電車でのひとコマ
ちょっとしたつぶやきです。
フィクションかノンフィクションかは、ご想像におまかせします。
若い頃は、電車に乗っても、よっぽど席が空いていない限りは座らなかった。
1人2人くらい座れるスペースがあっても、立っていた。
「若くて元気なので大丈夫ですよ」という、誰に向けてか分からない、謎の意思表示。
優先座席? いやいや、たとえガラガラでも座らない。若さの見せどころだ。
だが、年を重ねると話は別だ。気持ちは若いつもりでも、足腰は正直である。
たとえ1〜2駅でも、座れるなら座りたい。
今日も電車に乗り、空いていた席を見つけて、迷わず腰を下ろした。
ふと目に入る文字。
“Life is”
座席は両側にあり、対面式。
目の前の方のパーカーに書かれていた。
命? 人生? それは……。
カバンを胸に抱えているせいで、“is”の先が見えない。
何が書いてあるのか、できるだけ自然を装いながらチラ見する。
……見えない。完璧にカバンでガードされている。
字の並び方的に、おそらく一語だろう。
“Life is beautiful”? いや、文字数が合わない。
“Life is”が大きくプリントされてるし、前面に入るには長すぎる。うーん、なんだろう。
……ていうか、なぜこんなに気になるんだ。
ただの服の文字じゃないか。
いや、違う。気になるのは文字じゃない。
その人自身だ。
髪は短めで、少しパーマがかかっている。
ほうれい線が深く、眉間に皺を寄せ、iPadを睨みつけている。
黒縁メガネの両端には、紫の紐。
その紐は調べてみると、どうやら落下防止・置き忘れ防止・利便性向上の三拍子らしい。
しかもファッション性もあるとか。なるほど、紫だからオシャレ……なのか?あまり見ない。
グレーのパーカーに黒いジーンズ、スニーカー。
一度見たら忘れない雰囲気。
そうだ、あの人に似てる——海外のコメディ映画に出てくる、声の高い、ちょっと小柄で、お金持ちそうなおじさん。
映画のタイトル? 出てこない。
この風貌からして、きっと多くの経験をしてきた人だろう。
“Life”はきっと「命」じゃなく「人生」と訳しているに違いない。
人生は……美しい? いや、違う。
この余白なら「素晴らしい」くらいがしっくりくる。
そうだ、“Life is wonderful”。
……いや、スペース的に長いな。
“Life is great”? いや、“Life is a gift”の方が感動的だ。うん、絶対それだ。
さて、どう確認するか。
駅に着き、彼が立ち上がった——
その瞬間、少しだけ見えた!
“Life is good.”
人生は……良い?
思ったより軽い。
……いや、違う。軽くなんかない。
他にも、しっくりくる意味があるはす。
検索してみる。
“人生っていいな。”
なるほど。深い。なんか深い。
この人が着ていることで、言葉に奥行きが生まれる。
妙に胸に沁みる。
電車を降りる彼を見送りながら、
なぜだろう、ちょっと心が温かくなった。
iPadの画面がチラッと見えた瞬間——
そこはカメラアプリになっていた。
……ん?
確かに、さっきから何か視線を感じていた気がする。
そうか。
私があのパーカーの文字を覗き込んでいたのを、気づかれていたのだ。
彼はiPadでこちらを撮りながら、あの顔で——睨んでいた。
たぶん…。
背筋がゾッとした。
気づいたと同時に、電車を降りたその人を私は思わず目で追った。
ホームの端で、彼がこちらを見ている。
走り出す電車の中——
ガラス越しに、その目がまだ私を見ていた。
……怖っ。
さっきまで温かかった心が、一瞬で凍りつきました。
気づかれてないと思っても、意外に相手は気づいているかもしれません。気をつけましょう。




