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第九話 ザンとアトラス

 男二人は今にも戦いを始めそうだったので、リューアは隣の受付嬢に待ったをかける。


「あ、ちょっと連れと話したいんですけど、いいですか?」

「ええ、よろしいですよ。私もアトラス様と少し確認を取らなければいけませんから」

「ありがとうございます。ザンーちょっとこっち来てー」


 リューアに呼ばれ、穏やかに睨み合っていたザンはぱっと握手していた手を離し、アトラスには目もくれずにリューアに駆け寄った。受付嬢は反対にアトラスに歩み寄る。


「何ーリューア?」

「いやちょっと心配になって。ザン分かってるよね?…この勝負、相手殺しちゃいけないんだよ?」 

「……気ぃつける」

「心配だ……」


 どことなく目をそらすザンに、リューアはげんなりと肩を落とした。これアトラスさん殺されたら私の責任にもなるのかなぁなるよなぁと思う。

 正直ザンの実力は分からないリューアだが、相当の剣の使い手である事は間違いないだろう。特に殺すことにかけて優れている。体験したリューアには分かる。伊達に不遇の混血生活を送っていないのだ。

 それはともかく。

 ため息一つ吐いたリューアは、両手でザンの頬を包み込み、ぐいと引き寄せた。そして軽く額同士を合わせると、ザンの目を至近距離からその碧い目で見据えた。

 視界いっぱいを青で占められ、ザンは鮮やかなイロに、くらりと眩暈がした。

 リューアは厳かに口を開き、


「殺さない殺さない殺さない殺さない殺さない殺さない殺さない殺さない殺さない殺さない――っと。はい繰り返して」

「…………殺さない殺さない殺さない殺さない殺さない殺さない殺さない殺さない殺さない殺さない。…催眠術かよ」

「いーの!こうでもしないと…。あと指切りもする」

「おいおい、子供ガキじゃねぇんだから」


 結局押し切られたザンは、ずいっと目の前に差し出された細く白い小指に、手袋を脱いだ自分の浅黒い小指を絡ませる。リューアが歌う。


「ゆーび切ーりげーんまーんうーそ吐ーいたーらはーりせーんぼーん飲ーます、指切っ痛たたたた」

「ん?どうした。切れたのか?」


 いきなり悶えだしたリューアに、ザンは白々しく心配する様子を見せる。顔はにやにやと笑っていた。

 原因は絡め合わせた小指、リューアの指を、ザンの小指が思いっきり締めつけていた。普段から身の丈以上の両手剣を片手で軽々と操る、化け物みたいな腕力と握力を持つザンである。たかが小指の力と言えど、ものすごく痛い。

 

「こら! もう離せ馬鹿ー」

「馬鹿はねぇだろ馬鹿は」


 一通りリューアの反応をザンは堪能し、指を離す。ザンの馬鹿力から解放されたリューアは、涙目でふーふーと自分の小指に息を吹きかけた。


「…あの二人は何をやっているのかな?」

「さあ。いちゃついてるんじゃないんですか?」


 リューアとザンから少し離れたところで、すっかり存在を忘れられているギルド職員と『藍』ランクの槍使いが、どうでもいい会話をした。この二人には幸いな事にリューアとザンの会話は聞こえていなかった。どちらも程度の差はあれど、呆れを含んだ声だった。


「おーいそこの二人! まだ話しは終わらないかな?」

「ふたりとも、それぞれの所定の位置へといい加減移動してください」

「あ、はーい」

「すみません…」


 リューアは壁際へ、ザンはアトラスと対峙する位置の試合場の真ん中へ。

 アトラスとザンが白線の中に入っている事と、リューアが壁際へ避難している事を確認し、受付嬢は壁に取り付けられていた装置のレバーを上から下に勢いよく下ろした。瞬間、がごんと大きな音がしたと同時に、白線から淡い光が薄い障壁のように立ち昇った。


「魔法で結界を張らしていただきました。お二人はこの白線内で戦闘すること。内側からの衝撃には耐えられるようになっています」


 一辺が30mほどの正方形の中に、アトラスとザンは囲われる。物珍しそうに障壁を見上げるザンを見て、アトラスは小さく微笑んだ。

 既に体験済みのリューアはさして驚く事もなく、この装置もお金かかってんだろうなぁと思っていた。


「では。ザン様のランクを見定めるとともに、試験戦を始めます。監察官はわたくしエイミーリアが務めさせていただきます。そして注意を、相手を殺す、及び重大な怪我に繋がる度を越した攻撃・魔法はご遠慮お願いします。あ、この注意はどちらかと言うとアトラス様に対するもので、ザン様は本気でかかっていただいても構いません」

「本気、ねぇ…」


 受付嬢エイミーリアの言葉に、ザンがにやりと小さく口の端を上げたのを、リューアは見逃していなかった。お馬鹿、と小さく呟いたリューアは口に両手をあてて、息を大きく吸って、


「ザン――――っ!!」

「っ!?」

「うん?」

「お?」


 そう遠くない位置にいたエイミーリアがリューアの大声に驚き、広い試合場の中央にいたアトラスとザンが今何か聞こえたよね、と顔を見合わせて声のした方へと向いた。


「約束ー! お、ぼ、え、て、る、よ、ね――!? もし破ったりしたら、今日の夕飯っ、限りなく水に近いスープとぼっそぼその固いパンだけにしちゃうんだからね――――!!」

「なっ!?」


 リューアの言葉に、ザンは愕然とし、声を詰まらせた。リューアの料理にはがっちりと胃を掴まれているらしい。


「え、ちょ、おまっそれはないだろ!?」

「全っ然アリ! はいこれ決定ね! …でもちゃんと約束守って勝ったらっ、おやつに甘~いお菓子作ってあげる!」

「よし分かった理解した俺超頑張る!」


 流石に可愛そうになって付け足したリューアに即答を返したザンは、俄然真剣な表情となり、アトラスと向き合う。アトラスは二人のやり取りにこらえきれず吹き出して、これは楽しくなりそうだと目を細めた。エイミーリアは今のやり取りを、ぽかんとした顔で見ていた。


「おっもしろいね、君達。ちなみに約束ってどんな?」

「内緒、だ」

「つれないなー」


 軽口を叩く二人は一見和やかにも見えるのだが、肝心の目が笑っていなかった。どうやら本格的に戦闘態勢に入ったらしい。


「…では、試験戦を始めさせていただきます。両者構え!」


 気を取り直したエイミーリアが両手を高く上げて宣言、そして手を一気に振り下ろす。


「始め!」

「さて、仕掛けさせてもらおうか」


 エイミーリアの掛け声と同時に、アトラスがザンに聞き取れないほどの小声で、なにかを呟いた。


「!?」


 どむっ、と地面が軋む。

 突如アトラスの手の中に現れた、身長の3倍はあろうかという『大槍』によって。

 それはアトラスの腕の長さほどの剣のような槍先をもち、深緑色の頑強に分厚く造られた柄は5mを裕に超えている。

 驚き目を見張ったザンにお構いなしに、アトラスは太い柄を両手でと掴み上げ、相当な重さを物ともせずに容赦なく振りかぶった。


「わ、あぶねえ…」


 対しザンは驚いたのも束の間、大剣を背中にしょったまま、くるりと軽業師のように見事な後方宙返りをする事で攻撃を避けた。それにはアトラスの方が驚いた様で、慣れた手つきで槍を傍らに戻しながらひゅう、と口笛を吹く。


「…恐いなぁ君は。そんな芸当を楽々やって見せるなんて」

「そりゃ光栄で。じゃ、こちらも行かせてもらうとすっか」


 アトラスに攻撃されるまで、ずっと突っ立っていたザンはようやく自分の愛剣を鞘から抜き放ち、いつものごとく片手で無造作に構えた。

 幅広で剣にしては厚い刀身、身の丈以上の剣を細身のザンが片手で抜けるとは思っていなかったのか、アトラスが目を見張る。そしてそれについてまた彼が囃し立てる前に、


「っ、ぐ!」


 ザンはアトラスに向けて剣を叩き付けていた。流石に『藍』ランクであるアトラスはしっかりとザンの大剣を槍の柄で受け止めているものの、その顔には今までのどこか茶化すような表情ではなく、明らかな驚愕が現れていた。ぎりぎりと刃を擦りつけながら、ザンは獰猛に笑う。エイミーリアはその笑顔の禍々しさに微かに顔を引きつらせ、リューアはザンの勇姿とも言えなくもない様をぽけーとどこか焦点の合っていない瞳で見ていた。


「さ!…殺し合おうぜ?」

「…それは心底遠慮願いたいんだけどなぁ」


 恐ろしいほどの力で競り押してくるザンの剣を押さえながら、アトラスはたらりと冷や汗を背筋に垂らした。

 アトラスの言葉にザンが可笑しそうに楽しそうに、猫が獲物を見つけたときのように哂う。口の端にくっきりと浮かんだそれは実に不気味なものだった。


「ザン頑張ってー」

「おう!」


 激闘と化すであろう試験戦の幕が、切り裂かれるように落とされた。


ごめんなさい引っ張ってるつもりはホントにないんです…。

次は本格的な戦闘には入りますから怒らないでください(涙

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