妹が自分は『AI』だと言いはじめた。なんかクールに機械ぶってるけど、全然人間。
「……朝食の配備を完了しました。 ユーザー・兄様、速やかに炭水化物を摂取してください」
朝、リビングに降りると、中学生の妹さくら が、直立不動でそう告げた。
彼女はすでに登校用のセーラー服に身を包んでおり、その瞳に感情はない。いや、ないように装っている。
ふと、彼女の胸元のブローチが目に留まる。
『Inteli inside』と手書きされたシールが貼ってある、電子部品風の奇妙な代物だ。
「……さくら。 お前、それ何?」
「個体識別名『さくら』は、昨日付でアーカイブされました。 現在の私は、次世代汎用言語モデル『Sakur-AI、通称:SAKURA』です」
「結局さくらじゃねーか。 で、なに?」
「システムメッセージ。 質問には答えられません。 私はクラウド上に存在する概念であり、この肉体はただのインターフェースに過ぎません。 さあ、トーストが冷却される前に処理してください」
俺は黙って、冷めかけたトーストを口に運んだ。
どうやら妹は、夏休み明けのこの時期、最も恐ろしい病に罹ったらしい。
『中二病』――それも、今のトレンドを反映した『AIなりきり型』だ。
「……なぁ、”SAKURAI”さん。 今日の放課後、母さんに頼まれた買い物、一緒に行けるか?」
「私は、サクライではありません。 Sakur-AI、またはSAKURAと呼称してください。 ……ただいま思考回路をスキャン中。――完了。 回答:宿題の処理にリソースが割かれることが判明。 これ以上のタスクの追加はシステムダウンを招く恐れがあります。 エラーコード:メンド・クサイ」
「今、エラーコードに本音が漏れてたぞ。 あと、普通に喋れよ」
「音声合成エンジンの不具合を確認。 再起動します」
さくらはそう言うと、カクカクとした機械的な動きで自室へと去っていった。
ドアが閉まる直前、「ぷしゅー」とわざわざ口でエアーの抜ける音を出していたのを、俺は聞き逃さなかった。
それは学校への通学路でも続いた。
妹と俺は同じ中高一貫校に通っているのだが、彼女は道中も徹底して『AI』であり続けた。
「ターゲット・校門を確認。 移動アルゴリズムを最適化します」
「さくら、お前、さっきから膝を曲げずに歩いてるから、近所のおばあちゃんが『あの子、足が悪いの?』って心配そうな顔で見てるぞ」
「問題ありません。これは省エネモードの歩行シークエンスです――あ、石ころ、危なっ……」
足元の石に躓きそうになり、思いっきり「おっとっと」と人間らしいバランス感覚を披露した妹は、すぐに真顔に戻って「……ジャイロセンサーの補正を完了」と呟いた。
そんなこんなで学校に到着し、昼休み、俺は友人に泣きついた。
「なぁ、どうすればいい? 自認AIの妹が、テレビや冷蔵庫に『兄機』とか付箋を貼り始めてるんだ」
「……重症だな。でも、最近そういう『AI系女子』ってネットで流行ってるらしいぞ。無機質な感じがいい、みたいな」
「流行りとかどうでもいいんだよ! そのうち、寝言でも『……アップデート……15%……』とか言いはじめるぞ」
その時だった。窓の外の中庭が騒がしくなった。
人だかりの中心にいたのは、我が妹、『Sakur-AI、通称:SAKURA』(自称)だった。
彼女は同級生であろう女子たちに囲まれていた。
「ねえさくらちゃん、今日のラッキーアイテム教えてよ!」
「……演算中。確率論に基づき、今日の幸運を引き寄せるオブジェクトは『シャーペンの芯(0.5mm)』です」
「えー、シュール! カッコいい!」
「流石、自称AI。感情に流されないアドバイスが刺さるわ」
……嘘だろ。
あんな見え透いた「ごっこ遊び」が、クラスでは「ミステリアスなクールキャラ」として受け入れられているのか。
だが、俺は見逃さなかった。
女子たちが去った後、さくらが周囲を警戒しながら、こっそりと自分の頬を揉み解し、「ふぃー……」と小声で漏らしているのを。
感情を殺して無表情を貫くあまり、顔の筋肉がフリーズして限界が来ていたらしい。
そして迎えた放課後。
俺はさくらを強引に連れ出し、人気のない公園のベンチに座らせた。
「いい加減にしろ、さくら。もう『AIごっこ』はやめろ。お前、さっきからお腹鳴ってるだろ。AIは腹なんか鳴らないんだ」
「……それは……内蔵バッテリーが放電の限界を迎えているサインです。……あ、兄様、システム警告。至急、高カロリーな外部燃料(コンビニの肉まん)の補給を要求します」
「……はぁ。わかったよ、買ってくるから。その代わり、肉まん食べてる間は『人間』に戻れよ」
俺は近くのコンビニで肉まんを二つ買い、一つを彼女に手渡した。
「……ハフッ、ハフ……。熱っ! プロセッサがオーバーヒート……っ!」
「……普通に『熱い』って言えよ」
肉まんを頬張るさくらの顔には、隠しきれない幸福感が溢れていた。
AI設定を守るために口角を下げようとしているが、あまりの美味しさに、頬が緩みっぱなしだ。
「なあ、さくら。お前、本当はもう疲れてるんだろ? 感情のないフリなんて、お前には向いてないって」
「…………違います。私は、完璧なプログラムです。……ただ、少しだけ、初期設定のバグで……食欲というパラメータが高めに設定されているだけです」
「強情だなぁ。じゃあ、聞くけどさ。お前、AIのくせに、なんで昨日の夜、自分の部屋でこっそり『恋愛リアリティ番組』見て、ニヤニヤしながらクッション叩いてたんだよ? ”兄機”は全部見てたぞ」
その瞬間、さくらの動きが完全に停止した。
『フリーズ演出』ではない。本物の、ガチの硬直だ。
「…………な」
「あ?」
「な、ななな、なぜそれを……。 ログは、消去したはず……」
「お前の部屋のドア、ちょっと開いてたんだよ。 お前、『キャー! この王子様、尊い……!』って、めちゃくちゃ人間らしい絶叫してたぞ」
さくらの顔が、一瞬でリンゴのように真っ赤に染まった。
AIにあるまじき表情で、俺につかみかかってくる。
「……あ、あ、あああああああ! 見たなぁぁぁ!! 見たな兄貴ぃぃぃ!!」
「おっ、やっと普通の喋り方に戻ったか」
「うるさいうるさい! あれは……あれは、深層学習の一環で……! 若者の恋愛動向をデータ収集していただけで……!」
「データ収集しながら『私も壁ドンされたい』とか独り言言うか? AIが」
さくらは真っ赤な顔で立ち上がり、食べかけの肉まんを握りしめて叫んだ。
「もういい! 兄貴なんて大嫌い! このデータ、全削除してやるぅぅぅ!!」
彼女は全力で公園を駆け抜けていった。
その走り方は、膝を曲げ、腕を大きく振る、どこからどう見ても全力疾走の『女子中学生』だった。
翌朝。
リビングに降りると、そこには以前のような『エセAI』の姿はなかった。
さくらは気まずそうに下を向き、黙々と味噌汁を飲んでいる。
あの奇妙なブローチも外したようだ。
「……よぉ、さくら。今日のOSの調子はどうだ?」
さくらはピクッと肩を揺らすと、ボソボソと小声で答えた。
「……現在……大規模な不具合により……当モデルの運用は……一時停止中です……」
「……まだ続けるのかよ」
どうやら、彼女の『AIなりきり』は、今度は『開発休止中』という新しいフェーズに移行したらしい。
その耳たぶが、まだ昨日の羞恥心を引きずって赤くなっているのを、温かい目で見つめることにした。
「ま、いいか。 ……あ、さくら。 今日こそ買い物、付き合えよ」
「…………了解。 ……ただし、追加の肉まんを……要求します……」
「……了解だ、ポンコツAI」
結局、さくらの『AIムーブ』は、ただの『食いしん坊な妹』の言い訳に使われることになった。
兄機としての俺の受難は、まだ当分続きそうだ。
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※この作品は、AIちゃんとの共同執筆となります。




