三年後
月日はあっという間に過ぎていく。
気がつけば三年の月日が経っていた。
寝たきりだった祖父が亡くなり、祖母は自分が誰かすらも忘れてしまった。
私はシューリムに嫁いだ以上、ホーネスト家へ毎日訪ねている。
声をかけても反応のない祖母に心を痛めるのにも慣れてしまっていた。
「…お祖母様、私またお祖母様のレモンクッキーが食べたいわ」
「……」
口を開けて呆けている祖母は、それでも聴覚は生きていると言うのでこうやって毎日語りかけている。
「これ、ハイデンロー家の庭で育てた薔薇よ。花瓶に飾っておくわね」
窓際に花瓶を置いたけれど、祖母の視線は花ではなくどこか遠くを見ているようだった。
「…レモンクッキーは、マリーの好物でね」
ぽつりと呟いた祖母の言葉に驚き、慌ててロッキングチェアに縋った。
「お祖母様、今なんと!?」
「…今日はマリーのためにレモンクッキーを作ろうかしら」
「お、お祖母様…?だ、誰か!誰か来て!!」
そうして使用人達がばたばたと駆けてくると、生き返ったように輝いた瞳で祖母は言った。
「レモンクッキーを作るわ、貴方達、手伝ってちょうだい」
祖母が生き生きとお菓子作りを始めた。私はレモンの皮を擦りおろすのを手伝ったし、一緒に来ていたリーンは美味しい紅茶の用意を始めた。
焼き上がりを待つ時間、美味しそうなレモンの香りが屋敷中に広がった。
(ああ、懐かしい匂い…ホーネスト家の匂いだ)
私は少し泣いてしまいそうになりながら、オーブンからクッキーを取り出す祖母の後ろ姿を追いかけた。
「まあ!美味しそうに焼けたわ!食べるのが楽しみ…」
「今日、孫娘のマリーがうちに来るのよ」
「…え?」
「孫娘は、私が作るレモンクッキーが大好物でね」
がちゃん、とリーンが紅茶のポットを落とす音が響く。
静まり返った厨房で、「すみません、すぐ片付けます」と慌てたように言ったのはリーンだと思う。
「お、お祖母様?マリーは私…」
「ああ、いつ到着するかしらね?王都から随分長い道のりだから」
「……そう、そうですね。もうすぐ来ますよ」
「そうだと良いけどねぇ」
「ええ、きっとすぐだわ」
私と祖母の会話はそれが最後だった。
「シューリムが変わっていくようだわ」
祖母の葬儀が落ち着いた夜、リシュエルにそんなことを呟いた。
彼は私を後ろから包み込む。
「…変わるさ。君も、変わったろう?」
「そうね」
「だが命は確かに繋がっていく、それだけは変わらない」
大きく膨らんだ私のお腹を撫でながら、リシュエルは私に唇を寄せた。
「君のこと、ずっと変わらず美しいと思っていた。けれど、間違いなく今の君が一番綺麗だ」
「リシュエルったら」
「愛しい気持ちに上限がないことも知った」
「…私もよ。貴方が可愛くて堪らないの、おかしいかしら?」
「おかしくなどないさ。そうか、俺は可愛いのか。ははは!」
リシュエルは、すっかり頭痛が治ってしまって穏やかな生活を送っている。
ラムネ菓子をこっそり補充していたヤイルは高齢のため、今は故郷に戻って家族の元で暮らしている。
止めさせても、瓶にラムネ菓子を入れようとするので、朝には瓶をすっかり空にしなければならないと彼の息子がぼやいていた。
『毎日決まった時間にラムネ菓子を入れると、ホッとするみたいです。本人はなぜそれをしているのか覚えていないのですが…』
リシュエルは私をベッドまで運ぶと、髪の毛に優しくくちづけを落とした。
「今日は疲れたろう?もうおやすみ」
「ありがとう」
私が深い眠りに落ちるまで、優しい手は私を安心させてくれた。
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