番外編 幾重にも織り込まれた縁
こんばんは。再びの番外編でごめんなさい。
また、雨が激しく降り注ぎ自然破壊なんかに目が行くようになりました。
狙っているつもりはないのですが、この話の本編が現在自然の猛威にさらされている方々に、不快な思いをさせていたら申し訳ありません。どうか、お気を付け下さい。
エイネム様の屋敷は、比較的に温暖差がなく過ごしやすい。
彼の手にかかれば強い風や、雨なんかは簡単に防げてしまうようだけれど、命の危険などもないのにずっと特別な状況をつくろうとはしないらしい。「術を持続するのは疲れるし、必要もないのに自然に干渉すべきではないだろう?」なんて、軽く言っていて驚かされた。
私だったら、そんなに便利な力を持っていたら、もっと自在に使ってしまうと思う。
それなのに彼が術を使うのは本当に必要な時だけで、動物のため他者のために力を使うのだってきちんと考えているのだろう。聞くところによると、本当に長生きしているらしいから、私の人生経験なんて大したことないのだろう。その分だけエイネム様は思慮深いのかと思うと、今まで以上に尊敬する気持ちが強くなる。
そろそろランツェのいる生活にも慣れてきて、ちょっと日差しが強くなってきた頃、エイネム様とのんびり星を眺めていた。
一歩屋敷の中に入ってしまえば気にならないのだけれど、ここ最近は随分と日差しが強く、熱くなってきた。昔は日焼けで真っ赤になりながら仕事に励んだものだけれど、暑いものは暑い。可能ならば、強い日差しのなか好きこのんで動き回りたくはない。だから、もっぱら屋敷の空きスペースに作らせてもらった畑の世話をする以外では、外に出ることがないのが常だ。けれど人間とは不思議なもので、どうにも屋敷の窓から空気を取り込んだだけでは物足りず、外に出て直に自然を感じたくなってくる。そんな小さなわがままは、「昼の日差しの中動くのが辛いなら、夜に星を眺めてはどうだ?」というエイネム様の何気ない言葉によって解決されることになった。
何度かつづけて星を眺めていれば慣れるもので、エイネム様と夜の短い時間に星を眺めるのは日課となりつつあった。今日も、畑近くの庭で星を眺めながらふと、数日前にした会話を思い出す。あのときは確か、偶々やってきたジェド様が挙動不審になっていた。
「エイネム、見て育てていた野菜が小ぶりだけど収穫できたのよ!」
そんな風に、意気揚々とエイネム様に採れたての野菜を見せようと扉を開くと、そこにはジェド様もいて、私の言葉に目を大きく見開いていた。
「野菜……神と呼ばれる方の豪勢な住居に畑が、」
「ジェド様、この野菜はお嫌いですか?」
「なんだ、ジェド。『我の』家で『我が』許可したことに、何か物申したいことでもあるのか?」
「イエ、ゴザイマセン」
「よもや、シェールの丹精込めて作った野菜が苦手などと、一人で歩行もままならない幼児のようなことを言うつもりはないよな?」
「勿論デ、ゴザイマス……」
いやに丁寧な口調になったジェド様は、私が野菜を丸かじりしだしたことにショックを受けた様子だったけれど、すぐにご自身も真似して「美味しい」とご機嫌になっていた。いくら市井の私のようなものとも、隔たりなく接してくださるとはいえ、王族である彼にこんな下品な食べ方は衝撃が強すぎたらしい。まぁ、結局すぐに順応してしまう所が、彼らしいと言えばらしいのだけれど。おまけに言えば、エイネム様は全く気にする様子は見られなかった。
そんな、少し前の事に想いを馳せながら空を眺めていると、隣にたたずむ存在から思いもよらない問いがかけられた。
「シェール、何か望みはあるか?」
「えっ……」
突然言われた言葉に、理解が追い付かず何も言葉を返すことが出来なかった。
ただただ、彼の真意を測るのに必死になる私に対し、隣にいたランツェは軽快に言葉を返して見せる。
「えーっと、まずは新作のレースが付いたワンピースが欲しいでしょう。それから、貴族の間でも入手困難とされている超高級茶葉を使用した、紅茶が飲んでみたい!あとは……」
「おい、強欲な小娘。我にも出来ることと出来ないことがある。どうやって手に入りにくい茶葉を手に入れるというんだ、強盗すればよいのか?第一、我には人間のセンスなど分からないから、新作のレースと言われてもピンとこない」
「何だつかえないわね。そこはほら、ジェド様をうまく使って手に入れなさいよ」
「分からん奴だな。シェールの頼みだというのならまだ考慮のしようもあるが、そもそも我はお前の望みをきいてやるつもりはない」
「できないのなら、端から仰々しく聞くんじゃないわよ!」
「だから、始めからお前には話しかけていないだろうがっ!」
ランツェのお蔭で、彼の注意がそれた事にほっとする。
突然望みはないのかなんて言われても簡単には浮かばないし、どうしてそんな事を言い出したのか勘ぐってしまいそうになる。
「エイネム、突然そんな事を言い出すなんてどうかしたの?」
「ただ、今日は……西のある地域では、一年に一度願いがかなうと言われている日らしい」
「願いが?」
「なぁーんだ。じゃあ、私が願いを叶えられても、全然おかしくないじゃない」
「本来はただ、紙に願いを書いて、これからの一年でどう努力して、その願いや夢をかなえるのか決める日らしいが、我に協力できることなら協力したい」
「とうとう、私の言葉を無視しだしたわね」
「…………」
返す言葉が、浮かばなかった。
一年に一度願いがかなうなんて、どんな信心深い人々なのだろうと思ったけれど、理由を聞いてみて納得した。確かに、改めて自分の願いを考えることなんて早々ありはしないし、ましてやそれを『目標』なんて言い方をしたら、挑戦する前から諦めてしまう人が続出するだろう。
……けれど、それが願いという形を借りたものなら、過去の私でも頑張れたかもしれない。エイネム様に出逢うまでの私は、希望すら持てない状況だった。まともな生活すら難しかったなか願い何て言えば、「三食しっかり食べて、まともな生活を送れるようになりたい」というものくらいだろう。それも、どうしたらそれが叶うのかも分からないのに、そんなことを毎年書いたところで虚しくなるばかりだ。
「それで、シェールの望みは何だ?我に叶えられることなら、何でもしよう」
「何でも、なんて。軽々しく言っては、いけないわ」
例えば、私が亡くなった両親を生き返らせてくれと言ったら、貴方はどうするの?
そんな意地悪な問いをした私に、彼は心底困ったという風に眉を下げてみせる。森にいる小動物や村の家畜なんかは、全く考えていることがわからなかった。それなのに、どうしてエイネム様の感情は、こんなに如実に知らせてくるのだろう。
例え似たような顔形であったとしても、その理性的な頭脳や優しい心根が表情すら形成しているのだろうか?なぜか、彼の考えていることは言葉にせずともわかるのだから、不思議だ。
「ごめんなさい、せっかくの優しさを意地悪で返してしまったわ」
苦笑する私に対し、エイネム様は依然困った表情をしているし、ランツェは黙ったままだ。
いくら一番の願いがかなわなくとも、こんな事は今言うべきではなかった。優しさをこんな形で裏切ってしまったことに申し訳なく思う間にも、「我は、シェールの望みをかなえるだけの力もないのか……」なんてだんだんしょげだしてしまう。
彼の体がみるみる床へ吸い込まれていくのを横目で見ながら、「どうしよう、どうしよう……」と、そればかり考えていた。何か、簡単な望みはあっただろうか?エイネム用の櫛はもうジェード様に貰ったし、私の部屋や服はここにきてすぐに用意してくれた。これ以上何か望むことがあるとすれば、屋敷の空きスペースでやらせていただいている家庭菜園もどきに関してだけれど、今は新しい苗を手に入れたばかりで別段欲しいものはない。
考えて、考えて、考えを巡らせた結果、私は何だかんだ、ここにいることが幸せでたまらないのだと実感した。好きな人たちに囲まれて、生活の保障をされた上で、家事や家庭菜園などいろいろ自由にさせてもらっている。私は最近幸せすぎて、高望みしすぎな願いが口をついて出てしまったようだ。
「さっきは、本当にごめんなさい。ただ、両親にも満たされた今の私を見せて、安心してもらいたかっただけなの。……そして、わがままを言えば同じように幸せを、経体験したかっただなんて」
「シェール……」
不可能な望みにばかり捕らわれて、今ある幸せを台無しにしてはいけない。
ずっと続く保証なんてなくても、私はこうして彼と星空を眺めていられるだけで幸せなのだ。
「昔は、こんな風に星を眺める余裕、全然なかったなぁ」
「シェール、星がどうかしたのか?」
「いいえ?」
一つの気づきが得られると、また気づけることもある。
こうして、大切な存在と会話し、ともに星空を眺めるなんて人生で一二を争う贅沢さだ。ここから見る星空は、子どもの頃に生まれ故郷の村で見たものよりずっと綺麗だ。
「ねぇ、エイネム。やっぱりお願い事を一つしても、いいかしら?」
「勿論だとも!何でも言ってくれ」
目をキラキラさせたエイネムに、これではどちらが御願いを叶えてもらうのか分かったものではないと苦笑する。ランツェは気を利かせてくれたのか、「何か、飲み物でも持ってくるわ」といって去って行った。
「さぁ、シェール。遠慮なんて不要だぞ!」
「じゃあ……」
「嗚呼、何が望みなんだ?」
「来年も私と一緒に、星を見てください」
私の言葉を聞いたエイネム様は、はじめ理解できなかったのかきょとんとした顔をした。
けれど、しばらくすると見る見るうちにしぼみ込んでしまって、いっそ可哀想にすら思えてしまう。
「そんな……もっと、君は我がままを覚えた方がいいぞ?」
彼は、もっと他にはないのか聞き出そうとしてくれたけれど、一番の願いを口にした私に、他に言えることなどありはしなかった。先の事なんて全く分からないけれど、来年も一緒にいてほしいという我がままなら口にすることが出来た。彼は少し不満そうだけれど、一緒にいる期間を一年、また一年と重ねていけば、やがて私の願いも本当の意味で叶うことになる。私は満天の星空を眺めて、来年は私もエイネム様の願いを叶えてあげようと、心に誓った。