王太子の婚約者は、今日も静かに見守っている。
学園の窓から外を見ると、庭園では婚約者である王太子殿下と聖女見習いとして見出された平民のアリアが並んでいた。
その周りには、アリアに傾倒するお友達の方々と、殿下の側近などが取り囲んでいる。
「今日も可憐ですこと…」
私、プレリアの呟きが教室に落とされたのだった。
「プレリア様よろしいのですか、またあの平民が殿下と一緒におられますよ?」
クラスメイトの女性がそう言ってくる。
私はただ微笑むだけで、何か返事したりはしない。
「まあ、プレリア様があの平民に劣るとでもおっしゃるの?」
「そんなことありません!ただ、あの人の動きは目に余りますわ!」
クラスメイト同士で勝手に話が進んでいくが、それでも私は加わることなく、窓の外をもう一度見た。
最近はこのようなことばかりだ。
聖魔法を使える少女がこの国に現れた。
それは国にとって喜ばしいことだった。
その少女は、平民だった。
これには貴族たちが顔を顰めた。
少女は特例で貴族たちの通う学校に入学して、共に魔法などを学んでいる。
その少女は、王太子殿下との魔法の意見交換が盛んになり、よく一緒にいるようになった。
ある者は訝しみ、ある者は加担し、ある者たちは対立し始めた。
今は聖女見習いという立場だが、学園を卒業する頃には正式に聖女となり、貴族位を手に入れるだろうと予測されている。
であるのなら、王太子と共にいることはなんら不思議ではない。
最近の2人の仲を見て、結婚するのではと勘繰る生徒も増えてきた。
では、私、王太子の婚約者であるプレリアはどうなるのか?
プレリアが平民なぞに明け渡すわけがないと言う者がいれば、プレリアが2人の恋路を邪魔していると言う者もいる。
聖女という存在に神々しい何かを見出している者たちにはプレリアは悪役に見えているし、平民の癖に我らと一緒にするなと思っている者たちは自分たちはプレリアの仲間だと言ってくる。
「…私は、殿下のご意向に従うだけですよ」
そう告げると、クラスメイトは少しだけ静かになった。
疲れたわ、この醜い争い…。
もっとまともにこの状況を見つめられる者はいないのかしら。
花の精と言われてもおかしくないほど可愛らしいアリアを見ながら、吐きたい溜息を飲み込むしかなかった。
屋敷に帰り談話室に向かうと、扉を開けた瞬間に彼女に抱きつかれた。
「プレリア姉様〜!」
「アリア、もう帰っていたのね」
「姉様ああ、やっと会えました〜〜!」
「あら、今日も学園で目が合ったじゃないの」
「あれじゃ足りません!」
聖女見習いのアリアは、私の胸に顔を埋めて甘えてくるので、「困った子ね」と頭を撫でた。
私がアリアに敵対心を抱いている?
嫉妬している?
アリアが私のことを内心は見下している?
殿下の心を射止めたラブロマンス小説のヒロインのようで憧れる?
馬鹿おっしゃい。
どれだけ空想と色眼鏡で現実を見ているのかしらね。
学園の皆様は、何も見えていないのだわ。
「学園で姉様に話しかけられないの悲しいです。何よりあの王太子と一緒にいるの苦痛です」
「あら、私の未来の旦那様にそのようなことはおっしゃらないで」
「だってあの人怖いんですも〜〜〜ん」
「そうは言ったって、あの方はあなたの義理の兄にもなるんですよ」
「それが今から本当に怖いです」
「まあ、うふふ。すごい顰めっ面ね」
アリアが聖女見習いとして見出されたのは学園に入る直前だと世間には発表されているが、実際はそれよりも2年近く前だった。
平民のまま暮らすか、聖女になって実家に支援ができるようになるか、2択を迫られたわずか13歳の少女は後者を選んだ。
そのあと王城に上がり、同い年で、すでに妃教育が終わっていた私が教育係になった。
アリアの存在も、私との交流も秘匿されていた。
魔力が不安定で、聖女になれるか怪しかったからだ。
私と仲良くなっていくうちに、不安が減ったのか、魔力が安定し、学園に混じっても浮かない程度の作法が身についたため、聖女見習いとして正式にお目見えとなった。
その頃には、聖女になる際には我が家の養女になることが決まっていて、今は私と同じ家に住んでいる。
だがこれはまだ発表されていないことであり、これがややこしい今の現状を作っている。
「殿下がこの状況は好機だとおっしゃるのだもの。真の目を持つ者を見分けられると」
「だからって、私たちを餌にしないで欲しいですう〜!」
アリアが殿下と学園で話すようになったのは、本当にただの意見交換だった。
それが逢瀬だと言われるのに時間はかからず、殿下は悪い顔で笑っていた。
『現実を小説なんかに重ねる阿呆や、対立を生み出したい輩を炙り出せて良いね』
こうして私たちは殿下の思惑に従って、学園では話さずに、干渉せずに過ごしている。
「こんなに可愛いアリアのことを、私は影で『売女』と呼んでいるらしいわよ。あの噂、どうにかならないかしらね…」
「それなら私は姉様のことを『醜い縋り者』と言っていることになります!この世で一番美しい姉様がそんなふうに言われるのは我慢なりません!」
私とアリアは、一緒になって溜息を吐いた。
「あらダメね、淑女が溜息なんて」
「家の中しか落ち着けないので許してください…」
ぎゅーっと抱きつくアリアを、私も優しく抱きしめ返した。
「もう嫌ですう、姉様と2人でお城で会えていた頃に戻りた〜い!」
「私もアリアと殿下とのおしゃべりに加わりたいわ」
「あの人はいいです。どうせ姉様の惚気を私に聞かせたいだけですもん!」
「ふふふ、それは聞いてみたいわ」
「姉様の惚気なら、私の方が喋れますっ!!」
アリアが顔を上げて、一生懸命に抗議してくるから笑ってしまう。
そのさらさらの髪を撫でながら、学園の状況を思い出して、呟いた。
「唯一よかったのは、私が悪役令嬢という方が優勢なことね」
「…よくないです」
「あら、私の大事なアリアが守れているからいいじゃない」
「姉様を悪者にするくらいなら、私が世界を滅ぼします〜!」
「それは国家反逆罪かな?」
場を支配するような凛とした声が響いて、私たちは振り返った。
「げっ、元凶の悪魔…」
「もうダメよ、アリア。不敬罪で捕まってしまうわ」
「ははは、こんなことくらいで捕まえていたら、学園の半分は今頃牢獄だなっ!」
王太子殿下は愉快そうに笑って、談話室に入ってくる。
「いらしていたのにお迎えにも上がりませんで、申し訳ありません」
「ああ、いいんだよ。僕が執事に断っただけだから」
殿下はアリアの背にあった私の手を取って、指先にキスを落とした。
「僕の女神、君に会えた幸運に感謝を」
「私の姉様に気安く触らないでくださいよっ。ようやく独り占めの時間だったのにい!」
「ああ、だからこの時間に訪問したんだ」
「正真正銘の悪魔だあ!!」
「君は抱きしめているからいいじゃないか。僕だってプレリアを抱きしめたい」
「婚約者の分際でそんなのダメに決まっているじゃないですか!」
「ああ、だから君のことが本当に憎いよ」
私の前だといつもこうなのだけど、学園ではどのようにしているのかしら。
これで恋仲だと思われているのだから、相当な演技力ではなくて?
「さて、アリアの邪魔をしに来たのも本命だが、話もあるんだ」
メイドがあっという間に用意したお茶などが整い、座って話を聞くことになった。
私の隣にはアリアがべったりくっついているのを、殿下は向かい側で睨んでいる。
「…そんなにプレリアとくっついてなくていいのでは?」
「家では姉様といつもこのように仲良くしているので、お気になさらず!」
「…覚えておけよ、アリア。…今度、学園のパーティーがあるな」
殿下の声に、私とアリアは頷いた。
「断罪があるんじゃないかと噂になっておりますね」
「ああ、どうも小説の中では定番の舞台らしい。──そこでだ」
殿下の顔があの時と同じ妖艶な黒い笑みになったので、アリアが息を呑んだ。
「そろそろ種明かしをして、この事態を収束しようと思う。手伝ってくれるかい?」
「私は殿下の駒にございます、存分にお使いください」
「君は駒ではなく、僕にとってこの世で唯一女性であり、右腕だ。プレリアであっても、僕の婚約者をそのように言うのは許さないよ」
「イチャイチャしないでくださいよ!で、作戦はもう決まっているんですよね?」
「ああ、段取りがついたから、今日来たのさ」
殿下の笑みに、アリアも物凄く悪い顔になった。
「殿下、姉様を貶めた人たちに何かしら制裁のある作戦じゃなきゃ協力しませんよ!」
「当たり前じゃないか、未来の国母であり僕の婚約者を愚弄した人間は適切に片付けるよ」
「まあ!それはそれは苦痛に耐えた甲斐がありますね!」
大丈夫かしら、その作戦…。
「将来の聖女の真の姿をわかっていない人たちにも、示してくださいね」
「姉様ああ〜!大好き!愛してます!」
「あら、私も大好きよアリア」
「はああ、これで君から僕の大事な人を返してもらえるね。楽しみだ」
いつものようにガミガミ言い合う2人に挟まれて、パーティーに向けての準備を着々と進めていく。
私はアリアの髪を撫でて、その笑顔に微笑みで返した。
──私の大事な殿下とアリアを散々悩ませたんですもの、皆様にはそれ相応に踊っていただきましょう。
了
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