真実の王とは 前編
神(おおかみ)……エイネム
生け贄の娘(少女)……シェールor姫
レェンダ―国の第二王子……ジェードorジェド
『我、主らの言霊を必要とし
言霊を発するには、まだ足りぬ
伝授者として、選びたるはお前なり』
絶対的な威圧感に、震えが走る。
念話という手段は何度か体験しているが、何時もは一言二言といった形で、こんなに長いのは初めてだった。戸惑いよりもそこから感じる彼の力の強さが、ただただ恐ろしい。
俺は、どうしてこんな事になっているんだ。
そう思いながら、意識を手放した。
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俺の前ではとても貴重であり、異様な光景が展開されている。
それこそ馬ほどの大きさをしている白銀の狼と、少し珍しい銀の髪色を持った娘が仲よさげに戯れているのだ。何より異常なのは、本来喋ることのないはずの狼が元生け贄の少女と楽しそうに会話している事だろう。
「シェール、何か欲しいものは?」
「うーん、エイネム用の櫛とそろそろ新しい本がほしいかな…」
「そうか、ではジェドに持って来させよう」
……なぜか本人の了承なしに、俺は姫の要望を叶えることになったらしい。
『まぁ意見を求められないのは、今に始まったことではないのだが』とは思いつつも、ジェードはため息をついた。
「……分かりましたよ。
姫様のため、果てはエイネム様のために喜んで持ってきますとも」
「王弟殿下…。その、姫というのはやめていただけませんか?
敬語はエイネムの前でしょうがないとしても、せめて名を呼んで下さい」
「いや、シェール姫を呼び捨てては、エイネム様に怒られますので」
だいたい『お姫様のように、大切になさっているのですね?』という、エイネム様へ対する、嫌味も込めているのだから、姫には我慢していただきたい。
―――まぁ、本人にその真意は伝わっていないようだが。
そもそも王弟といえども、神と崇められている存在に大切にされているのだから、そんな思考が働かなくても、俺よりも遥かに姫のほうが上になるのに。姫は驕ることもなく、普通の考え方をしているようだ。
此処に突然連れてこられた仲間としては、頭が下がる思いだ。
もともと、俺がここに連れてこられた時もこちらの事情はお構いなしだった。
生け贄の娘を差し出してからは一週間に一度、神へ食料や日用品を渡すのが習慣化された。てっきり、生贄は即座に殺されるものと考えていたが、予想に反し神は娘と生活を共にしているらしい。
念話と言うのは、だいぶ力のある生物しかできない芸当だ。
それが出来る存在は神獣とよばれ、崇められている。なかでも、神と呼ばれているエイネム様は他とは計り知れない力を持ち合わせ、人間を守ってくださっている。
しかし、エイネム様の力はあまりに強いがゆえに、念話を交わすことに慣れている神官たちでも辛いものがあるらしい。
それ故、神と念話を交わしてまともでいられる人間は、王族以外では極わずかだ。大抵の人間は神獣と念話を交わすだけで、その偉大な力を前に意識を失い、酷い時は狂うものさえ出てくる。
そのため神の意志を聞き、人々に伝える名誉ある仕事をする人間は、王族や神官長から選ばれる事がほとんどだ。本来、一般人の中からその貴重な人間を見つけ出せればいいのだが、身分の高いものすら神獣とかかわる機会がないのだから、確かめようがない。
そこで、第二王子という邪魔な存在であり、大して重要なポストについていない俺のような人間が選ばれたのだ。
今まで神官長がしていた役目なのだから、これからも神官長にまかせろと言う声を押し切り、義兄である王は就任後にその貴重な役目を俺に押し付けた。
俺は昔から術を扱うのがうまかった。
そこいらの魔術師よりもうまく、手に負えない事件や事態に陥ると、すぐに駆り出された。
義理の母や義兄にとって、目の上のたんこぶでしかない俺は、そこで死ねばいいと考えられていたのだろう。どうせ、妾の子でしかない俺には、父親であるはずの王ですら、あまり期待はしていなかった。
そもそも、俺の母親は下流貴族で、城に花嫁修業として働きに来ていたのだ。
にもかかわらず、当時義兄を身ごもっていた義母に手を出せないという、下らない理由で王に無理やり関係を迫られ、俺を身ごもった。
それが分かったのは、奇しくも幼馴染と結婚しようと決めていた日だったらしい。けれど、結婚が決まっていたとしても、王の子を身ごもった女を国は放しはしなかった。母は無理やり、望まれもせずに側室として迎え入れられた。幼馴染との婚約が決まり、これから幸せになろうという女に、よく王はそんなことが出来たものだと、死んだ今ですら憎しみがこみ上げる。
唯一のの救いと言えば、不愉快な父親ではあるが見る目はあったようで、母は人間が出来ていた。
望んでできたわけではないはずなのに、母は俺にひたすら優しいのだ。大した後ろ盾がないにもかかわらず、難しい人間関係をうまく築き、身分が高く後ろ盾がある義母よりも周囲に人気があった。
そのうえ、魔術がからっきしダメな義兄とくれば、俺を王にと推す声が上がるのも頷ける。まぁ、俺や母はそんなものを望んでなく、ただ穏やかに暮らせればいいと考えていたので、わざわざ義兄たちを敵に回そうとなど考えもしなかった。
国など、適当に運営していてくれればいいし、むしろ何故そんなに上に立ちたがるのか不思議でしょうがなかった。そんな俺たちの考えは、権力や金に目がくらんだ人間には理解出来なかったようで、事あるごとに俺を危険な仕事に向かわせた。
あの日も生け贄など、悪趣味なことをすると考えながら、何時ものように俺は神殿に食料を運んでいた。
不思議なことに。神は生け贄の娘を渡してから、今まで要求していなかったことを望むようになっていた。これまで神が望んでいたものは金品や宝石の類だったというのに、最近ではもっぱら食料を用意するように言われていた。それもどれも高いものではなく、一般的な市民が好みそうなものばかりで、始めのうちは俺が勝手なことを言っているのではないかと、疑われるほどだった。
―――誰が、神の名をかたるような事をするものか。
そんな事をしようものなら、確実に面倒なことに巻き込まれるに決まっている。
周囲にあらぬ疑いをかけられる苛立ちと、緊張に包まれながら神殿でひざまずく。神の訪れはいつも突然なので、心を落ち着ける暇もない。確かあの日も、神の言葉を頂くため、神殿に上がるまでにとらわれていた雑念を振り払っている時だった。
少しでも敵意がないことと、敬意を払っていることを分かってほしくて、最上の礼をとっている最中に、突然神の声が聞こえてきた。
『人間よ…
お前の言霊は、うまいか?』
―――はぁ?
や、やば。神と念話を交わしているときは、考えている事が全て伝わってしまうのに、つい今までにない質問だったため、思わず本音が浮かんでしまった。
漸く神の唐突さに慣れてきたと思っていたのに、これではあの魔物の巣窟のような王宮では暮らしていけない。
…けれど、言霊がうまいとはどんな感覚なのだろうか。
この世界では、言葉を発することでその言葉は力を宿すとされている。だからその効力を、言霊と呼んでいるのは分かる。きっと味覚でいうところの『美味い』という意味合いで使っていないであろうことも、自信はないがわかっているのだが。
しばらくその場で思考を停止させて、必死に問われたことに応えようと頭を働かせた結果、俺はある仮定を導き出した。
もしかして、神はその偉大すぎる力ゆえに、言葉イコール言霊と解釈しているのではないだろうか?
まぁ、神ほどの力が放つ言葉には相当なる力が宿りそうだから、それも頷けるが、このお方は何と言う表現をなさっているんだ…。そんなことを考えている間に、神は俺が理解していないことに気づいたのだろう。どこか苛立ちをにじませた様子で神は言葉を重ねた。
『お前が発する、言霊は誰にでも伝わるのかと、聞いてる』
えっと、それは訛りなどもなく流暢であるのかという事でいいのであろうか?苛立った様子の神を前にして、これ以上黙っているのは得策ではないだろうと、急いで言葉を返すことにした。
「はい。この大陸で言葉は一貫しておりますので、よっぽど訛りが強くない限り伝わるかと思います」
考えればいいだけなのだが、あまりに動揺したため口に出して答えてしまった。
…にしても、神は何が伝えたいのだろうか?さすがに、六度目とはいえ長く話していると体がきつい。念話によりだいぶ精神が擦り切れ、肉体にまで影響してきた。とうとう目までかすんでいる。これでは、意識が沈むのも時間の問題だろう。
『…しばらく、我に付き合ってもらうぞ』
意識が沈むとともに、そんな言葉が聞こえた気がした。