番外編 ドレミ
時間が空いた上に、途中で送信ボタンを押しました、申し訳ない!
いつもお付き合いいただき、有難うございます。蛇足となりますが、24日はドレミの日なんだそうです。だからなんだとか考えちゃ負けです。
庭で箒を片手に、落ち葉を集める。
まだ季節の移り変わりには遠いし、「それほど大変でもないから」と、手伝いを申し出てくれたシェールを抑えて精を出す。これらを使って肥料をつくってみたいだなんて、シェールは本当に働き者だと感心する。
当のシェールは、少し離れた場所で一生懸命、花の手入れをしている。彼女が植えているのはほとんど食べられる植物で、「ここの土は状態が良いから、美味しい野菜が実るのよ」と嬉しそうに語っていた。
エイネム様の住処であるここは、人間には近寄れない場所だというのに、動植物にとっては妨げにはならないようだ。私が苦手なミミズだって、忌々しいことに元気そうであまり花壇には近寄りたくはない。一応、使用人としてここに置いてもらっているし、形だけでも整えようとエプロンを常に身に着けてみたりするけれど、麦わら帽子をかぶって土をいじっている彼女を見ると、負けてはいられないと変な対抗意識が出る。
置いてもらっている身としては、自分の働きが見合っている物だと信じたいのだ。
使用人というのは建前で、きっとシェールと仲が良くなければここへ足を踏み入れることすら叶わなかった。それでも……いや、だからこそ。友達として「働かなくても許してもらおう」なんて考えず、しっかりシェールたちの役に立ちたいと思う。彼女たちが優しいから尚のこと、もっと頑張って役に立ちたい。タダ飯ぐらいだなんて、このご時世貴族にだって許されはしない。
「ふん、ふん、ふ~ん」
「ふふっ、ランツェが鼻歌を歌うだなんて、珍しいのね?」
「あら、やだ聞こえてた?恥ずかしいから、忘れて」
「えぇー?私、ランツェの歌声好きよ。機嫌の良い時にしか歌わないから、尚のことかもしれないけれど」
「もう!そんなに褒めたって、何もしてあげないから」
「そう?それは、ざーんねん」
くすくす笑いあいながら、二人で手だけは休めない。
なんだかんだ言いながら、私もシェールも動いている方が性に合っているのだ。いざ、大人しく座っていなさいなんて言われてしまえば、そちらの方が病気になってしまう。村にいたころはお腹いっぱい食べて、ぐっすり眠る優雅な生活にあこがれたこともあったけれど、性に合わないものは仕方がない。
「風が穏やかで、気持ちいわねぇ」
「そうね、葉を集めるにはちょうどいいわ。ちょっと日差しは暑いけれど」
「うーん。じゃあ、ここにあるミントを摘んで、後でお茶に入れましょう?」
「うわっ。じゃあ、とっとと作業を終わらせちゃいましょう。さっきから喉が渇いていた所なの」
「ランツェったら、げんきんねぇ」
こんな風に、とりとめのないことを話しながら二人で作業をするだなんて、いつ振りだろう。子どもの頃は珍しくなかったはずだけれど、ある程度成長してからは食い扶持を稼ぐのに必死で、休む間も惜しんで働いていた。
反してここでは、お金のためにせこせこ働く必要はないし、お腹を空かせた状態でふらふら動くこともない。眠くにぶい頭を押して、作業することもない。シェールがのびのびした笑顔を浮かべているのもうれしいし、これまでにない穏やかな時間がここにはある。つい、めったに口にしない鼻歌だって、出てくるというものだ。
「ふん、ふん、ふーん」
にこにこしたシェールを横目に、サッサッ音をさせながら箒を掃いていると、背後から不躾な声が聞こえてきた。
「……っえ!?」
「ジェド様!来ていらっしゃったんですか!」
とっさに、振り返ってしまったことを後悔した。
この反応から言って、間違いなく鼻歌を聞かれてしまったのだろう。頬は間違いなく熱を持っているし、こんな反応をしてしまった時点でごまかしようがない。
「や、やだわ……ジェド様がいらっしゃっているなんて、全然気づかず失礼しました」
「そ、そんなことより、今のは……」
「も、もう……恥ずかしいったらないですわ」
何も、鼻歌ごときでそんな反応をしなくてもいいのに、何かが彼の琴線に触れたのだろうか?驚愕に見開かれた目もそのままに、私をまじまじと見つめてくる。動こうとしないその様子に少しの違和感を覚えはしたけれど、テンパっていた私はそれどころではなかった。
「い、今のは……」
「もう、いい加減にしてくださいな。怒りますよ?」
鼻歌ぐらいジェド様でも歌うだろうと、頬を膨らませる。
シェールに助けを求めようとも思ったけれど、彼女はいつの間にかやってきていたエイネム様の相手に忙しいみたいだ。本当にあの方は抜かりがなくて、可愛げもない。こちらには挨拶するどころか、目もくれることもなくシェールへ一直線に向かったのだろう。いつ横を通ったのかわからないけれど、全く気が付かなかった。この方々がやってきたことで、先ほどまでシェールと二人穏やかな時間は消えて、途端に騒がしくなってしまった。
心なし、木に止まっていた鳥や虫たちまで、うるさくなった気がする。
これまでだって日差しをきつく感じていたのに、尚のこと眩しくなったように思えて目を細める。
「今のは……」
「だから、なんだというのです?」
何を言いたいのかわからないジェド様に、身分も忘れて怒鳴り散らしたくなる。
こちらは鼻歌を聞かれるという恥ずかしい経験をしたというのに、何が楽しくてそれをいつまでも引きずられなければならないのか。もしかして、ジェド様たち身分の高い方には、鼻歌を歌ってはならないというようなしきたりでもあるのだろうか?
そんな、とんでもないことを考えはずめたところで、ジェド様はようやく口を開いた。
「今のは、もしや『歌』だったのかっ!」
「―――は?」
言われるとは到底思っていなかった言葉に、困惑する。
こちらは「鼻歌を聞かれてしまった」と、散々赤面していたというのに。言うに事欠いて、歌だったのかと聞くだなんてなんなのか。
「鼻歌……ですけれど、歌じゃなかったら、なんだというのですか?」
「何か、呻いているのかと……」
「―――おい」
思わず、どすの利いた声でにらみを利かせる。
言うに事欠いて、呻いているとは何事か。乙女の清らかな歌声に対する評価にしては、あまりに酷すぎる。少し身分が高いからって、この言いぐさは許しがたい。
「ちょーっと、失礼すぎやしませんか?ジェド様とはいえ、怒りますよ?」
「いやいやいやいや、エイネムさまを見てみろ!あの方だって、肩を震わせて笑っているじゃないか」
「あの方は、もともと失礼すぎて、いつもおかしいから違いがよくわかりません。いくら普段から王宮楽団の素晴らしいメロディーに馴染んでいるからって、一般人にそんな歌唱力求めないでほしいわ」
「……むしろ、あれはメロディー云々の問題だと思う」
「そもそも、シェールに音痴だなんて指摘されたことは一度もないです」
「シェール姫は、ランツェの事が好きだから、まともな判断が出来ていないのだろう!」
「ああ、そうですか。まともな人間にとっては聞くに堪えないほど、歌が下手だととおっしゃりたいのですね?」
「い、いや、そこまでは言っていない」
「へぇー?では、今後ジェド様とお話しさせて頂くのは控えますね?」
「ちょっ、エイネム様もシェール姫も、そんな遠くにいないで助けてくださいっ!」
失礼なことを言ったジェド様は無視して、すたすたとお茶の用意に向かう。
箒はそこらへんに放ってしまったけれど、こんなにむかむかした気分のまま、まともに働こうなどとは思えない。仕事は途中になってしまうけれど、先程シェールと話していた通り、お茶を入れよう。厨房に引っ込んだ私は、勿論ジェド様に茶をお出しするだなんて優しさを見せることはしなかった。
ランツェは音痴。