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叱責(マリーアの父親視点)

 マリーアが自室で泣いていると、侍女の一人から報告を受けた。


(全く…)


 そんなことでこれからの長い結婚生活が続けられるのか。


(どちらかといえば厳しく育てたつもりだが…大事にしすぎたのだろうか)


「はぁ…」


(いずれダステム殿と何かあったのには違いないのだろうが…)


 やおら立ち上がった私を妻が制した。


「貴方、あの子もいい大人ですよ。少し放って上げてくださいな」

「お前は黙っていなさい」

「そうはいかないわ。私だってマリーアの親なのよ、貴方の意見ばかり押し付けて…」

「黙れと言っているじゃないか!」


 妻は、スッと冷めた顔になると、黙って紅茶を啜った。


「これだから女は」


 ぽつりと呟いた。妻の顔は見なかった。


 マリーアの部屋は廊下の端にある。南向きの、我が家の庭園がよく見える、広い部屋。

 コンコンコン、とノックを鳴らす。一拍置いて上擦った声で返事があった。


 扉を開けると、窓辺の椅子に腰掛けた娘がこちらを振り向いた。

 特段変わった様子は見受けられない。


「……ダステム殿と何かあったのか?」

「いえ、特に」


 小さな声でそう言ったが、微かに声が震えている。

 私はソファに身を沈めると、「いちいち気にしていたら結婚生活は続かないぞ」と言った。


「そうですわね」

「…お前が泣いて帰って来たと聞いている」

「……」

「何があったか知らぬが、お前は最近特に卑屈すぎる」

「ええ、本当にそうですわね」

「男というのは愚かだ。だが、女にそれを包み込む包容力があってこそ、愚かな男は外で気を張ることができるのだからな」


 娘は黙って私を見ている。じっと動かない姿はまるで人形のようだ。


「…何があったのかきちんと説明しなさい」

「大したことではありませんから」

「大したことかどうかが問題なのではない!!」


 大声を出したところで、マリーアはぴくりとも動かない。けれど、私の湧き起こるような激情は収まらなかった。


「大体、結婚が決まってからお前はどんどん陰鬱になっていく!!ダステム殿を批判する権利などお前にはないぞ!!?いい加減にしなさい!!」

「…婚約を、解消してはならぬからですわ」

「なにィ!!?貴様!!式まで日にちもないというのに、この期に及んでそんなことを言っているのか!!?」

「……何があったか言えと仰るから、現状をお伝えしただけですわ」

「このッッッ!!!」


 私が立ち上がると、マリーアはキッパリと言った。


「ダステムは色んなご令嬢と関係を持っています」

「はァ!?」

「今日、ダステムまでお茶会に着いて来たのでおかしいと思っていたら、こともあろうかキューレー伯爵邸のその庭園で…令嬢と…」


 わなわなと震える拳に爪が食い込んでいく。


「そんなものッッッ!!お前が悪い!!!」

「っ!!」

「お前がそんなんだから、ダステム殿も嫌気がさすのだろうよ!!仕舞いには本当に婚約を解消されてしまうかもしれぬぞ!!!」

「なら問いますが、お父様は火遊びをするのですか?」

「今!そんな話はしていないッッ!!!!」


 血圧が上がっているのだろう。クラクラして息が苦しい。

 マリーアを睨みつける。こんな娘に育つとは思いもしなかったからだ。

 以前のマリーアは、不出来なところもあったが、もっと快活だったし、何より家族仲も良好だったはずなのに。


(いつから変わってしまったのか)


 私は激昂を抑えられず、マリーアの頬を片手で掴んだ。


「お前が、社交界でなんと言われているか知っているか?」


 娘の額に生々しく残る傷跡が、生気はないのに妙にギラついている瞳が、全く知らない人みたいに見える。

 私の知らないことが増えていく、抱えきれないことが多すぎて両手から溢れていく。そんな気がして堪らなくなった。

 だから、これだけは言うまいと心に決めていた言葉を、あっさり口にしてしまったのだ。


「お前は、『壁の毒花』と言われておるんだぞ」


(ああ、なぜ抑えられぬ。言ってはいけないと思っていたのに)


 出るに任せた暴言なのに、全くスッキリしない。

 しないどころか、マリーアは、その瞳孔を開いて口元でうっすら笑みを浮かべた。

 私がたじろぎ、手を離すと娘は言った。


「そうでしょうね」


 あまりにも強烈な光景に、私は無言で部屋を立ち去った。


(胸焼けがする)


 人は理解の及ばないことがあると、全く別のことを思考するらしい。防衛本能というやつだろうか。

 娘の部屋の前に張り付いていた幾人もの侍女達がおろおろしているので、「仕事に戻れ」と言って、私も今日中に片付けなければならぬ書類の束を思い出して書斎に向かった。

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