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【第2章追加!】断罪令嬢の飯テロ食堂  作者: 九葉
第1章

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第5話

 目の前に置かれたのは、黄金色の山だった。

 香ばしい醤油とニンニクの香り。揚げたての熱気。

 ライオネル団長は震える手でフォークを……いや、それではまどろっこしいと言わんばかりに、手掴みで唐揚げの一つを掴み取った。


「……いただく」


 彼は大きく口を開け、熱々の塊にかぶりついた。


 ――カリッ! サクッ!


 店内に響いたのは、私がこれまでの人生で聞いた中で最も良い「咀嚼音」だったかもしれない。

 サクサクとした衣が砕け、その奥から弾力のある肉の繊維がブチリと噛み切られる音。


 その瞬間、ライオネル団長の動きが止まった。


「ッ……!?」


 目が見開かれ、次に眉間にシワが寄る。

 熱いのか? それとも口に合わなかったか?

 いや、違う。


 ――ジュワァァァ……。


 口の中で、閉じ込められていた肉汁のダムが決壊したのだ。

 私は見ていた。彼の喉仏が大きく動き、熱々の肉汁と肉を飲み込む様を。


「なんだ……これは……」


 ライオネル団長が呆然と呟く。


「外は、まるで薄氷のように脆く、軽やかだ。だが中は……なんだこの柔らかさは! 噛んだ瞬間に溢れ出る、濃厚な旨味の奔流! ニンニクの風味が鼻を突き抜け、醤油の塩気が暴力的に脳を揺さぶる!」


 鉄仮面が、喋る喋る。

 彼はまだ口の中に余韻が残っているうちに、ジョッキのエールを煽った。


 ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、プハァーーッ!


 冷たい炭酸が、脂の乗った口内を洗い流していく。

 その爽快感たるや、砂漠でオアシスを見つけたなんてものではないだろう。


「うまい……っ! こんな、こんな美味い鶏料理が、この世にあったのか!」


「ふふ、気に入っていただけたようで」


 私が微笑むと、彼はもう私の言葉など耳に入っていない様子で、二個、三個と唐揚げを口に放り込んでいく。

 熱さをものともしない、凄まじいスピードだ。

 山盛りにしたはずの唐揚げが、魔法のように消えていく。


「店主! 頼む、白飯はないか!? この味は、穀物を猛烈に欲する!」


「ご用意してありますよ。むしろ、ここからが本番です」


 私は炊飯用の土鍋から、炊きたての銀シャリを茶碗によそった。

 ついでに、昨日の残りの具材で作った即席の味噌汁も添える。


 ドン、と置かれた白米を見て、ライオネル団長の目が輝いた。


「おお……なんと美しい……」


 彼は左手に茶碗を持ち、右手の唐揚げを一口かじる。

 口内が肉の脂と醤油味で満たされたところに、すかさず白米をかきこむ。


 モグモグ、モグモグ。


 濃い味付けの唐揚げを、甘みのある白米が優しく受け止める。

 口の中で完成する、味の黄金比。

 これぞ「唐揚げ定食」の真髄だ。


「止まらん……手が、止まらんぞ……!」


 かつて戦場で「鉄壁の要塞」と呼ばれた男の理性が、完全に崩壊していた。

 頬を膨らませ、口の端に米粒をつけ、幸せそうに咀嚼するその顔は、もはや「鉄仮面」ではなく「食いしん坊の少年」のそれだ。


「おかわりだ! 肉も、飯も、あるだけくれ!」


「はいはい、ただいま」


 私は追加で揚げておいた唐揚げを皿に盛る。

 彼が食べている間に、私はこっそりと彼を観察した。


(……この人、確か私を断罪した王太子の側近よね?)


 本来なら、追放された悪役令嬢だと気づかれれば、その場で捕縛されてもおかしくない。

 だが、今の彼にそんな気配は微塵もなかった。

 目の前の唐揚げに対して、あまりにも真摯で、純粋だ。


(ま、いっか。美味しいって言ってくれる人に、悪い人はいないわ)


 結局、ライオネル団長は四人前ほどの唐揚げと、三杯の大盛りご飯、そしてジョッキ三杯のエールを綺麗に平らげた。


 最後に味噌汁をズズッと飲み干し、彼は「ふぅぅぅ……」と長く、深く息を吐いた。

 その顔は、憑き物が落ちたように穏やかで、血色が戻っている。


「……生き返った」


 彼はナプキンで口元を拭うと、スッと居住まいを正した。

 その途端、先ほどまでの「食いしん坊」の顔が消え、威厳ある騎士団長の顔に戻る。


「店主。礼を言う。これほど心が満たされた食事は、生まれて初めてだ」

「お粗末様でした」

「王宮の料理人は、見た目ばかり気にして味の深みを知らん。だが、貴殿の料理には『魂』があった」


 彼は懐から革袋を取り出し、カウンターに置いた。

 ジャラッ、と重たい音がする。どう見ても、定食の代金としては多すぎる。金貨が入っている音だ。


「団長様、これは多すぎます」

「取っておいてくれ。……その代わり、明日も来ていいか?」


 あの鋭い眼光が、少しだけ不安げに揺れている。

 餌付けされた大型犬のようだ。


「ええ、もちろんです。明日はまた、違うメニューをご用意してお待ちしています」

「違うメニュー……だと? ゴクリ……」


 彼は喉を鳴らし、立ち上がった。

 

「私はライオネル・バーンズだ。……貴殿の名は?」


 一瞬、躊躇った。

 けれど、私は堂々と名乗ることにした。私の料理を愛してくれた客に対して、嘘はつきたくない。


「シェリルです。シェリル・ウォルター」


「……シェリル嬢、か。どこかで聞いたような気もするが……まあいい」


 彼は私の顔をじっと見たが、すぐに興味なさげに首を振った。

 どうやら「悪役令嬢シェリル」の名前よりも、「激ウマ定食屋の店主シェリル」としての認識が上書き保存されたらしい。


「では、また明日」


 ライオネル団長は兜を抱え、足取り軽く店を出て行った。

 

 ――ガチャン、と扉が閉まる。

 

 私はカウンターに残された、空っぽの皿を見つめてニヤリと笑った。

 騎士団長、陥落。

 

 こうして『月待ち食堂』は、人間のお客様第一号にして、国内最強の常連客(用心棒候補)を手に入れたのだった。

 しかし、この「唐揚げ」の噂は、翌日さらに予期せぬ広がりを見せることになる。

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この世界白飯普通にあるなら1話の鳥の餌扱いされる雑穀米云々は必要だったのか?
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