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【完結!】断罪令嬢の飯テロ食堂  作者: 九葉(くずは)
第3章

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第11話

 王都の港に『黒亀号』が着岸した瞬間、耳をつんざくような歓声が上がった。


「帰ってきたぞー! 俺たちの女神が帰ってきた!」

「店主ー! 痩せたかー!? ちゃんと食べてたかー!?」

「いや、むしろ艶やかになってないか……? 隣の騎士団長との距離が近くないか?」


 桟橋には、あふれんばかりの人だかり。

 私はタラップを降りながら、懐かしい顔ぶれに手を振った。

 真っ先に駆け寄ってきたのは、目の下にクマを作った魔術師ルーカス様と、腕組みをして仁王立ちする父・ガラルド公爵だ。


「シェリル! 無事か! ……そして土産は! 大福はあるのか!?」

 ルーカス様が私の肩を掴んで揺さぶる。禁断症状が出ているようだ。


「お帰り、シェリル。……ふん、少し日焼けしたようだが、元気そうで何よりだ」

 父は素っ気ないふりをしているが、その目尻は下がっている。


「ただいま戻りました! お父様、ルーカス様」


 私が挨拶しようとすると、背後からライオネル様がスッと前に出て、私の腰に手を回した。

 自然な動作。あまりにも自然すぎて、父の目が点になる。


「……おい、ライオネル。その手はなんだ」

「『俺の女』に触れているだけですが、何か?」

「き、き、貴様ぁぁぁッ! 船の上で何を……!」


 父が卒倒しそうになるのを、セバスチャンが「まあまあ、旦那様」と支える。

 騒がしいけれど、温かい。ああ、帰ってきたんだ。


 ひとしきり再会を喜んだ後、私たちは大量の荷物(米俵と調味料)を馬車に積み込み、店へと向かった。


「……なあ、ルーカス。店の方はどうなっているんだ?」


 馬車の中で、ライオネル様が尋ねた。

 すると、ルーカス様が急に視線を泳がせた。


「あー……。店、か。うん、繁盛はしているぞ。凄まじくな」

「凄まじく?」

「ギュスターヴ料理長たちの技術は完璧だ。騎士団の連中も手伝って、回転率も上がっている。……ただ、少し『方向性』が変わったというか……」


 言葉を濁すルーカス様。

 嫌な予感がする。

 私たちは顔を見合わせ、急いで店へと向かった。


   ◇ ◇ ◇


 路地裏に到着した私たちは、絶句した。


「……なにこれ」


 そこにあったのは、私の知っている『月待ち食堂』ではなかった。

 ボロかった外壁はピカピカに磨き上げられ、看板には金箔が施されている。

 そして何より異様なのは、行列だ。

 客たちが一言も喋らず、整然と二列縦隊で並んでいる。整理しているのは、完全武装した騎士たちだ。


「次! 二名様、入店許可!」

「イエッサー!」


 軍隊か。

 恐る恐る店内に入ると、さらに異様な光景が広がっていた。


 シーン……。


 静寂。

 客たちは背筋を伸ばし、無言で食事をしている。

 カチャ、カチャ、という食器の音だけが響く。

 厨房では、ギュスターヴ料理長が鬼の形相で指揮を執っていた。


「2番テーブル、提供遅れ3秒! 貴様ら、たるんでいるぞ!」

「申し訳ありませんシェフ!」

「味の均一化を徹底しろ! 塩一粒の誤差も許さん!」


 そこは食堂ではなかった。

 「高効率栄養補給施設」兼「超高級レストラン」の成れの果てだった。


「……あ、あの」


 私が声をかけると、ギュスターヴがバッと振り返った。


「誰だ、厨房に立ち入る不届き者は……って、し、師匠!?」


 ギュスターヴの顔色が変わり、彼らは一斉に整列して敬礼した。


「お帰りなさいませ、師匠! ご覧ください! 貴女様の留守中、我々は店の『効率化』と『高級化』を極限まで推し進めました!」


 彼は誇らしげに胸を張った。


「無駄口を叩く客は排除し、回転率を上げ、料理の見た目も芸術的にしました! 売上は倍増です!」


 出された料理を見る。

 確かに美しい。完璧な火入れ、美しい盛り付け。

 でも……お客さんの顔は、誰も笑っていなかった。

 ただ「ありがたい高級料理」を、緊張しながら胃に流し込んでいるだけ。


「……馬鹿者ッ!」


 私の怒声が響いた。

 ギュスターヴたちがビクリと震える。


「こ、これは師匠……どこか不備が?」

「全部よ! ここは『食堂』よ? お客さんがお喋りしながら、笑ってご飯を食べる場所なの! こんな息の詰まる場所で食べて、美味しいわけないでしょう!」


 私はエプロンをひったくるように手に取り、腰に巻いた。

 旅の疲れなんて吹き飛んだ。

 私の店を、私の「温かい場所」を取り戻さなきゃ。


「総員、配置転換! これより『月待ち食堂』本来の営業を再開します!」

「は、はいっ!」


「ライオネル様! お客さんの緊張を解いてあげて!」

「了解だ。……おい野郎ども! いつまで気取ってやがる! 酒だ! エールを持ってこい!」


 ライオネル様が豪快に笑いながら客席に乱入すると、凍りついていた空気がパリンと割れた。


「だ、団長だ!」

「生きて帰ってきたぞー!」

「ぷはぁっ! やっと息ができる!」


 ざわめきが戻ってくる。

 私は厨房に立ち、深呼吸をした。

 今、みんなが求めているのは、洗練されたフルコースじゃない。

 旅帰りの私たちが食べたいもの。そして、緊張していたお客さんたちがホッとするもの。


 私が選んだのは、ヤマトからの最高のお土産を使った一品。

 『鮭茶漬け』だ。


 ヤマトで貰った新米を、土鍋で炊く。

 艶やかに炊き上がった銀シャリを、大きめの茶碗にふんわりと盛る。


 その上に乗せるのは、道中の船旅で作った『塩鮭』のほぐし身。

 皮目をパリパリに焼いて香ばしさを出し、身はしっとりと仕上げてある。

 さらに、ヤマトの『高級海苔』を手でちぎって散らす。

 あられ(砕いたおかき)と、三つ葉、わさびを添える。


 そして、ここからが肝心。

 熱々の『一番出汁』に、香りの良い『煎茶』を混ぜた特製スープを、たっぷりと回しかける。


 ――サラサラサラ……。


 心地よい水音。

 出汁の香りと、お茶の香ばしさ、そして海苔の磯の香りが一気に立ち昇る。

 鮭の身が白く変わり、脂がスープに溶け出して金色の輪を描く。


「お待たせしました! 旅の土産、特製『鮭の出汁茶漬け』です!」


 私はギュスターヴや、父、そして常連客たちの前に丼を置いた。

 質素な見た目。

 けれど、その湯気には「おかえり」という言葉が含まれていた。


「……いただく」


 父・ガラルド公爵が、レンゲでご飯とスープをすくい、口に運んだ。


 ズズッ。


「…………ふぅ」


 父の肩から力が抜けた。

 厳格な顔が、ふにゃりと緩む。


「……染みるな」

「ええ。出汁の優しさと、お茶の渋み。……張り詰めていた神経が、ほどけていくようだ」


 ギュスターヴも一口食べて、泣きそうな顔になった。


「ああ……これです。私が忘れていたのは、この『緩さ』でした。完璧を目指すあまり、お客様を緊張させてしまっていた……」


 店内は、ズルズルと茶漬けをすする音と、「うめぇ」「あったまるぅ」という声で満たされた。

 高級料理もいいけれど、やっぱり最後はこういうご飯に帰ってくるのだ。


 厨房の隅で、ライオネル様が私に微笑みかけた。


「……やっぱり、お前の店はこうでなくちゃな」

「はい。ここが私の、私たちの居場所ですから」


 私たちは顔を見合わせ、クスクスと笑った。

 

 こうして『月待ち食堂』は、日常を取り戻した。

 ……と言いたいところだが、まだ終わりではない。

 ライオネル様には、まだ果たしていない「約束」があるのだから。


 閉店後。

 客が帰り、静けさが戻った店内で、彼は改まった様子で私を呼び止めた。


「シェリル。……少し、いいか」


 その真剣な瞳に、私の心臓が高鳴る。

 いよいよ、その時が来たのだ。

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