いな!」
「いいんだよ」
「いや、危ねぇんだって」
リューアは仕上げに白い陶器の入れ物を傾けて、とろりとした赤い液体をプリンにかけた。桃色のプリンの表面が、みるみる木苺ソースで覆われていく。
「おおー。血みどろ」
ザンが手を鳴らした。
「…………」
今のはザンなりの褒め言葉、とリューアは自分に言い聞かせた。
「…まぁ、似てなくもないよね…?」
「だろ」
何に似ているとは最後まで言わなかったが。
「「いただきまーす」」
なにはともあれ、リューアとザンは、大皿から直にスプーンですくってプリンを口に運ぶ。塩っぱいものが恋しくなったら、程よく冷めたシチューを食べた。
「ザンってさー、今何してんの?」
「何って何?」
食事の合間にも、二人の会話は途切れない。
「仕事とか」
「あー仕事ね。今は兵士やってるって言わなかったっけ?」
「…忘れてた。今、南って平和?」
「平和っつうか、大きな戦は無いみてぇ。起きそうでも無いし」
おかげで超退屈、とザンがパンをかじる。ふーんとリューアがシチューをすすった。
「お前は何してんの?」
「んーっと、花屋のバイト」
「バイトぉ?」
「そ。結構繁盛してるよ」
ほらそこの花屋、とリューアが窓の外を指す。ザンがそちらに目を向けると、窓硝子の向こうに確かに『花屋ネイビー』と飾り文字で書かれた看板が見えた。
それからようやく会話が途切れ、二人は黙々と食べ進める。
「「ごちそうさま」」
食べ終わり、両手を合わせて合掌。
「うまかった」
リューアは台所へ片付けにいき、ザンも膨れた腹を擦りながら、皿を重ねて持ってついていく。
「あ、ザン皿そこに置いといて。あとその洗剤、違う違う黄色いやつ、取って」
ザンは水色の容器から手を離し、黄色い容器の洗剤をリューアに手渡す。手伝おうか迷って、どうせろくなことにはならないだろうなと思ってやめた。くぁあ、と欠伸を一つして目を擦る。
「ねむてぇ」
「あ゛~終わった終わった」
最後の一枚の皿を洗い終わり、リューアは思いっきり伸びをする。無意識に曲がっていた背中から、こきりと小気味よい音がしたのに満足し、力を抜く。ずっと水さらしだったために左手は大分冷たくなり、指先は赤くなっていた。その手を右手と擦り合わせながら、ザンの名前を呼ぶ。
「ザーンー? あれどこいった?」
ザンの姿が見えないことに疑問を持ちながらも、リューアはまぁいっかと首を回した。これまたこきりと気持ち良い音が鳴る。
一日が終わる、心地よい疲労感。
体がややだるいのを感じながら、リューアはふぁあと欠伸をする。
「ねむたぁ」
「ザンー、いるー? どこー?」
ザンを探しながら、リューアは寝室へと向かう。部屋のドアを開け、ベッドに近付いていって、驚いた。
「…くぅ。……かぁ――…」
ザンが寝ていた。一つしか無いリューアのベッドで。
「……人ん家、だし。家主一応私なんだけど…」
すかぁすかぁとやや汚れた服を着替えもせず、ザンは気持ちよさそうに眠っている。ブーツはかろうじて脱いであるものの、床に無造作に放られているし、紅いマフラーもあの大剣も身に付けたままだ。
リューアはザンの胸倉掴んで揺すってやりたい衝動に駆られたが、さすがにそれは忍びないと、ぐっと拳を握りしめるだけにとどめる。
「わ!」
顔を覗きこめば、てっきり寝ていると思っていたザンが目を開けていて、リューアは驚いた。軽く飛び上がった。黒い瞳は焦点がはっきりと合っているのか分からない。
「リューア寝んの?」
さっきまで寝息を立てていたわりにはしっかりしている口調で、ザンはリューアを見上げて問う。
「、寝んの? って…。そりゃあ寝たいし、寝るんだけど…」
図々しいのかなんなのか。リューアがいっそ面食らいながら歯切れ悪く答えると、ザンはいきなりリューアの腕を掴み、引き寄せた。
「う、ひゃあっ」
色気もくそもない声をザンの腕の中で上げ、リューアはじたばたともがく。だが、それなりに引き締まり、鍛えられた少年、というより青年に近い体躯に敵うはずもない。小柄なリューアではザンの腕をどける事さえかなわなかった。
「…すー……、すー…」
どうやらさっきは寝ぼけていただけらしく、ザンは完全に寝てしまったようで、リューアはザンの腕から出る事を諦めてため息を吐く。いっそ魔法で吹っ飛ばしてやろうかと考えたが、流石にそれはないないと思ってやめた。せめて寝苦しくないように空間をと、ごそごそと身じろぎをした。ここまでしても起きないザンには、もはや尊敬すら抱く。
何であったばっかの男の人と添い寝してるんだろう私は、とリューアは毛布を引っ張り上げながら思う。
「もういい。寝よ」
自分も外着のままだが、それは明日ザンに文句でも言って、シーツに一つでも洗わしてやればいい。
リューアはザンに背を向けて目を閉じる。
今日は久しぶりに話す相手がいる食事だった。どんなに美味しそうに料理が出来ても、一人で食べていた。ネイビーは自営業なので二階建てである花屋の二階に住んでいる。たまにリューアが寝過ごしたりした時に起こしに来たり、リューアは料理をおすそ分けにいったりするものの、基本的には不干渉だ。これはネイビーが放任主義なのではなく、けじめをつけてくれているのだろう。
ここ何年も感じていなかった背中のぬくもりに、リューアは知らず、ほっと息をついた。
「あ。靴も脱いでない」
靴を脱いだ。