真実の王とは 後編
まぬけな誤字を指摘して下さり、ありがとうございました!
レス頂けるたびに、嬉しく感じております。こっそり?直しておきました。
目が覚めると、どこかの床に寝かされていた。
まだ頭に痛みが残っているが、動けないほどではないだろう。手や足へ試しに力を入れて確かめる。よし、ゆっくりならいけそうだ。
現状を確認するために体を起こしてみると、神が目の前にいて思わず肝を冷やした。すぐさま、御前で無様な姿をさらしてしまったことを謝ろうとするが、予想外に神から伝わってきたのは怒りではなく謝罪の感情だった。
『…すまぬ』
それは、勝手にあなたの城へ連れてきた事を謝っているのか、私が倒れたことへの謝罪か分かりかねます。
声を出すのも億劫で、取り繕うことない感情がふっと心に浮かんだ。これでは横柄な言葉が直接神へ伝わってしまうだろう。自身で考えていたよりも、突然の移動と心労のせいで疲れていたようだ。だいぶ不躾な態度をとってしまったが、神はたいして気にした様子はなかった。
『…どちらもだ』
本当に申しわけないと思っているのか、神は念話の量を減らそうと、ぶつ切りの念しか送って来なくなった。それはそれで分かりにくいのだが…。
神の話を要約すると、どうやら奇妙なことに生け贄としておくった娘と会話をしたいらしいのだ。『それは……なんともまぁ、酔狂なことで』そう考えた途端、神ににらまれたので俺は思考を停止させる。
だが、念話を使うことで苦しめたくないなどと、ずいぶん入れ込んでいる事が分かる。これは、断るわけにはいかないだろう。
それから、神がうまく発音し、表現の仕方を間違えなくなるまで特訓は続いた。
俺からしたら、「そこまでこだわることはないではないか」という部分まで厳しく追及するので、神が言葉を習得するまでに俺は何度も精神的に疲労し、ぶっ倒れることになった。
俺が考えている以上に、神ことエイネム様は彼女を大切にしているようで。
神が彼女と普通に話すようになっても、シェールと会わせてもらえなかった。
…別に、俺は貴方からシェール姫を取ろうとなんて恐ろしいこと思っちゃいませんので、ちょっと呼び捨てにしたくらいでいちいち睨まないでください。後、勝手に人の思考を読むと、姫に嫌われますよ。
まったく。神の正体を知ってみれば、一人の娘を溺愛しているだなんて。遠い国の「幽霊の正体見たり、枯尾花」という言葉が頭に浮かんでしょうがない。少し過去を思い出していた時に呼び捨てにしたからと言って、いちいち睨まれていたのでは心臓が持たない。
そもそも、エイネム様の言葉によると、神だ何だと言いだしたのも我々だというのだからやってられない。
我々は、我々が作り出した絶対的な存在に、怯えていたのだ。
姫が「エイネム様に言葉を教えた人に、会ってみたい」と言って下さらなければ、こんな場面を目の当たりにすることはなかったであろう。
今では、一緒にお茶を飲みながら神の『飼い主に構われてデレデレしている犬』のような姿を見られるのだから、不思議なものだ。
『―――うるさい
今度来るときは、櫛と本を忘れるな』
『はいはい、分かりましたよ』
おっと、さすがに、ここまで言われると無視はできないのか。
―――いや、それとも自覚しているのか?などと、勝手なことを考え俺は心の中で、ひっそり笑った。
✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾
神の元を離れ自身の城に戻ってくると、何時ものように義兄たちに呼び出された。
あわよくば、俺が神の念に耐えきれず精神を病めばいいと考えていただろうに、あの人たちにとったらとんだ期待外れだったのだろう。
言い気味だとは思うが、こんな風に絡まれてはたまったものではない。俺を殺したくてしょうがないだろうに、神のお気に入りとあっては碌に害する事も出来ないのだ。苛立つのは分かるが、こんな幼稚なやつあたりはやめていただきたい。
わざわざ疲れている所を呼び出されるこっちの身にもなれというのだ。近頃は慣れてきたとはいえ、念話をエイネム様と交わすとどうしても疲れがたまる。
とはいえ…そんな思いをしてもいいと思えるほど、あの方たちを観察しているのは面白い。
この役目を受けたことで、王といえども大々的に俺を処分するのは難しくなった。
何せ、神の声を聞いているのだ。
信者たちからすれば、憧れであり重要な位置にいることは想像に難くない。ヘタに神にかかわる者を罰するようなことがあれば、神から直接裁きを下される危険もある。たとえ義兄の信仰心が薄くとも、信者たちは黙ってはいないだろう。
そんな事を考えているうちにも「念の為にと」呼びだされた神官長が、若干青ざめて震えているのが横目に映る。
どうやら、神が人間と接触を図ったのは俺が初めてらしい。どういうことか始めは分からなかったのだが、神の様子を眺めていて理解した。エイネム様はとても金品ましてや宝石を欲しがる方ではない。あの方の城にもそんなものは見受けられなかった。毎月のように貢物を用意していたのだ。
全く目に入らないなどある訳がないだろう。
―――とすると、今までの貢物はどこに消えたのか?
考えるまでもない。神官長がくすねていたに決まっている。
どおりで神殿などが綺麗になっているはずだ。毎年、どこかしらの神殿を改装しているのだから怪しいとは思っていたが、たとえ神のためとはいえ神の名を勝手に語っていいことにはならないだろう。
シェール姫が現れるまで、面倒で人間に近寄ってすらいないとエイネム様がいうのだから、そちらが正しいのだろう。我らが神は、姫以外の人間にあまり関心を寄せていないことが、これまでで嫌というほど分かった。
以前、それについて何か神官長を罰するかとエイネム様に申し出たことがある。
しかし『お前の判断に任せると』言って下さったので、彼らをどう調理するかは俺次第という事だった。思わず神官長を見てにやりと笑ってしまう。
ビクッ
その瞬間に、面白いほどに神官長は体を震えさせた。
「おい、何を笑っておる」
まったく…そんなに怯えるくらいなら、神の名をかたるなど恐れ多い事をしなければよいのに、愚かなことだ。先代の王が存命だったころには、貢物を用意する風習があったのだから、さぞいい蜜を吸っていたことだろう。この男、叩けば叩くだけ埃が出そうだ。
「答えぬか!全くあの売女といい、お前といい役に立たぬ奴らめっ。
父上は素晴らしい方だったが、あんな身分の低い女に手を出したのだけは最大の過ちだ」
……ほぉ?
この男は碌に事情も知らずに、よく恥ずかしくないものだ。俺など、あの色欲に溺れた男の息子だと言うだけでも死にたくて堪らないというのに、密偵にまんまと殺された男を賢王と信じて疑っていないのだ。自身で体験していながら、優秀だったのは周りで支える者たちだと言うのが何故分からない?
この国の未来を本気で案じ、働いてくれる者たちがどれだけ力を尽くしてくれている事か…。挙句の果てに、母を売女だと?
嗚呼、神が言った言葉が頭をよぎってしょうがない。
『―――お前が国を率いた方が、うまくいくのではないか?
もしその気になれば、多少なら力を貸してやるぞ』
そうなったら、せいぜいシェールのために働けよ。そうにやりと笑って、付け足された言葉は気になるが、俺がその気になれば神の後ろ盾を貰えるという事だろう。それほど力強いことはない。面倒だし興味もなかったが、少し挑戦してみるのも面白いか…。
俺はいまだに喋り続けている無能な義兄へ、にこやかに笑いかけた。
「すみませんが。
少し用事を思い出しましたので、失礼ながらここでお暇させていただきます」
後ろで義母と義兄がわめき散らしていたが、知ったことではない。
さぁ、これから忙しくなるぞ。
俺が王になるためには有能な協力者が必要不可欠だし、母さんにも協力を仰がなければ。
―――だがその前に、きっかけをくれたエイネム様と姫のために上等な櫛と本を用意しようと決め、俺は忙しく走り出した。
後日談などが浮かび次第、またエイネム視点やシェール視点を投稿できればいいなーと考えています。
此処までお付き合いいただき、ありがとうございました。