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俺の婚約者だ(リシュエル視点)

「っっっ!!!」


 現れたマリーアの姿に驚き、サロンにざわめきが広がっていく。


「マリーア嬢が…サプライズ?」「まさか二人が結婚を?」「きっとそうだわ」「あら?でも、建国祭でレベットの求婚を断っていたわよね」


 様々な憶測が飛び交う中、マリーアは小綺麗にしているものの疲れた表情で呆然と前を向いている。


(俺には気づいていない、か?)


 ばちり、と虚な視線が伊達眼鏡越しに絡んだ。

 マリーアは左の口角を僅かに痙攣させた。


「マリーア様は気が付いていないご様子…。この変装のせいですかね?まあ、これだけ人が招かれていたら気が付かないか…」

「…いや、」

「リ…ベルナルド様?」

「マリーアは俺たちに気がついた」

「え?」

「しかし…」


(どうする?このまま取り返すか?)


 焦りから判断を誤ってはいけない。マリーアは再び俺の目を見た。今度は力強い眼差しだった。

 彼女は、ほとんどの人が気付かぬほど微かに首を横に振った。


 周りを見渡す。

 シャンパンやワイン、軽食や様々なケーキに、レベットへの贈り物の数々。

 使用人は淡々と給仕を行うだけだ。


(特に…危険なものもなさそうだ。レベットは…)


 マリーアの肩を抱くレベットの手には、水指。


 何をする気だと思うより早く、あれをマリーアにかけるつもりだと気がついた。

 ぐっと息を飲み込んで、マリーアの意思を信じる。


(なるほど、そういうことか。…ならば、俺はこの行く末を見守るのみ、だ)


 気がついた時には、レベットはとても愉快な声でこう言った。


「今日集まった皆様に、特別に面白いものをお見せしましょう!」


(…マリーア!!)


「王都の男達を、この美貌で翻弄させた魔性の女、マリーア・トノール。その素顔は、二目と見れぬ醜女だ!」


 ぐいと顎を掴まれたマリーアの顔に、さらさらと水指の水が流れていく。

 レベットはあろうことか、マリーアの髪を掴み、タオルで彼女の柔肌をごしごしと拭った。


「さあ、このタオルを取り去る。見る勇気ある者は見よ!」


 周囲は「きゃあ」だの「わあ」だの尤もらしい悲鳴が上がるが、誰一人としてその目を伏せる者はいない。

 皆好奇の目で、その布切れが落ちるのを見た。


「……は?」


 レベットは狂気の声が上がるをの期待しているのだろう。顎を突き上げ、笑顔でその瞬間を待っている様だった。


「…おい、何が醜女なんだ?」「ひとつも変わっていないが…」「レベット!お前どうしちゃったんだよ」


 会場中に動揺が広がっていく。主旨が掴めないと言うふうに呆れて両手を上げる紳士と、眉を顰める令嬢。


「え?いや、この顔を見ろよ!ほら、こんなに醜い……」


 マリーアの顔を覗き込んだレベットは拍子抜けしたように、「あれ?」と言った。

 おもいきり間抜けな面で、何度も何度もマリーアの顔面を眺めている。

 漸くまずいと思ったのか「ははっ」と言ったが、会場中の冷めた空気感を好転することは難しいだろう。

 マリーアは虚げな瞳でしおらしく振る舞うのをやめ、強い視線でレベットを射抜いた。


「…そろそろ良いでしょうか?レベット殿」

「あ、あえ…?いや、お前は確かにあの時酷い痕があっただろう!!なるほどそうか、水などでは落ちぬ厚化粧を施しているのだな!?」

「もう、その辺にしたらいかがでしょうか?訳もわからず突然連れ去られて、ベッドも与えられず、昨晩から拘束されているのですよ?そろそろ帰してください」

「っっっ!!!!」


 初めて自分のしでかしたことに気がついたらしい。大きな口を開けてわなわなと震えている。


「昨晩から拘束?」「ベッドも与えられなかったって…」「それって…誘拐したってこと?」「え?このためだけに?」「何がしたいの?」「さあ…?」


 レベットは思い切り動揺して、くるくると周囲を見渡した。

 何かにハッと気がついてマリーアにぼそぼそと耳打ちすると、自信満々で両手を大きく広げた。恐らく話を合わせろとでも言ったのだろう。


「わ、私たちは婚約したのです!婚約者であるマリーア嬢がカシリオン邸で過ごして何が悪いことがありましょうか。妙な感じになりましたが、きょ、今日はこうして婚約者を紹介したまで…!」


 マリーアは思い切り目を細めて「何言ってんだこいつ」という風にレベットを見ている。


 周囲は「そうなの?」「紹介?あれが?」「どうしたんだ、レベット」と不思議がる声しか上がらない。


(君が自分でどうにかするつもりだったのかもしれないが…)


「リシュ…ベルナルド様!」


 伊達眼鏡を取り去る。帽子を投げ捨てる。地味なジャケットを脱ぎ捨てる。

 撫で付けていた髪を、ぐしゃくしゃと下ろし、二人の元に大股で近づいた。

 最後に、付け髭をレベットの鼻の下に貼り付ける。


「あ?誰だおま」


 レベットが間抜けな視線を向けた時、思い切りその頬を殴りつけた。


「っっっ!!」

「悪いマリーア。我慢できなくて」

「くそ!!誰だお前!イカレてんじゃねぇのか!?」

「…お前がマリーアの婚約者だと?ふざけたことを言うな」

「は、はあ!!?」

「自己紹介が遅れたな。俺はマリーア・トノールの婚約者、リシュエル・ハイデンローだ」

「お、おい、誰かこいつを取り押さえろ!!!……え?婚約者?ハ、ハイデンローって…え?」


 頬を押さえて蹲るレベットの間抜け面を、しゃがみ込んで見下ろした。


「俺はただ、自分の婚約者を誘拐した誘拐犯を殴っただけだが?」

「そ、そんな…誘拐なんて大袈裟な…」

「昨日、夕方ごろ、俺はマリーアと一緒に結婚式の準備のためにあちこちを回っていたんだが…一緒にいたはずのマリーアが忽然と姿を消した。なぜだと思う?」

「そんなの知らな…」

「それでなぜか、マリーアは帰宅もせずカシリオン邸でお前の婚約者として紹介されているのだが?」

「そ、それは……だから…」


 使用人達もただ呆れて、主人を助ける者もいない。


「そ、そんなつもりは、なく…ただ……」

「ただ、なんだ?俺はこのままお前を然るべき場所に突き出すだけだが?」


 レベットは気絶のふりをしたが、構わずその頭を踏みつけた。

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