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変化



シェールの呼吸音が乱れ、ぴくぴくと瞼をふるわせた。そろそろ起きるだろう彼女をみつめ、一番に自分がその瞳に映るであろうかと期待を寄せる。


「んっ……」


「おはようシェール」


「はよぅ…」


眠そうに目をこすりながら、掠れた声であいさつされたことに満足する。

小娘が来てから、シェールの一番を手に入れる事が極端に難しくなってしまった。毎日あいさつするのも、笑顔をみるのも…触れてもらうのも我が一番だったのに、うかうかしていると小娘にその位置を取られそうになる。



極力シェールの傍にいるようにはしているが、数日おきに森を見まわることにしているから、ずっと張り付いている訳にもいかない。もちろん安全な場所なら彼女を連れて行くのもやぶさかではないが、我が見まわる場所は大抵朽ち果てそうな土地や、断崖絶壁などの厳しい環境の場所が多い。

そのため、時々よさそうな場所を定めては彼女を連れて行くぐらいで、毎回の見回りに連れて行くわけにはいかないのが現状だ。




小娘が来てからは警戒するあまり見回りをしていなかったが、それを今後も続けるわけにはいかない。長く川が氾濫していたり、がけ崩れが起こっている状態を放置していると、状態は悪化し他にまで影響がでるのだ。こうなると必然的に彼女の傍にいる時間がへり、我にとって好ましくない状況になるのではないかと、落ち着かない。


「んっ…エイ、ネム…顔舐めるのはやめてって、言ってるのにぃ……」


最近では不安のあまり、近くにいる間はできるだけスキンシップを取ろうと、してしまう。


「もうっ…やめてってば!」


がしっと頭を押さえつけられると、床へ無理やり押さえつけられた。

ぐぐっと押さえつけられたその姿は、所詮犬がふせる時の体勢だった。普段は気を付けている様子のシェールだが、ときどき我を犬と同じように扱うことがある。

普通の人間相手だったら苛立つ行為も、彼女相手だと強く出れずにただただ切なくなるだけだった。


「くぅーん……」


「だめでしょっエイネム!」


「我、君を不快にさせたか…?」


「うっ…もう、舐めないでくれればいいから」


どこかまずい…という様に顔を顰めて、シェールはそっけなく立ち上がった。

すっかり目が覚めた様子の彼女は、上掛けや床へ敷いていた布を片付けにかかる。へたりと耳と尻尾が垂れさがり、顔まで床へと落として反省をあらわした。着替えに行く彼女には見えないとわかりながらも、反省していると示さずにはいられなかったのだ。寝起き早々で顔を舐めるのは『駄目だ』と言われていたのに己が情けない。


「ほら、一緒にご飯を食べにいこう?」


着替えをし、優しく話しかけてくるシェールにうながされて、我は厨房まで降りて行った。




小娘と別れたのは朝に近い時間帯だったため、予想通り誰の姿も見えなかった。

念話でだいぶ体力も消費したはずだ。トントンと小気味よい調理する音が厨房から聞こえるなか、そっと小娘の様子を思い出してみる。



シェーラの気持ちを間接的に伝える気などなかったのに、あまりにすれ違っている二人の様子に黙っていられなかった。彼女が望んでくれるかぎり、無理にここから離す気はない。



古の時代につくられた我が城ほど、安全な場所などそうはないだろう。

この城を作ったときこそ人の行き来が可能だった。だが、なるべく『人間どもの王城や街に近くない所へ』と選ばれたこの場所は、今となれば我の手助けがなしでは近づくことすらできない。

煩わしいのは好かないため人が近寄らないのは都合がいいが、こうも高い所にあると鳥や虫の類すらやってこないのは寂しい物がある。行き来するまでの道中が荒れているから、我にもしもの事があればと、不安を感じるのも否定できない。




そんなことを考えている間にも、香ばしい食欲をそそる香りが漂ってくる。

ハーブのさわやかな香りはサラダで、スパイスのきいたこれは好物のスープだろうとつばをのむ。厨房の前に張り込んでいた甲斐があり、トレーへ入れられた食事を運ぶという手伝いができた。

術をつかえば容易いのだが、彼女は何でも自分でやろうとするのでこうして先回りしないと頼ってくれないのだ。


そういう行動をみれば、シェールのためと先回りしていろいろ世話を焼こうとする小娘の気持ちが分からないでもない。どんなに辛い状況下にいても、彼女は笑って耐え続けてきたのだろう。

小娘に頼ろうとするどころか、誰かに甘えるという感覚すら薄いのかもしれない。




小娘が来てから、年相応の振る舞いをするようになったシェールを思うと辛いが、このままでは罪悪感に苦しむだろう。昨夜の話し合いが無駄にならないことを祈りながら、食堂へ足を進めた。


「シェールとご飯を食べる時間は、楽しみなんだ」


「ふふ、ありがとう」


嬉しそうに目を細めたその表情は、やはりどこか冴えない。小娘がやってきた事でこれまで目を逸らしていた過去や、今後の事を考えるきっかけになったのだろう。


「上手そうだな」


「簡単なものばかりだけどね」


謙遜して彼女はいうが、そんな事は関係ない。いつも彼女が作るものは美味しいし、食材が少なくなってもうまくやりくりしているのをみると感心する。


「ちょっとランツェを起こしてくるから、エイネムは先に食べていてね」


「嗚呼、待ってくれ」


不思議そうな表情をするシェールには悪いが、昨日の会話を彼女に聞かせるつもりはない。余計な気負いはさせたくないし、このまま何事もなければそれが一番だ。


「どうやら、昨日は遅くまで起きていたようだから、まだ眠らせてやった方がいいのではないか?」


「あれ?そうなの…。寝つきはいい方なのに、珍しいわね」


ひとつ呟くと、意外そうに首を傾げた後にふわりと笑みを浮かべた。


「いつもランツェにはそっけないのに。気にしてくれているのね」


ありがとうと嬉しそうに笑う彼女には、多少怪我をさせたなど言えそうにない。

―――あとで小娘に口止めしなければならないなと、視線を逸らす。そんな我の行動を照れから来るものだと勘違いした彼女は、再びクスクス笑って見せる。


「じゃあ、先に食べてしまいましょうか?」


「そうしよう」


皿に口をつけ、料理に舌鼓を打つ。

上手そうな匂いに負けず、料理の味も極上のものだった。口の周りをひと舐めし、彼女の腕を称賛する。


「うまい」


「ふふっ、そう言ってもらえると作り甲斐があるわ」


これまで豪華な料理を振る舞おうとした輩はいたが、我の好みを考えともに食事を楽しもうと考えてくれた人間はいなかった。皿から直接食べる姿にも嫌悪することなく、がつがつと口をつけるのを見ても笑っている。


「口元にソースがついているわ」


甲斐甲斐しくハンカチで拭いてくれる姿に、こちらも表情を崩さずにはいられない。そんな幸せを崩すように、がちゃりと開いた扉にシェールと視線をそそいだ。


「おはようございます」


「おはよう、ランツェ。

 昨日は遅くまで起きていたみたいだけれど、もう起きて大丈夫なの?」


「はい、大丈夫です。

 昨夜はエイネム様に、今後もこちらでお世話になりたいと挨拶していたのです」


「ランツェ?」


やけに馬鹿丁寧な口調で話し掛けてくる小娘に、シェールが困惑して首を傾げる。これまでのように、無駄にこちらを挑発しようという様子は見られない。

―――だが、そもそも『今後も小娘がここにいる』とはいったいどういう事だと声をあげる。


「―――おい、それは我も初耳だぞ」


警戒する心のままに問い詰めたいが、シェールの前で口論するわけにもいかず声を抑えた。

そんな我に対し、つんっと澄ました様子の小娘は、何ともなしに答えてみせる。


「あらっ。だって女性一人では大変なことも多いですよね?

 女の子はいろいろと入用ですし。その点私相手ならシェール様も気楽に過ごせると思うんです」


そんな言葉にぐっと言い詰まる。シェール一人では何かと不便もあるだろうというのは、ジェドにもともと指摘されていたところだった。気にはなっていたが、

彼女の世話をさせるなら、それなりに信頼できて長時間傍にいられなければ意味がない。そうなると途端に幅はせまくなり、いまだ解決できずにいた。


「そんなことを言って!家族はどうするのっ」


「こちらでお世話になってもいいと許可をいただければ、一度村へ戻って説得してきます。シェール様も、ここで一人過ごさなければいけない時は不安だとおもい ますが?」


その言葉はシェールに向けられたものなのに、己の胸へぐさりと刺さる。

出来るだけ彼女にとって最高の環境を整えたいと思っている我には、痛いところだ。小娘がいることでの不利益と、シェールの寂しさを解消するという利点が頭のなかで天秤にかけられる。


「仕方ない……」


シェールのためになると言われて、我に反対することなどできる訳がないのだ。


「エイネムまでっ」


「この屋敷の主から許可を貰えたことですし、シェール様もご理解ください。

 これは貴女様のためなどではなく、単なる私のわがままです」


しばらく苦々しい表情で色々考えこんでいた彼女だが、深いため息を零すとうなずいた。


「分かったわ。ランツェが決めた事なら受け入れる」


「これからよろしくお願いします」


「ただし、喋り方だけはいつも通りにしてね?そんな他人行儀では寂しいわ」


困ったように微笑むシェールへ、小娘は満面の笑みを返してみせた。





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