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番外編  謝罪の方法

間が空いてしまい、本当に申し訳ありません!


まじまじと見つめあう、屋敷の主と親友を眺める。

かれこれ数分間、何をしているのだと呆れた感情も芽生えるが、もっと呆れてしまうのはその会話だ。


「嗚呼、シェール!君はなんと優しく素晴らしい人なのだろう。我は双葉すら大木に変えるながき時を生きてきたが、君ほど心惹かれ愛おしく思える存在に出会ったことはない」


嫌に真剣なまなざしで、エイネム様がそんなトチ狂……阿呆、でもなくて情熱的な台詞をのたまっている。この方は、前々から思っていたのだけれど、本当にあの皆に敬われている存在なのだろうかと首をかしげてしまう。


現に、直接そんな言葉を向けられているシェール自身も、わずかに困惑の表情を浮かべながら「いやだわ、エイネムったらまた変な書物でも読んだの?」なんて苦笑している。


「書物?いいや、読んでいない。それよりも君の瞳はキラキラと輝いて……」


エイネム様は、話を遮られてもへこたれることなく言葉をつづける。

はたで聞いている私でさえ『もう黙れっ』と怒鳴り散らしてやりたくなるような言葉なのに、シェールはよく付き合っているものだと感心する。……それとともに、彼女が考えていることが手に取るようにわかってしまい、苛立ちながらも同情を禁じ得ない。

彼女は仮にも皆に敬われている存在に対するものとは思えない、まるで子どもが背伸びしようとして失敗するさまをほほえましく見守っているような生暖かい視線を送っている。


―――そう、エイネム様は『失敗』しているのだ。


どこの女が、あんな歯の浮くような台詞をやすやすと信じ、受け取ると思っているのだ。もしかしたら、貴族の世間を知らない少女ならば、そんな言葉も喜んだかもしれない。けれど、仮にもこちらは一般庶民であり、それなりに世間を知っているのだ。


日々の食事にも悩むような生活を送るのが珍しくない環境で、そんな甘くてうまい言葉をかけてくれるのは、人身売買や強姦目的の人攫いくらいだろうと思う。……良くて、体目的のバカ男か。どちらにしても、ろくでもない。ごくまれに、ナルシストやロマンチストなどと呼ばれる吟遊詩人などもこういった言葉を口にするかもしれないが、年若い少女でさえ引くだろう熱意が彼からはにじみ出ていた。


「―――エイネム様、もしかして『また』シェールのクッションをぼろぼろにしたんですか?」


ぼそりと呟いた言葉は、耳がいい彼のみならずシェールにも届いたようだ。

びくりと分かりやすく体を震わせたエイネム様に対し、彼女はめずらしくさめざめとした眼差しを送る。


「……エイネム?」


かたくなに彼女を見ようとしなかったエイネム様は、静かに名前を呼ばれ恐る恐るといった様子で彼女を見上げた。それは所詮上目遣いといったもので、普通の子犬がやったら可愛らしいだろうが相手は彼だ。


私たちよりもはるかに大きく、意思の疎通が図れる存在がそんな事をしても可愛くない。


「ねぇ?私、何度もやめてほしいってお願いしたわよね……?」


いつもは優しい彼女も、今回ばかりは我慢の限界だったのだろう。

優に五回は犠牲になったという彼女お手製のクッションは、手間のかかっているものと聞いていたので同情のしようもない。


「あーあ、せっかく人が最高の褒め殺し作戦を考えてあげたのに、失敗したんですか?」


「うるさいぞっ、ジェド!」


突然現れたジェード様に私たちは驚きを隠せなかったけれど、エイネム様は気づいていたのだろう。茶々を入れたジェード様に、牙をむき出しにして噛みついていた。


「エイネム、まだ話は終わってないわよ?」


低い声をだし、一歩にじり寄ったシェールを見て、エイネム様は尻尾を丸めてじりじりと大きな巨体で後ずさっている。そんな姿を見たかったのであろう。ジェード様は愉快でたまらないといった表情で笑いながら、「執務を切り上げてきた甲斐があった」なんて口にしている。


彼の狙いがエイネム様にくさい台詞を言わせたかったにしろ、シェールにドン引きさせたかったにしろ。……そんな言葉が浮かぶ時点で、彼も大概だと心の端でこっそり考えていた。




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