新しい門出に(マリーア視点)
今日、私はシューリムへ嫁ぐ。
結局、結婚式は王都ではなくシューリムで挙げることになった。
『せっかくなら、お互い晴れ姿で王都を経たないか?』
リシュエルのその提案に、『それ、とっても素敵だわ!』と言って了承した。
…のだが……。
「大丈夫か、マリーア!」
「ううぅ…ドレスを着て、遠距離の移動をするのは慣れていると思ったのだけれど…」
「ああ…後ろのリボンを潰すまいと気を使ったのか」
「こ、腰が…」
「それはいけない。少し休もう」
丁度川沿いを走っているところだった。
御者は馬に水を飲ませ、使用人たちもそれぞれ伸びをしたりして休憩に入った。
「ほら、こんなこともあろうかと思って」
リシュエルが差し出したのは、王都の喫茶店で買ったらしいスコーンだった。
「まあ!このスコーン、大好きなのよ」
「すまない、チョコチップのは売り切れていて、メープルなんとかいうやつなんだけど」
「嬉しいわ。メープルも大好きだもの。…うん!とっても美味しい!貴方も食べる?」
「ん」
川辺に腰を下ろしたリシュエルは、差し出したスコーンを遠慮がちに一口齧ってから「うん。うまい」と言った。
それがなんだかとっても微笑ましくて思わず、笑ってしまいそうになる。
残りを頬張ると、リシュエルから「甘いものを食べるスピード、どうなっているんだ」と言われてしまった。
「良いのよ、好きなんだから」
「へえ?俺は好きなものはゆっくり味わいたいけどな」
「?そうなの」
「つまり君を誘っているんだ」
「っっっ!な、な、」
「ははは!」
「もう、揶揄わないでちょうだい!」
ふんわりしたパニエのせいでしゃがみ込むことができない。赤面を誤魔化すために、せめて素足を川に浸すことにした。
「あら!ねえ、リシュエル、すごく気持ちいいわ!」
「…もう春も終わるからな」
「そうね。あら、なあに?」
リシュエルが急に私を抱き上げて川から引き上げたので、どうしたのかと顔を見つめる。
「ん?あんまり綺麗だから、隠してしまいたくて」
「おかしなリシュエル。何から隠すというの?」
「ほら。あれ」
「…ああ、そういえば、橋を渡す工事をしているのだったわね。あそこがそうなのね」
「橋が架かれば、王都からシューリムへの移動時間は格段に早くなる。川を大きく迂回しなければならないからな」
どうやらリシュエルは、遠くで作業をしている奴隷達から私を隠そうとしているらしかった。
「でも一体、なぜ引き上げるの?」
「良いから」
はたと気がつく。一人の視線。
なぜか、私に向けて懐かしいものを見つけたような顔でやおら近づいてくる奴隷がいた。
私はよく分からなくて首を傾げる。なんとか曖昧な笑顔を作ったけれど、本心はただ困惑しているだけだ。
「やめろ。気にするな」
リシュエルは、裸足の私を抱き上げたまま、しばらくその奴隷を睨みつけて馬車へと戻った。
「…知っている人?」
「さあな」
ガタン、と音を立てて馬車が走り出す。次に王都に来る時には、橋が架かっているだろう。
玻璃の向こう側で、先ほどの奴隷がまだこっちを見ている。よたつく足で必死に歩いて、手を伸ばしている。
馬車はそんな彼を気にも止めず走ってゆく。
彼が、がくりと膝をついた瞬間、玻璃のフレームから消えてしまった。
「私に何か用だったのかしら?」
「用などあるわけないじゃないか」
リシュエルはぽそりと「失ったものの大きさを知って絶望しただけだ。もう二度と手に入らない過去の幻を見てしまったんだ」そう付け加えた。ほとんど聞こえなかったけれど。
「今日ほど気候の良い日はないな」
「ええ。なんだか新しい門出を、世界が祝福してくれているみたいで嬉しいわ」
「当たり前だろう?他でもない、君が主役の日なんだから。俺が神ならそうする」
「…リシュエルが神様なら、今頃世界が大混乱よ」
「ははは!そうだな、俺は思い切り選り好みするだろうからな!…まあ、俺は神なんかじゃないけど、俺の世界で君が一番幸せならそれで良い」
「それならリシュエルの願いはずっと叶い続けるわ。私、世界で一番幸せだもの。…貴方と初めて会った、あの日からよ」
どちらからとなく自然に笑顔が溢れる。リシュエルの目の端に涙が滲んでいた。
暖かな春の終わり。
柔らかな日差しに包まれて口づけを交わした。
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