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説教


しばらくシェールの様子を窺っていたが、ジェドの母親は隣から動く様子がなかった。

ランツェが用意していた茶や菓子などにも手を出さず、ひたすらこちらを窺ってくる。正直、数えるのも面倒になるほど生きてきたおかげで、たくさんの人間に出会い、我相手にかしずく者も多かった。色々な賛辞を並べ立てるものや、黙って見つめてくるものもたくさんいたというのに、どうもこの女の無言には慣れない。


こんな事なら、我の力を間近で見て、恐慌状態に陥り攻撃してくる人間の方がよっぽど扱いやすいとまで感じてしまう。


「―――そろそろ、シェール様も落ち着いた頃でしょうか?」


「嗚呼、彼女はもう眠ったようだ」


シェールが呼べばすぐに駆けつけられるようにしていたのだが、彼女は眠ったらしい。

様子をうかがっていた我が、少し反応したことを見逃さずに声をかけられしぶしぶ答えた。ジェドはもういないし、ランツェは「何かあったら、私が世話をします」なんて彼女の私室まえで椅子に座りこんでしまった。


本を手にした小娘は、もう動く気はないといった様子で忌々しい。

しょうがなし、ずっと隣にいるジェドの母親に視線をやる。


「……お前も、ご苦労であった。もう好きにしてよいぞ」


「エイネム様からそのようなお言葉をいただけるだなんて、身に余る光栄。少々不謹慎かもしれませんが、生きているうちにエイネム様やシェール様にお目通りいただけるだなんて、思わぬ幸運でした」


「…………」


「もしも次があるならば、シェール様の元気な時にお茶でも一緒に頂けたら嬉しいですわ」


「……シェールは喜んでいたと、ランツェに聞いた。もしまた機会があれば、来ればよい」


「まぁ、では次来た時に困らないように、少々このお屋敷を見学させていただいてもよろしいですか?」


「勝手に見て回ればいいだろう。飽きたら、玄関までくればジェドを呼んでやる」


「それよりも、エイネム様が案内してくださいな。時間は取らせませんから」


今回はいろいろ協力してくれたわけだし、無禄にすることも出来ず不本意ながらジェドの母親に従うことにした。これまでとは全く違う反応をする人間の扱いに困り、言葉すら挟めないなんて珍しい感覚だ。




多少、調理室や応接間、さまざまな価値のわからない調度品を詰め込んだ部屋などを案内して回った。調度品を収納している部屋は、ランツェにいわせると『宝の持ち腐れ部屋』となるらしい。シェールなんかは近寄りたくないというし、最低限の掃除をするだけの部屋を、ジェドの母親はキラキラとした目で見ていた。どうやら、我からすれば古いだけの飾りなんかも、「歴史的価値のある物ばかりで、見ているだけで楽しいです」となるらしい。


方々を案内した後は、「最後に、どこか開けた場所からこの地を見晴らすための台、のようなものはありますか?」と聞かれ、屋上まで案内した。


―――どうして人間共は、何もないと分かっていながら、ここへ上りたがるのだろうか。


ジェドやシェール同様、屋上についた途端、感嘆の声が後ろから届いた。


「まぁ、こんな広い見晴らし台がある屋敷なんて、早々ありませんわ。ここなら馬を走らせることだってできそうですね!」


「不可能ではないかもしれないが、馬だってこんな所に連れてこられたら迷惑だろう」


現に、我々が屋上と呼んでいるのは硬い石でできており、我が気を付けて歩いても足音がなる。そんな場所で馬は移動しにくいだろうし、そもそも連れてくる利点がない。この屋敷は悪趣味な権力者どもが設計したもので、昔にすこしかかわった神官長など、「……いくら多少立派にする必要があるとはいえ、エイネム様の住みやすさも考えないなんてとんだ阿呆どもですね」なんて口にしていた。


常に慇懃無礼といいたくなるほどの、馬鹿丁寧な様子からは想像もできない言葉だったため驚いていれば「なんですか。私だって時には怒りを覚えて、乱雑な振る舞いをしたくなることだってあるんですよ」だとか言って、我に説教を始めたから散々だった。


「第一、貴方様はご自身の影響力というものを、いい加減理解してくださいませんかねぇ?」


『我、関与せず』


「これだから、人間の愚かさを理解していない方は世話が焼ける……」


『面倒をみろと、依頼した覚えなし』


「えぇ、えぇ、そうでしょうとも。貴方様へ雑務が降りかからないように、私を始めとする一部の人間がどれほど労力をかけていようとも、下手な思惑に利用されぬよう、最低限の人間にしかかかわらせないことで私の立場が悪くなろうと、なぁーんにも、貴方様には関係ないことですしねぇ」


『…………』


何故か、あの時された説教の内容まで思い出してげんなりする。

あの頃は全く言葉の意味を理解できなかったが、今思えばあいつは我のために相当無理をしていたのだろう。最初に挨拶へやってきたときと比べれば、最後の方はだいぶ痩せて不健康そうだった。

思ってみれば、この話の少し前に『お前の衣、採寸の必要あり』なんて、言外にブカブカだと笑ったのも、原因だったのかもしれない。




考えれば考えるほど、今のジェドも同じ道をたどりそうな気がして、何かした方がいいのかと考えを巡らせる。あの神官長は、当時の平均寿命よりいささか早くその命を散らしていた気がする。正直、人間とかかわることに疲れていた我が、少しこもっているうちに儚くなっていたようで、正確なことは分からない。ただ、次にあいつを呼び出そうとした時にはすでに神官長が三人変わっており、もう少し色々要望を通しておけばよかったかとがっかりしたのを覚えている。


「……ジェドは、最近忙しいのか?」


「―――あら、さすがのエイネム様も、ようやくお気づきになりました?」


そういったジェドの母親の瞳は、少しも笑ってなどいなかった。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾





それからの怒涛の攻撃は、すごかった。

今までの大人しい様子は、明らかにフェイクだったのだと人間の機敏に疎い我にも分かるほど、これまでジェドがどれほど頑張ってきたのか語られた。それこそ、幼少期からの不遇な立場でも腐らずに努力する素晴らしさや、高い身分にも奢らない謙虚さ。そんな、多分に身内の欲目の入った賛辞と我の非情さを責める言葉はしばらく続けられた。


さすがに途中で止めようとも思ったのだが、「何ですか?自分に都合の悪いことは聞きたくないとでも?そんなだから、シェール様の心労が貯まってしまうんですよ」なんて言われれば黙るよりほかはない。




徐々に顔が、地面に吸い寄せられるような錯覚に陥る。

ああ、この感覚を、人間は何と表現するのだったか。急激に身にまとう空気が重くなったかのように、徐々に体が床に沈んでいく。


「まぁまぁ、誇り高いエイネム様ともあろうものが、そのようなお姿を我々にさらすなど思いもしませんでしたわ!なんて哀愁の漂う姿なのでしょう」


今にも笑いだすのではないかという、はしゃいだ声で女は語る。

普段であれば憎たらしく思う所なのに、シェールへの対応の悪さを指摘されればぐうの音も出ない。


「我が国をはじめ、ほか数国を混乱に陥れたあの嵐のなかを駆け、国を断絶しかねない大木を瞬く間に一瞬で運んでしまったお方とは思えませんね」


大げさな言い回しに、思わず閉口する。

確かにこの国の輸出入の要となる道を多少調整してやったが、あれは人間でも充分に対処できていたはずだ。ただ、いつまでもこのままだと他国からの援助も受けにくいだろうと、早々に整えてやっただけのことだ。


しまいには、ぐったりと体を伏せ前足で顔を覆った。


「たった数十本を、少し移動させただけだろう。些細なことだ」


「数件の山火事も消してしまったことや、がれきから村人たちを助け出したことも、貴方様にとっては

「些細なこと」ですか?」


「さぁ?あの時は早く事態を収拾させようとして、よく覚えていない」


「貴方様はいつもそうやって簡単に助け人々に希望を与えてしまうから、人々に崇められてしまうのですよ。……煩わしくて、仕方がないでしょうに」


『なんだ、知っていたのか』


思わず念話を使ってしまったが、かすかに寄せられた眉間のしわに気づき、すぐに改めた。

ジェドの母親は、熱心な信者だと聞いたことがあったから、こちらの本意を知っているとは意外だ。もっと妄信的な人間かと想像していたが、思いのほか理性的で好感が持てる。……まぁ、数多いる有象無象と比べればという程度でしかないが。


「知っているなら、放っておいてくれれば楽なんだがな……」


思わずつぶやいた言葉に、ジェドの母親はニコリと笑い口を開いた。


「それでは、畏れ多くもエイネム様」


「なんだ」


「お節介ついでに、一つご助言を」


この女は、シェールやランツェとは違った意味でいろいろ読めない。

シェールの予想のつかない行動や反応は可愛らしくも愛おしいし、小娘のものは苛立たしい。だがこの女の反応は、いっそ恐ろしくすらあるのだからやってられない。


こわごわ顔を上げたこちらに構うことなく、女の言葉はよどみない。


「まず質問をさせていただきたいのですが、彼女は不幸な生い立ちゆえに、周囲との関係を重んじて生きてきたご様子。これは私の個人的な見解ですが、間違いはないですか?」


「……嗚呼」


彼女を形成するうえで重要な部分であるし、美徳であるとも思う。

まぁ、言ってしまえば彼女に不要な要素など、ありはしないのだが。早く彼女の顔を見たいと思ったところで、再び声をかけられ現実に立ち戻る。


「それでは」


「なんだ」


「一番、ながい時間を共に過ごしたエイネム様を……少なくとも家族にちかい存在としてかかわってきた彼女にとって、そんな貴方を失うかもしれないという恐怖心は―――」


きっと、我々が考えるよりも重く辛いものだろう。

痛ましいものを見るように寄せられた眉は、皇太后となるよりずっと前から『母なる宝』などと呼ばれていた所以かもしれないと、見当違いなことを考えていた。


これまで、まるでシェールの姉のように口を出してきたランツェや、我の友人のように彼女を気遣ってきたジェドとは全く違うその様子に、冷や水をかけられたような気分を味わう。

我の豊かな毛をすべて刈り取ってもこんな寒さは感じないのではないかという冷たい感覚は、肝が冷えるという類のものなのかもしれない。



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