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【完結!】断罪令嬢の飯テロ食堂  作者: 九葉(くずは)
第3章

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最終話

 『月待ち食堂』の長い一日が終わった。

 帰国祝いのお祭り騒ぎも落ち着き、ピカピカに磨き上げられた厨房には、静寂と満足感が漂っている。


 私は最後のお皿を棚に戻し、エプロンを外そうとした。

 その時。


「……シェリル」


 背後から、低く、真剣な声が名を呼んだ。

 振り返ると、ライオネル・バーンズ団長が立っていた。

 いつもならラフな格好でエールを飲んでいる時間だが、今の彼は騎士団の制服を崩さずに着込み、どこか緊張した面持ちだ。


「ライオネル様? どうしたんですか、そんなに改まって」

「……約束だ」


 彼は一歩、私に近づいた。

 コツン、と軍靴の音が響く。


「船の上で言っただろう。国に帰ったら、正式に伝えると」


 私の心臓が、早鐘を打った。

 彼は私の目の前で足を止めると、スッと片膝を床についた。

 騎士が、主君に忠誠を誓う時の最敬礼。

 彼は私の手を取り、その甲に熱い口づけを落としてから、真っ直ぐに私を見上げた。


「シェリル・ウォルター。……俺は、お前という女性に惚れている」


 飾らない、直球の言葉。


「初めてこの店に来た時、俺はただ腹を満たしたかっただけだった。だが、お前の料理は俺の心を満たし、冷え切っていた人生に色を与えてくれた」


 彼の瞳が、照明の光を反射して揺れる。


「ヤマトへの旅で確信した。俺はもう、お前がいない未来など考えられない。……俺の剣は、一生お前を守るためにある」


 彼は懐から、小さな箱を取り出した。

 パカッ、と開くと、そこには淡いブルーの宝石――聖獣シロの瞳のような、あるいは二人が旅した海のような色の指輪が輝いていた。


「俺と結婚してくれ。……俺の残りの人生を、すべてお前に捧げる」


 涙が溢れた。

 かつて婚約破棄され、誰からも必要とされていないと思っていた私。

 そんな私を、この人は全部受け入れて、必要としてくれた。


「……はい」


 私は涙声で頷いた。


「私でよければ……いいえ、私がいいんです。ライオネル様じゃなきゃ、嫌です」

「シェリル……!」


 彼は立ち上がり、私を力強く抱きしめた。

 厨房の匂いと、彼の匂い。

 世界で一番安心できる場所。


「約束する。毎日、美味しいご飯を作ります。お婆ちゃんになっても、ずっと」

「ああ。俺も約束する。毎日、世界一美味そうに食べてやる。爺さんになってもな」


 私たちは笑い合い、そして長く、甘い口づけを交わした。

 窓の外では、空気を読んだシロが、結界で二人のシルエットを隠してくれていたとか、いないとか。


   ◇ ◇ ◇


 それから数ヶ月後。

 『月待ち食堂』は、かつてないほど華やかに飾り付けられていた。


 本日は貸切。

 シェリルとライオネルの結婚披露宴だ。


「おめでとう! 団長、シェリルさん!」

「末長くお幸せにー!」


 店内には、溢れんばかりのゲストたち。

 騎士団の筋肉集団、魔術師団のインテリ集団、ご近所の常連さんたち。

 

 最前列のテーブルでは、父・ガラルド公爵が「うっ、うう……娘が……」と男泣きし、セバスチャンがハンカチを差し出している。

 その隣では、魔術師ルーカス様が「祝い酒だ!」と昼間から堂々と酒を煽り、東方商人ザオが祝儀袋を配って回っている。


 そして、驚くべきゲストもいた。


「シェリル様! おめでとうございますわー!」


 元気な声と共に飛び込んできたのは、泥のついた作業着……ではなく、小綺麗なドレスを着た元聖女リナだ。

 その隣には、少し日焼けして精悍になった元王太子ジュリアンの姿もある。


「リナさん! ジュリアン殿下!」

「ふふん! 北の農場から、お祝いに駆けつけましたのよ! 見てください、私たちが育てた最高の野菜を!」


 彼女たちが差し出したカゴには、宝石のように輝くトマトや、みずみずしいキュウリが詰まっている。


「おめでとう、シェリル。……幸せになれよ」

 ジュリアン様が、憑き物が落ちたような笑顔で手を差し出した。

「ありがとう。貴方たちもね」


 過去のわだかまりは、美味しい野菜と共に消化されたようだ。


 さて。

 披露宴といえばケーキ入刀だが、ここは『月待ち食堂』。

 普通のケーキなど用意するはずがない。


「さあ、本日のメインイベントです!」


 司会のギュスターヴ料理長が声を張り上げる。

 厨房から運ばれてきたのは、巨大なワゴンに乗った、山のような物体。


「こ、これは……!?」

「でけぇぇぇぇッ!」


 会場がどよめく。

 そこに鎮座していたのは、十人前……いや、五十人前はあるだろうか。

 巨大な、黄金色の『オムライス』だった。


 ふんわりと焼き上げられた卵の布団。

 その大きさは、ドラゴンの卵ほどもある。

 周りには、特製のデミグラスソースの海が広がっている。


「これが私たちの『ウエディング・オムライス』です!」


 私が宣言すると、歓声が上がった。

 私とライオネル様は、特注の長いナイフを二人で握った。


「いきますよ、ライオネル様」

「ああ。……俺たちの未来を切り開くぞ」


 せーの、でナイフを入れる。


 ――スッ。


 卵の真ん中に切れ目が入った瞬間。

 重力に従って、半熟の卵が左右にトロ〜リと流れ落ちた。

 中から現れたのは、真っ赤なケチャップライス。

 黄金の卵と、赤いライスのコントラスト。そして立ち上るバターとデミグラスの芳醇な香り。


「おおおおぉぉぉッ!!」

「うまそおおおおおッ!」


 ゲストたちの喉がゴクリと鳴る。

 これぞ、最強の飯テロ入刀式。


「さあ、みんなで食べましょう!」


 取り分けられたオムライスが、次々と客席へ運ばれていく。

 一口食べた瞬間、会場中に笑顔の花が咲いた。


「ふわとろだ!」

「卵の甘みとソースの苦味が最高!」

「幸せの味がするぞ!」


 父も、リナも、騎士たちも。

 みんなが同じ料理を食べて、同じように笑っている。

 私が夢見ていた光景が、ここにあった。


「……美味いな」


 隣でライオネル様が、私に一口食べさせてくれながら言った。


「世界で一番、美味い料理だ」

「ふふ。……隠し味、わかりますか?」

「ん? ……まさか」

「はい。『愛』をたっぷり込めましたから」


 私が悪戯っぽく言うと、彼は顔を赤くして、それから吹き出した。


「参ったな。……一生、お前には勝てそうにない」


 カウンターの特等席では、聖獣シロが特製オムライス(猫用サイズ)を食べながら、満足げに尻尾を振っている。


『みゃう(良き伴侶、良き飯、良き宴だ。……この国は、当分安泰だな)』


   ◇ ◇ ◇


 宴が終わり、夜。

 二人きりになった店内で、私たちは並んで洗い物をしていた。

 ガチャガチャと食器がぶつかる音さえ、心地よい音楽に聞こえる。


「……明日からも、忙しくなるな」

「ええ。リナさんの野菜を使った新メニューも考えなきゃいけませんし、サクラ皇女からは『ヤマトにも支店を出してくれ』なんて手紙も来てますし」


 やることは山積みだ。

 でも、ちっとも嫌じゃない。


「まあ、焦ることはない。俺たちはこれから、ずっと一緒なんだからな」


 ライオネル様が泡だらけの手で、私の鼻先をちょんとつついた。

 私は笑って、彼に寄り添った。


 悪役令嬢は断罪されたかった。

 けれど、その願いは叶わなかった。

 代わりに彼女は、世界一美味しい食卓と、最高のパートナーを手に入れた。


 路地裏の『月待ち食堂』。

 そこは、美味しいご飯と、ちょっとした幸せ。

 そして――とびきりの愛を提供するお店。


 明日の朝も、良い匂いと共に一日が始まるだろう。

 

「さあ、明日も早いですよ。……ライオネルさん」

「ああ。……おやすみ、シェリル」


 私たちは手を繋ぎ、愛の巣へと上がっていく。

 

 美味しい人生は、まだまだこれから。

 お腹を空かせた誰かがいる限り、私達の食堂は、いつだって満員御礼なのだから!

第3部完です!!

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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