番外編 百鬼夜行
街に悪霊や魔女などの邪悪なものがあふれかえると信じられている今日この日。
この日はあちらの世界へ連れて行かれないように人間自ら怪物に化け、悪霊などを追い払うのだという。
夜に行われるこの行事は、今となっては子どもたちや悪戯好きな大人に悪さをされないよう菓子とひきかえにお引き取り願うことが主だという。
ジェドにそんな説明を受けて、ようやく長年の疑問が解明した。そもそもは、とある宗教で行われていた秋の収穫を感謝する祭りだったというのに、人間とは面白いことを考えるものだ。祭りでにぎわっているはずの街のかしこに、どうして珍妙な格好をした人間があふれかえるのか理解しがたかったが、何十年にも渡る謎が今日解明された。
「それで、シェールたちは南瓜やかぶを切り抜いていたのか」
どこか楽しそうに料理し繕いものをしていたというのも、これで納得がいく。
たしかに祭りは人間の気分を高揚させ、時には莫大なエネルギーを生み出す物だ。
彼女たちは村でも当たり前のように祭りに参加していたのだろう。どこか忙しそうな二人に問いかける機会を我はこれまで失っていた。
「―――で、お前の頭に生えている二対の耳はなんだ、突然変異か?」
「いやだなぁ、わざわざ聞かないでも分かるでしょうに。狼男の仮装ですよ」
ジェドの頭には獣特有ともいえる耳がつけられ、それはご丁寧にも白い三角の形をしており、ズボンには毛長の尻尾まである。
どこからどう見ても自然界にいる狼とは異なる配色に、眉を寄せて睨みつける。
「…我の毛並みは、そのような安っぽい物ではない」
「うっわ!
これでも庶民が作るものより値が張るし、わざわざ仕立て屋に作らせたのに」
「ふんっ、ずいぶん無駄なことに金を使っているんだな?」
知らないところで我を利用されていたかと思うと不愉快で、つい口調も厳しくなるというものだ。
「何をおっしゃいます。
俺はこれでも民に人気があるので、この仮装を絵描きに描かせて街で安く売りだすんですよ。おかげで俺は、これから毎年仮装をしたまま半日以上過ごす事になりそうです」
わざわざ、自画像をかかせるために割く時間がもったいないと愚痴っていたこともあるから、体を動かせないのは相当苦痛なのだろう。
このような姿が国中に広がるのかと思えば、同情を禁じ得ない。―――だが、
「お前たちの金策に、どうして我が関係ある?」
「エイネム様の姿が人気になったのは、俺たちのせいじゃないですよ?」
「なに?違うのか」
「えぇ、これは神殿がエイネム様の存在を広めるために推奨していたんです。
ずいぶん前から人気で、狼の仮装をするならたいてい白い毛皮です」
意外な返答が返り、答えに窮してしまう。
どいつもこいつも、隙あらば我を利用しようとするのだと、改めて感じさせられてしまう。
そんな魔の手が、いとしい彼女にだけは及ばないようにせねばと気合を入れる。
「―――おい、ジェド?
ほんの少しでもシェールを利用しようとしたら…お前を潰してやるからな?」
「いい顔で、そんな物騒なこと言わないでくださいよ!
大体俺がいなくなったら、姫の日用品とかはどうするんですっ?」
「国もパシリも、お前の母親にでも任せるさ」
「リアルすぎて怖いっ。
後パシリの様にひどい扱いしているって、自覚はあったんですね!」
きゃんきゃん騒ぐさまは、まさしく負け犬…負け狼と呼ぶにふさわしい。一つ気に入らない点があるとすれば、我とおなじ毛色の耳と尾をつけている事か…。
「……ふざけた格好しやがって」
「そんな怖い言葉づかいをしていると、姫に嫌われますよ。
だいたい、姫たちだってハロウィンを楽しみにしているんでしょう?」
例えどんなにシェールが子どもっぽい事をしていたとしても、我が馬鹿にする訳がないだろう。そう返そうとしたが、その前にがちゃっとシェールたちの入室を知らせる音が響き、顔を向けた。
「お待たせしました」
「おお!二人とも可愛らしいな。黒猫と妖精かい?」
「結構こだわったんですよ、後ろについている羽根もきれいでしょう?」
「姫が黒い服装をしているのは、新鮮でいいですね。ね?エイネム様っ」
「エイネム?」
我は彼女の姿をみて、驚きに目を見開いた。
シェールの頭には黒い三角の耳がつけられ、ふわふわと広がった黒いワンピースには長い尻尾もついている。
「どんな姿でも、シェールは美しいな…」
彼女の白い肌とプラチナブロンドの髪に、黒い衣装がよく映えている。モノクロトーンで一見地味にみえる服装だというのに、シェール自身の魅力を最大限に生かせている。
化粧で目元を少し吊り上ったように見せているのも、ミステリアスな黒猫をうまく表現しており大変可愛らしい。
「ふふっ、ありがとう。そういってもらえると、頑張った甲斐があるわ」
「我とお揃いだしな?」
「えぇ。どうせならと思って、エイネムと対極になるよう黒猫を選んだの」
照れ臭そうに笑う彼女を見つめ、その可愛らしさに我も嬉しくなる。
「あら。どちらかと言うとジェド様とシェールの方が、お揃いに見える気がしますけどね?」
「エイネム様の前で、下手なことを言うのはよしてくれ。……ランツェが勝手に言っているだけですからね?」
うるさい外野へちらりと視線を向けたが、わずかな時間ももったいないと思いなおして彼女に目を戻した。彼女が食事の用意をするためにくるくる動きまわっていると、それに合わせてひらりとスカートが動く。
裾が膝丈まであるタイプでよかった。もっとスカートが短かったら、ジェドを無理やり帰さなければいけないところだった。
「さっ、そろそろいいかしらね?」
「部屋を薄暗くすると、ちょっと怖いほどこだわって用意したんだね…」
さほど怖い物が苦手な訳ではないジェドも、昆虫型のゼリーや目玉を模した小さな卵入りのスープに頬をひきつらせている。普段はよく整理されており綺麗な室内も、いたる所に蜘蛛の巣や怪しげな小物で装飾しているせいで廃墟にすら見える。
「ランツェがこういう装飾が得意なので、任せてしまったんです」
「作業していて楽しかったわ。
その代わりにこの衣装も半分以上は、シェールが作ってくれたものだしね?」
「君たちの頑張りはもとより、こだわりようはすごいものがあるな…」
感慨深げに言ったジェドは、おっかなびっくりといった様子で椅子についた。
「じゃあ、始めようか?」
「そうだね。
エイネム様、さっき教えた言葉をきちんと一緒に言ってくださいね?」
「…分かっている」
ろうそくの光を受けて、キラキラと輝くシェールからようやく目を離して机に目を向ける。
シェールたちの頑張った結果である料理は、恐ろしいほどリアルさとグロテスクさを追求されている。
微かに顔色の悪いジェドの気持ちが、わずかに分かる気がした。
「じゃあ、いきますよ?せーの、」
「ハッピーハロウィン!」
皆の言葉を合図に、ハロウィンパーティーは始まりを告げた。