帰省と思わぬ出来事
一部不自然な個所があったため、手を加えました。
エイネムに許可をもらってから、早々に村へ戻り家族を説得してきた。
どうやらジェード様が手を回してくださったようで、さほど揉めずに話は済んだ。村へ戻ると伝えた所、「荷物持ちにでもしなさい」と騎士様を二人つけてくれた。はじめのうちは、家族の説得くらい自分でできると断ったのだが、神殿を出発した直後についてきてもらって正解だったと考えを改めた。
なにせ街の関所を出た瞬間から、くるわくるわ。
いっそぞろぞろと表現したくなるほど、野盗から人さらいまで現れて大変だった。騎士様たちの隙をついては、何度となく挑んでくる輩はいま思い出すだけでも辟易する。
あからさまに金銭目当ての者はまだマシで、どこから来たのかわからないが。
私を利用してエイネムに取り入ろうという狙いが浮き出ている者は、下手に友好的で厄介だった。貴族から商人、女子供に至るまでいろいろな人間を、この短期間にみることとなった。きっとジェード様がお供につけてくれた騎士様たちが優秀な方でなければ、危なかったであろう場面がいくつもあった。
「騎士様たちがいて…本当に、助かりました」
街についてから、改めて実感を込めてお礼をいうと、騎士様たちは苦笑しながら「それだけ、注目されているということですね」と軽く答えてくれた。そんな様子をみて、尚のことシェールには私が付いていなければという気持ちが強くなった。
多少、家族は難色を示していたが、私の決意が固いと知ると最後には認め応援してくれた。
「―――と、まぁ色々あったのよ」
お茶を用意して、シェール相手に数々の出来事を語って聞かせる。
私一人ではエイネムの住処までくることはできない為、ジェード様に畏れ多くも送っていただいた。私としては、城に戻っても相当待たされる覚悟をしていた。
しかしジェード様は「行って帰ってくるくらいなら、よい気晴らしになります」と、嬉々として送ってくださった。
まぁ、宰相様たちに「お願いですから、早く戻ってきてください」と縋り泣かれて、本当に行って帰るだけになったため気晴らしになったのか定かではない。
「そんなに、ランツェが大変な目に合っていただなんて…」
「あら。
騎士様に守られて実家に戻るなんて滅多にない経験で、意外と楽しかったわよ」
特に、シェールをよく思っていなかった一部の男たちの情けなさと言ったら、傑作だった。
『どうせ生け贄として奉げられたのだ』と、考えていた彼女が巫女姫となったのみならず、幼馴染である私まで使いの者としてエイネムのそばに侍ることになり焦ったのだろう。まぁ、実質使用人ともいえない状態になりそうだが、勘違いしていることを知ってわざと訂正せずにいた。
これまでしてきた行いがどう影響するのか怯えるやつらに、わざと「あんたたちが巫女姫様にしたことは、しっかり覚えているわよ」なんて耳打ちしたときの表情と言えば……真っ青で、笑いを抑えることができず困ったほどだ。
思わず笑ってしまったのだが、力自慢でえばり散らしていた奴らの、ガクガク震える姿を見たところうまく作用してくれたようだ。
先程のはつい笑ってしまっただけなのだが、何か企んでいたように見えたようで。
そんな人間に反し村の大人たちは、少しでも取り入れないかと、画策しているのがわかった。
今までの行いから『よくそんなことを考えられたものだ』という思いもあったが、それよりも普通に接してきた大人たちが、急に媚びへつらってくる姿が、恐ろしかった。
そんな事があれば実家とはいえゆっくり過ごす気も起きず、早々に戻ってきたのだ。
「―――ところで、シェール」
「ん?なぁに」
可愛く小首をかしげる友人を見て、やっぱり聞かない方がいいのかもしれないと、この期に及んで尻込みする。……けれど、彼女とほんの少し過ごしただけでもどうしても気になってしまい、確かめたくてしょうがないのだ。
「どうして、村にいた時と口調が変わっているの?」
「えっ」
ぎくりと言った様子で、肩を震わせる彼女に確信を深める。
私がここからシェールを連れ出そうとした理由の一つに、ずいぶん柔らかく思える口調も含まれていたのだ。もしもジェード様やエイネムたちのような高貴な存在をまえにして、無理しているなら黙っていられない。
多少畏まるのはしょうがないと思うが、それが永遠続くならとても耐えられるものではない。
少なくとも私は気疲れして、しまいには精神的疲労のあまり暴れてしまいそうだ。
「だって…一応、エイネム様とジェード様の前なのよ?」
さすがに、全く普段通りとはいかないわっと、口をすぼめた。
子どものようにいじける姿も、最近ではみないためと微笑ましく思える。
それこそ、彼女の両親が元気だった時は、些細なことが原因でけんかしたとこんな表情をしていた。
それと同時に、二人で森へ入って大人や他の人間に聞かれたくない話をしていた事を、懐かしく思い出した。ちょうど雨風がしのげるお気に入りの場所が二、三か所あって、気分や天候に合わせて場所を変えては、色々な愚痴をこぼし笑いあった。
そういう時は決まって、森へ進む途中で小さな木の実を集めながら進むのだ。
そうすれば喉を潤すことができるし、あまり豊かとはいえない村での貴重なおやつとなる。本当は食料として備蓄した方がよいのは分かっているのだが、なにせ成長期の私たちは何時も腹ペコだった。
おまけに甘いものに飢えていたため、少ししか採れなかったときは私たちのお腹に収まるのだ。大体、保存用に加工されるまえの瑞々しい果物なんて貴重なのだ。
この屋敷に来てから、種類豊富に生の果物がたくさん置いてある事へ驚きを隠せずにいた。
「はい、気持ちは分かるから怒らないでよ」
「多少かしこまるのは、自然な反応でしょう?」
森にいるときのように、小さな木の実を器からとって、とがった口元へ運ぶ。その動作が懐かしかったのだろう。シェールは笑いながら、ぱくりとそれを食べた。
「―――もう、荷物移動は済んだのか」
どうせなら、ゆっくり『一人で』片付ければ良いものを……なんてぐちぐち言いながら、エイネムが部屋へ足を進めてきた。
「先にシェールへ挨拶させていただきました、エイネム様」
ニコリと笑ってやると、この屋敷の主は器用にも渋面を作って見せる。狼の表情筋などたかが知れていると思うのだが、この方は本当に不思議だ。そもそも、以前に使わせていた部屋は広すぎて落ち着かないから、どっちみち変えてもらおうと考えている。城の主にも一応の許可は求めたいから、シェールとゆっくり話すのはまた後に持ち越しだ。
「ふん」
「……そんな態度だから、シェールが萎縮するのよ」
「あっ、」
「なに?」
エイネムの態度にほんの少しイラついて、懲らしめたかっただけなのだが…。
思わず声を出したシェールが、「我に遠慮していることがあるのかっ」と詰め寄られることになったのは、予想外の展開だった。
シェールも、一応気を付けているんですというお話でした。
ずっと、彼女の口調が変わっていることが気になっていたんです。