永遠に愛しているから
「おはよう、マリーア」
「……ん、」
小鳥の囀りと、柔らかな日差し。
甘えるようなリシュエルの声で目が覚めた。
「ごめんなさい、すっかり遅くまで寝てしまったみたいで…」
「マリーアの都合がつくなら、これから出掛けないか?」
「いえ、今日はサモワがお休みのはずだから、私も一日空いているけれど…」
私は二年ほど前から、ハーブや花の色素などを使った化粧品を、サモワと共に販売している。
流行は、厚化粧からナチュラルメイクに切り替わりつつあった。
お陰様で、ここ最近は忙しくさせてもらっている。
「リシュエル、お仕事は?今日はお休みだったかしら」
「うん、昨日思いついてね。予定を先送りにしたんだ。この子に会える日が近づいてきたから、今のうちに二人で出かけたくて」
「…良いの?その、あんまり遠出はできないわよ?」
大きなお腹をさする私を、愛おしそうに見つめてくれる。
私をゆっくりと撫でてから「分かっているさ」と言った。
(リシュエルは多分、私を気遣ってくれているのだわ)
心休まることを提案してくれたリシュエルに感謝しつつ、起き上がって頷いた。
「君も。おはよう」
お腹に口付けするリシュエルの顔つきは、以前と比べようもないほど穏やかだ。
「…不思議ね」
「どうしたんだ?俺が休暇を取るのがそんなに珍しい?」
「ううん。貴方との時間が交差した先に、こんなに素敵な瞬間があるなんて」
「まだベッドから離れていないのに…一日はこれから始まるんだぞ」
「ふふ、そうだったわね」
リシュエルは、「さあ、着替えておいで」と言っておでこにくちづけしてくれた。
(甘い…)
こんなに甘すぎる日々が、私の人生に訪れるなんて、ダステムと婚約していた頃は信じられなかった。
ワンピースに着替えると、いつものようにリーンが化粧を施してくれる。
「よかったですね、たまには息抜きが必要ですから」
「もうすぐ産まれるからあまり遠出はできないけれどね」
「…リシュエル様って、すごく子煩悩になりそうですよね」
「ははは」
リーンは最近結婚した。相手はあのキースである。なんでも、レベットに連れ去られた事件の後、お互いを意識し始めたのだとか。
「本当に…人生って何が起こるか分からないわ」
「…マリーア様の顔つきが変わられましたもの」
「え?」
「あ、悪い意味ではなくて…。なんだか、すごく自信に満ち溢れていらっしゃるというか」
私は胸に両手を当てた。
間違いなく言える。今、私は誰よりも幸せであると。それだけで、強くいられるのだ。
「…口紅はどうされますか?」
「そうね、これを…」
久しぶりのデートだからと、結婚式で使ったお気に入りの口紅を使ってもらった。
リシュエルが連れてきてくれたのは、求婚してくれたあの丘の上だった。
「時々ここに、こうして連れてきてくれるでしょう?私、それがとても嬉しいの」
「生涯の約束を二つ、ここでしたんだから当たり前だ」
「ふたつ?」
「君を生涯愛し抜くということと、時折ここに連れてくるということ」
「ふふっ、ありがとう。…私ね、この場所が好きと言うのもあるけれど…こうやって約束を果たしてくれるのが嬉しいのよ」
私を抱き寄せて、くちづけすると蕩けきった瞳でリシュエルは言った。
「約束は、好きだ。君との想い出の断片を、いつでもこうしてなぞる事ができる」
「リシュエル…」
「君との約束を数えて暮らすことが、俺の幸せだからな」
「…貴方のそんな言葉にどれだけ励まされたでしょう」
「マリーア?泣いているのか?」
気がつけば頬を伝う涙に「本当だわ」と言って笑った。
「私、やっと自分のことを自信を持って誇らしいと思えるわ。貴方のおかげよ、リシュエル」
最大限笑って言ったつもりなのに、リシュエルまでなぜか涙をはらはら落としている。
「…君を励まし続けていたつもりだが…いつの間にか俺も君に励まされているんだな」
「まあ!私がリシュエルの力になれているのなら、これ以上嬉しいことはないわ」
「君を閉じ込めて、ずっとこの腕で守りたいと思っていた。けれど、君は立派にも事業展開してこのシューリムにも豊かさを齎してくれているんだから」
「わざわざここまで化粧品を買いに来る王都のご令嬢達も、あの厚化粧の違和感をちゃんと感じていたということよ」
「君が売るからみんな欲しいんだろう」
ふるふる、と首を振った。だって、何もかも全てのきっかけが貴方だから。
「それだって、結婚式で使った口紅がきっかけよ。あれは貴方がサモワに作らせたものでしょう?」
「っっっ!…気付いていたのか?」
「だっておかしいじゃない。口紅だけは用意するななんて」
「…もし使ってくれなかったらと思うと、なかなかプレゼントしづらくてだな」
初めて薔薇の色素で作られたという、淡いピンクの口紅を唇に滑らせた時、新しい自分に出会えた気がした。
「君が、ベール越しにあの口紅をしてくれているのが見えて、どんなに嬉しかっただろうか」
「普通にプレゼントしてくれれば良いのに」
「不器用ですまないな。けれど、時折つけてくれているのを見ると、恋が実った日を思い出す。今日もつけているんだね、すごく似合っている」
「お気に入りだから」
優しく暖かな風が吹く。
次にここへ来る時は、三人で来るのだろう。
「何回でもここに来よう、マリーアを愛し続けている証に」
「何度も貴方と来るわ、リシュエルを永遠に愛しているから」
一番素敵な場所で交わしたくちづけに、心を溶かされた。
丘の上から見えるシューリムは、今日も金色の稲穂を揺らしている。
私は、この地で貴方と生きていく。
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