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第八話 ギルド登録

「んおー今日もよき天気かなー」


 朝早くに目が覚めたリューアは、カーテンを窓の両端に押しのけ、微笑んだ。窓いっぱいに広がる青空、なんて清々しい、とリューアは鼻歌でも歌いだしそうに上機嫌だ。

 キッチンへ移動し、卵を二つ、熱く焼けたフライパンの上へと持っていく。慣れた手つきで二つともを片手で割って、じゅわっ、と卵の白身がよい音を立てて焼けた。


「うぁー…。おはよ」

「はいおはようー」


 

 ザンがここに来て二日目の朝。分かったことがある。


「ぅう~まぁぶし……」

「はいはいテーブルこっちだよ椅子もここ」

「め、し……」

「はいはい牛乳入ったコップはこれ。それ胡椒だから。ザン死ぬよ?」

「むぁー…」


 ふらふらと亡霊のような足取りで近付いてきたザンを、朝食を作るために早く起きていたリューアはこっちこっちと誘導した。全開にされたカーテンのために朝の光が容赦なく入り、ザンは眩しさに目を開けていられなかった。リューアはザンが口元に持っていった胡椒の瓶を取り上げ、代わりに牛乳をなみなみと注いだコップをしっかり持たせる。

 んくんくと幼子のように寝ぼけ眼で牛乳を飲むザンに、リューアは苦笑した。

 見ての通り、寝起きが悪いのだ。正しくは、『眠たいと悪い』といったところか。リューアをベッドに引きずり込んだこともそれのせいらしく、本人は全く覚えていなかった。リューアからその話を聞かされ、始めて知ったとでもいう風に硬直していた。ちなみに昨日も一つのベッドで一緒に眠った。もう一回寝てしまってるんだから二回も三回もずっとだろうと、たいして変わらないだろうとリューアが言ったからだ。

 流石にそれにはザンも慄いたのだが、床で寝るしかないよとリューアに言われ、一緒に寝る事を承諾した。自分に素直になった結果だ。誰だって堅い床で寝ようとは思わない。絶対手は出さないと誓っている。


「あ、私今日ギルド行くんだけど、ザンも来るー?」

「うー…、ギルド?」


 リューアの問いを寝起きの頭で辛うじて理解したザンは、目をしばしばさせながら首をかしげた。

 ギルドとは、冒険者と呼ばれるものたちが集う組織だ。住民や貴族、果ては国からの依頼をまとめ、仕事を冒険者たちに与える、仲介組織のようなものだ。依頼の達成度やギルドへの貢献度から冒険者をランク付けし、実力に合った依頼を行わせる。高ランクの者になれば、より難易度の高い依頼が受けられるようになるだけでなく、宿に泊まる時や買物をする時などに、割引が適用される。

 口にふわふわ焼きたての丸パンを咥えていたザンはそれを咀嚼し、ごくんと飲み込む。


「俺、ギルドどっこも入ってないぞ?」

「え!? よく生活してこれたね今まで」

「殺した奴の金とか物とか奪えばよかったから」

「……あそお」


 さらりとザンが言って、リューアが悪党、と小さく呟いた。


「…ま、過去の事は今言っても気にしてもしょうがないよね」

「だろ」


 それをあっさり仕方がないと言い切れるリューアもリューアである。ある意味似たもの同士だった。


「いまさらだけどザンも登録しようよー。ほら、お金稼げるし…。討伐系の依頼だったら、ザンも楽しいでしょ?」


 いまいちやる気のなさそうなザンだったが、魔物退治や盗賊の殲滅ができるよ、というリューアの言葉に、目を輝かせた。


「そうだなー。花屋の手伝いばっかじゃ体が鈍るしな」

「そうでしょ?だから昼からはギルドに行こう?」

「分かった」


 それからは二人、無言で食事を取ることだけに専念し、食べ終わって、揃って手を合わせた。


「ごちそうさま」

「相変わらずうまかったです」

「そりゃどうも」




 所も時も変わり、ギルド前。


「おおー。ここがギルドか。なんか無駄にでけえな」

「無駄に、は余計だよ」


 二人は扉を開け、ギルドへと入る。広い室内には幾つもの丸テーブル、受付嬢が並ぶ長いカウンターと依頼の記された数十枚にも及ぶ紙が貼り付けてある大きな掲示板。そして様々な見た目を持つ冒険者たち。厳つい強面と筋骨隆々とした逞しい肉体を持つ男もいれば、一見そうとは見えない風貌を持つ優男や少女、美女だっている。猫や犬、狼などの獣の耳や尻尾を持つ者さえいた。獣人と呼ばれる者達だろう。 服装も実にそれぞれで、ごつい鎧や防具を付けている者もいれば、比較的軽装なローブで杖といった出で立ちの者もいた。

 ほええ、と目を見張って新鮮な反応をするザンに、リューアはくすりと笑って、ギルドの真ん中を突っ切ってカウンターへと歩いていく。置いてかれそうになって、突っ立っていたザンはあわててリューアを追いかけた。

 そして、明らかに友好的とは言えない視線をリューアに送っていた者に目を付けておく。後から隙見て殺すかな、と思いながら。

 少し気分が悪くなったザンの眉間に皺がよる。

 追いついた先、カウンターでは、リューアが受付嬢と話していた。


「本日はどのようなご用件で」

「ギルドに新しく登録したい人がいます」

「冒険者の新規登録ですね。隣の方でしょうか?」

「えっ。おお、じゃなかった、はい」


 つい普段の調子で受け答えたザンだったが、リューアに横っ腹を地味に強くど突かれて、痛む場所を押さえながら言い直した。受付嬢は二人のやり取りに小さく微笑み、名前などの事項が書かれた紙を差し出す。


「では、この紙に記入してください。この後にランク設定のための試験を行いますが、時間はよろしいですか?」

「はい。今日は誰かいるんですね」

「ええ、ちょうど。『藍』の槍使い様がいらっしゃいます。あ、ギルドの事、説明しなければいけませんね」

「あーいいですよ?私が大体の事は教えときます」

「そうですか。ではよろしくお願いします。それでは準備させていただきますので、少しの間お待ちください」

「え?ちょ、え?」


 記入し終わったものの、受付嬢とリューアの会話についていけないザンが、何か言いたげな顔をしてリューアを見た。後から説明するからちょっと待ってて、とリューアは言い、もう一言二言交わしてカウンターを離れた。

 ザンの手をひき、リューアは空いていたテーブルへと座る。早速口を開きかけたザンを宥め、持参した布の包みからマフィンを取り出してザンに一つ手渡す。


「もぐ。じゃなくって、さっきのナントカ試験って何のことだよ」

「はぐ。ああ、あれね。ザンは冒険者たちにランクが付けられるのは知ってるよね?」

「おおそれはな。で、それが?」

「つい最近、って言っても十年は前だけどね。それぞれの冒険者の能力を最初に測ってから、ランクをつけたらどうかってことになって。それから高ランクの人が試験官代わりとして新しく来た人と戦ってランクを定めるってことになって」

「なるほど、個人に合ったスタートを。ってことか」

「そゆことー。でも試験官になる高ランクの人って受験者に対してけっこう少ないし、依頼とかでいないこと多いから、何日か後になるまで登録できないこと少なくないの」

「ってことは俺戦うんだー。誰とだろ」


 もぐもぐもぐとマフィンを頬張りながら、リューアがザンに説明する。

 ランクは赤橙黄色緑青藍紫、そして白、と上がっていくこと。

 ランクは依頼を達成していくことで上がるが、自分のランクの依頼とその一段階上のランクの依頼をこなさなければいけないこと。 

 その他にも細々とした規則などを説明されたが、残念ながらザンの頭では処理しきれずに、忘却の彼方へと飛んでいってしまった。

 

「試験受験者のザン様ー、準備が揃いましたので、カウンターまでお越しくださいー」

「へ?あ、はーい。リューアも来てくれよ?」

「はいはい」


 ちょうどマフィンを飲み込んだとき、ザンを呼ぶ声がかかり、二人は席を立つ。カウンターに向かって、受付嬢に案内されるままに奥の通路を歩き、大きな白い扉が立ちはだかった。


「こちらが試験場となる場です。『藍』ランクの冒険者、アトラス様はもう既に中においでです」


 受付嬢が飛びたの横の壁にはめられた四角いタイルのようなものに、手の平を合わせる。合わせられると同時にそれは淡く光を発し、がしゃんと扉が音を立て、扉が開いたことを知る。


「すげー。魔法?」

「うん、魔法具だよ。高そうだよねー」


 値段のことだ。リューアの感心することが違うんじゃないかとザンは思った。


「こんにちは。君がそうかい?」


 中に入れば、三十か二十代後半だろうの長身の男が一人佇んでいた。整った顔立ちと無駄のない体躯、艶やかなな金髪と灰色の瞳の、なかなかの美丈夫だ。

 柔らかな物腰で受付嬢と話す姿からは、それなりの格好をすれば貴族でも通用するだろう。

「今日はありがとうございます、アトラスさん」

「なに、ちょうど暇、いや時間が空いていたものだからね。…これまたつわもの、かな?」

「そう思われますか」


 アトラスがザンを見る目は鋭く、実力を見定めようとしている。その視線が鬱陶しいザンは、つまらなさそうにあらぬ方向を目線を向けていた。リューアは試験を受けるわけではないので、気楽に今日の夕飯のことを考えていた。


「リューアあいつ知ってる?」

「あいつ呼ばわりはないでしょ。知り合いじゃないけど有名だよ。藍と紫のランクの人は少ないし、白に限っては国内に数人いればいい方だもん」


 ザンはぐるりと試合場を見渡し、中央にかなり広く白線で囲われている部分があるのを確認した。


「あらためて。私はアトラス、ランクは『藍』だよ。得物は槍を使っている」

「…どうも。俺はザン、得物は見ての通り」

「ああ、その背中の大剣かい?…良い武器を使っている」

 

 アトラスの賞賛に、ザンはただ無言で頷いた。褒めたのは武器だけというのが、この男なかなか曲者である。

 慇懃なザンに気分を害した様子もなく、アトラスは右手を差し出した。ザンは革手袋をはめたままの左手で、その手を握る。


「よろしく」

「こちらこそ」


 握手し合った二人を見て、リューアは自分の時とはまた違った緊張を抱えていた。目を眇めている。


「ふ、ぁ、あ~」


 前言撤回、やっぱり緊張などしていなかった。




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