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【完結!】断罪令嬢の飯テロ食堂  作者: 九葉(くずは)
第3章

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第10話

 ヤマト皇国での滞在最終日。

 港には、私たちを見送るために、信じられないほどの人が集まっていた。


「シェリル殿! 行かないでくれぇぇ!」

「もっと天丼を食わせてくれ!」

「味噌カツのタレだけでも置いてって!」


 下町の民衆たちが涙ながらに叫んでいる。

 そして、その最前列には、すっかり元気になった帝と、サクラ皇女の姿があった。


「……名残惜しいが、引き止めはせぬ」


 帝は穏やかな笑顔で頷いた。


「そなたが蒔いた種は、すでに芽吹いておる。式部卿が失脚し、料理人たちが自由な発想で腕を振るい始めた。……ヤマトの食は、これからもっと豊かになるだろう」


「はい。楽しみにしています。いつかまた、食べに来ますね」

「うむ。……その時は、またあの『卵かけご飯』を頼むぞ」


 帝は笑い、背後の近衛兵に合図をした。

 ドサッ、ドサッ、と積み上げられたのは、麻袋の山だ。


「これは餞別せんべつだ。我が国で採れた最高級の『新米』と、献上品の『海苔』、そして『酒』だ。好きなだけ持っていくがよい」

「こんなに!? ありがとうございます!」


 米俵十俵分はある。これなら当分、店での銀シャリ提供には困らない。

 サクラ皇女が、私の手を握りしめた。


「シェリル殿。……余もいつか、必ずそちらへ行く。その時は、あの『三色おにぎり』の作り方を教えてくれ」

「ええ、待っていますわ。サクラ様」


 そして、最後のお別れは――この国で神と崇められた、聖獣シロだ。

 神官たちが、必死の形相でシロにすがりついている。


「白虎様! お戯れはおやめください! 貴方様がいなくなったら、誰がこの国の結界を維持するのですか!」

「どうか、神殿にお戻りを!」


 しかし、シロは私の肩の上にひょいと飛び乗り、ふんと鼻を鳴らした。


『断る。神殿の飯は硬いし、冷たいし、愛がない』

「び、白虎様……!?」

『我は決めたのだ。このシェリルの作る飯こそが、我への最高の供物であると。……それに、結界ならば心配するな。我が「分霊わけみたま」を置いていく』


 シロが尻尾を振ると、ポロンと小さな光の玉が落ち、それが小さな白猫の姿に変わった。

 分身だ。便利な神様である。


『本体はこやつについていく。……文句があるなら、こやつより美味い飯を作れるようになってから言え』


 シロの宣言に、神官たちはぐうの音も出ないようだった。

 こうして、私たちは盛大な見送りを受けながら、再び東方商人ザオの船『黒亀号』に乗り込んだ。


   ◇ ◇ ◇


 銅鑼ドラが鳴り、船が港を離れていく。

 遠ざかるヤマトの街並み。

 私は甲板の手すりに寄りかかり、少しだけ寂しい気持ちでそれを見つめていた。


「……寂しいか?」


 背後から、温かい声がかかった。

 振り返ると、潮風に銀髪を揺らすライオネル様が立っていた。

 彼は私の隣に並び、同じように海を見つめる。


「少しだけ。……でも、満足です。ヤマトの人たちが、美味しそうにご飯を食べる顔を見られましたから」

「ああ。お前は本当に、料理で世界を変えてしまったな」


 ライオネル様は優しく微笑み、私の腰に手を回した。

 自然な動作。

 ヤマトでの激動の日々を経て、私たち(というか彼)の距離感は、以前よりもずっと近くなっていた。


「さて、シェリル。……覚えているか?」

「え?」

「出発前に言ったはずだ。『船の上は二人きりだ』とな」


 ドキリ、と心臓が跳ねる。

 彼は私の顔を覗き込み、少し悪戯っぽく、でも真剣な瞳で言った。


「行きは船酔いでダウンしていたが……帰りは元気そうだな?」

「は、はい。もう慣れましたから」

「なら、いいな。……たっぷりと、俺の相手をしてもらおうか」


 その言葉の意味を深読みしてしまい、私は顔を赤くした。

 逃げ場のない船の上。

 これから王都に着くまでの数週間、私たちは正真正銘、二人きり(+猫と商人)の時間を過ごすことになるのだ。


   ◇ ◇ ◇


 その日の夕暮れ。

 水平線に太陽が沈み、空が茜色から深い藍色へと変わる頃。

 私たちは甲板で夕食をとることにした。


「へい! とびきり新鮮な魚が釣れたぜ!」


 ザオが釣り上げたばかりの魚を捌いて持ってきてくれた。

 透き通るような白身のタイに、脂の乗ったハマチ、そして赤いマグロ。

 さらに、ヤマトで貰った大量の『海苔』と『新米』がある。


 メニューは決まりだ。

 船旅の締めくくりは、みんなでワイワイ楽しめる『手巻き寿司』パーティー!


 私は酢飯を作った。

 炊きたてのご飯に、酢と砂糖、塩を合わせた合わせ酢を回しかけ、うちわで扇ぎながら切るように混ぜる。

 ツヤツヤと輝くシャリ。

 それを大皿に盛り、ネタ(刺身)と、短冊状に切った海苔、そして薬味(わさび、大葉、卵焼き、きゅうり)を並べる。


「わぁ……豪華だな!」


 ライオネル様が目を輝かせる。

 ヤマト風の着流しから、いつもの騎士の軽装に戻った彼は、リラックスした様子で胡座あぐらをかいた。


「食べ方は簡単です。海苔にご飯と好きな具を乗せて、巻いて食べるだけ。……はい、どうぞ」


 私は手本を見せるように、海苔にシャリを広げ、マグロと大葉を乗せてくるりと巻いた。

 それをライオネル様の口元へ差し出す。


「あーん」

「……お前、最近俺の扱いが手慣れてきたな」


 彼は苦笑しながらも、素直にパクッと食べた。


「ん……美味い! 酢飯のさっぱり感と、魚の脂が最高だ。海苔のパリパリした食感も楽しいな」

「でしょう? 自分好みにカスタマイズできるのが魅力なんです」


 シロも負けじと、器用に魔力で海苔を操り、鰹節とタイの刺身を巻いて食べている。

 ザオは酒を片手に、ハマチを肴にしている。

 

 賑やかで、美味しい時間。

 けれど、夜が更けてザオが酔い潰れ、シロが満腹で丸くなって寝始めると……甲板には静寂が訪れた。


 満点の星空。

 波の音だけが聞こえる世界。

 私とライオネル様は、並んで座り、夜風に当たっていた。


「……夢みたいです」


 私は膝を抱えて呟いた。


「追放された時は、こんな日が来るなんて思っていませんでした。異国の海の上で、こんなに美味しいものを食べて、大切な人と笑い合えるなんて」


「シェリル」


 ライオネル様が、私の肩を抱き寄せた。

 彼の体温が、夜風で冷えた肌に心地よい。


「俺もだ。剣だけが人生だと思っていた。……だが、お前が教えてくれたんだ。戦いの後には安らぎがあること。食事はただの補給ではなく、幸せを分かち合う行為だということを」


 彼は私の手を握り、その指に口づけを落とした。

 騎士の誓いのような、恭しく、熱のこもった口づけ。


「俺は、お前無しの人生にはもう戻れない。……王都に着いたら、正式に申し込むつもりだ」

「え……?」

「だが、今は待てない」


 彼は私の顎に手を添え、顔を上げさせた。

 月明かりに照らされた彼の瞳が、私を射抜く。

 逃げられない。逃げたくない。


「……好きだ、シェリル」


 囁きと共に、彼の唇が重なった。

 優しく、触れるだけのキス。

 潮風の味と、ほんの少しの酢飯の香り。

 それが、どうしようもなく愛おしい。


 一度離れて、目が合う。

 彼はもう一度、今度は深く、情熱的に私を求めた。

 体が熱い。

 彼の腕の中に溶けてしまいそうで、私は彼のシャツをギュッと握りしめた。


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 唇が離れると、私たちは額を合わせ、互いの荒い息を感じ合った。


「……責任、取ってくれますよね? ライオネル様」

「ああ。一生かけてな」


 彼は満足げに笑い、私を強く抱きしめた。

 

 頭上には満天の星。

 海の上、二人だけの世界。

 ヤマトでの冒険は終わったけれど、私たちの本当の物語――「家族」になるための物語は、ここから始まるのだ。


   ◇ ◇ ◇


 翌朝。

 水平線の彼方に、懐かしい大陸の影が見えてきた。


「見えたぞ! 俺たちの国だ!」


 ザオがマストの上で叫ぶ。

 私はライオネル様と並んで、近づいてくる港を見つめた。


 そこには、きっと大勢の人が待っている。

 首を長くして待っている常連さんたち。

 店を守ってくれている父やギュスターヴたち。

 そして、私の帰る場所――『月待ち食堂』。


「帰りましょう、ライオネル様」

「ああ。……腹を空かせた連中が、待ち構えているぞ」


 私たちは顔を見合わせて笑った。

 最高のお土産を持って、いざ、王都へ。

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