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【第2章追加!】断罪令嬢の飯テロ食堂  作者: 九葉
第1章

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最終話

 その日、『月待ち食堂』の前には、王国の近衛兵がずらりと整列していた。

 路地裏には似つかわしくない厳粛な空気。

 店の入り口が開き、現れたのは――豪奢なマントを羽織った壮年の男性、国王フレデリック陛下その人だった。


 その背後には、勝ち誇った顔の聖女リナと、どこか落ち着かない様子の王太子ジュリアン様が控えている。


「父上! この女です! 騎士団長と魔術師をたぶらかし、国の秩序を乱す魔女は!」


 リナが私のことを指差して叫ぶ。

 店内には、いつものように食事をしていたライオネル団長とルーカス様もいるが、さすがに国王陛下の前では直立不動の姿勢をとっていた。


 私はカウンターの中で、静かにカーテシーをした。


「お初にお目にかかります、陛下。店主のシェリルです」

「うむ。……面を上げよ」


 国王陛下は重々しく頷くと、鋭い眼光で私を見据え、そして――鼻をひくつかせた。


「……よい匂いだ」

「は?」

「この芳ばしい香り。焦げた醤油と、肉の脂が混じり合った……これは、余の食欲を著しく刺激する」


 陛下はゴクリと喉を鳴らし、カウンター席の真ん中にドカリと座った。


「リナよ。申告通りならば、この店は『毒』を盛っているのだったな?」

「は、はい! 人間の味覚を狂わせる猛毒です!」

「ならば、余が自ら毒見をして判定を下す。店主、この店で一番人気のメニューを出せ」


 その言葉に、リナとジュリアン様が「えっ?」と声を上げた。

 私はニヤリと口角を上げる。やはり、この親にしてこの子(ジュリアン様)あり。王家の血筋は、美食への執着からは逃れられないようだ。


「承知いたしました。本日の日替わりは『和風おろしハンバーグ定食』です」


 私は下ごしらえしていた挽肉のタネを取り出した。

 豚と牛の合挽き肉に、炒めた玉ねぎ、パン粉、牛乳、卵、そしてナツメグを少々。

 両手でペチペチと空気を抜き、小判型に整える。


 熱した鉄板に、タネを乗せる。


 ――ジュワァァァァ……ッ!


 店内に最高の音楽(調理音)が響き渡った。

 肉の焼ける匂いが爆発的に広がる。

 陛下の目が釘付けになる。


 両面に焼き色をつけたら、酒を入れて蓋をして蒸し焼きに。

 中までふっくらと火を通す。

 この「待ち時間」こそが、最大のスパイスだ。


「まだか……まだなのか……」


 陛下が小刻みに貧乏ゆすりをしている。リナが「父上、騙されてはいけません!」と喚いているが、完全に無視されている。


 焼き上がったハンバーグを皿に移し、その上に山盛りの大根おろしを乗せる。

 仕上げに、柑橘の酸味が効いた『ポン酢』をたっぷりと回しかけ、刻んだ大葉を散らす。


「お待たせいたしました」


 湯気と共に運ばれたハンバーグ。

 陛下は震える手でナイフを入れた。


 ――スッ。


 ナイフを入れた断面から、透明な肉汁が泉のように湧き出した。

 鉄板の余熱で、肉汁がポン酢と混ざり合い、ジュウジュウと音を立てる。


「……いざ」


 陛下は一口大に切った肉を、大根おろしと共に口へ運んだ。


 ハムッ……モグ、モグ。


 一瞬、陛下の動きが止まった。

 カッと目が見開かれ、次の瞬間、その目尻からツーッと涙が流れた。


「……美味いッ!!」


 王の威厳もかなぐり捨てた絶叫だった。


「なんだこの肉の旨味は! 柔らかい! 歯がいらないほど柔らかいのに、肉を食っているという満足感がある! そこに、この大根おろしの清涼感と、酸味の効いた黒いタレ(ポン酢)が合わさり、脂の重さを完全に消し去っている!」


 陛下は白米をかきこんだ。


「合う! この米という穀物に、肉が合いすぎる! 止まらん、誰か余を止めてくれ!」


「ち、父上!? 毒です! それは毒なんです!」


 リナが悲鳴を上げるが、陛下は箸を止めることなく、一気に完食してしまった。

 そして、満足げに息を吐き、スッと表情を引き締めてリナとジュリアン様を振り返った。


「……リナよ。余は決めたぞ」

「は、はい! ついに処刑命令ですね!?」

「うむ。……貴様の作る『健康食』とやらは、本日をもって王宮への持ち込みを禁止する」


「は……え?」


 リナがポカンと口を開ける。


「余も我慢していたのだ! 『健康のため』と出される、味のしないスープ! パサパサのパン! あんなものを毎日食わされて、余の心は死にかけていた! このハンバーグ一口に込められた幸福量は、貴様の料理一年分にも勝るわ!」


「そ、そんな……私の愛が、脂身に負けたというのですか!?」

「愛など感じん! あるのは自己満足の押し付けだけだ!」


 陛下はバッサリと切り捨て、次いでジュリアン様を睨みつけた。


「そしてジュリアン。貴様もだ」

「えっ、お、俺ですか!?」

「このような素晴らしい料理を作るシェリル嬢を追放し、あのような味覚音痴の女を選んだ貴様の目は節穴か! 王としての資質を疑う!」


 陛下は宣言した。


「リナ・バーンズ。貴様は聖女の称号を剥奪し、北の農場へ送る。そこで土にまみれ、作物を育てる苦労を一から学ぶがよい! そしてジュリアン! 貴様は王位継承権を一時剥奪する! 一介の兵士として騎士団に入り、ライオネルの下で根性を叩き直してこい!」


「い、いやぁぁぁ! 農作業なんて嫌ですわぁぁ!」

「そ、そんな……父上、お待ちください!」


 近衛兵に引きずられていくリナ。

 ジュリアン様は慌てて私の方へ向き直り、カウンター越しに縋り付いてきた。


「し、シェリル! 頼む、助けてくれ! お前からも父上に言ってくれ!」

「私が? なぜです?」

「俺たちは愛し合っていたじゃないか! なぁ、俺はやっぱりお前がいい! 料理が上手くて、美人で、賢いお前が! やり直そう、今すぐに結婚しよう!」


 見苦しい。あまりにも見苦しい。

 私は冷めた目で見下ろし、最後通告を突きつけた。


「殿下。……いいえ、ジュリアン様」


 私はフライパンを洗いながら、淡々と言った。


「料理は、冷めたら温め直せば美味しくなります。でも、人の心は一度冷めたら、二度と元には戻らないんですよ」


「ッ……」


「貴方がリナさんの薄っぺらな料理と甘い言葉を選んだ時点で、私という『メインディッシュ』は貴方のテーブルから下げられたんです。……おかわりは、ありません」


 私の言葉に、ジュリアン様は絶望に顔を歪め、崩れ落ちた。


「連れて行け」


 陛下の合図で、ジュリアン様もまた、ズルズルと引きずられて店を出て行った。

 その情けない背中を見ても、私の心は痛みもしなかった。

 あるのは、厄介払いができたという清々しさと――これからの商売への意欲だけ。


「さて」


 店内に再び平和が戻る。

 陛下が、空になった皿を愛おしそうに撫でながら言った。


「店主よ。……おかわりは、あるか?」


 私はエプロンの紐を締め直し、満面の笑みで答えた。


「はい、喜んで! お客様へのおかわりは、いくらでもご用意いたします!」

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
途中、リナさんとジュリアンが入れ替わって・・・・w 飯テロありがとうございます 早速、お鍋を食べながら読む進める羽目にw
第一部完って感じですかね。続き楽しみにしてます。
これだけ油使ってたら後片付け大変そう〜この世界脂の入手方法どのくらい簡単なんだろう?というのがちょっと謎でした。まぁ魔法あるからそれで掃除してるのかな。 あとふんだんに使ってる肉の確保方法ってどうなん…
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