一番安いウェディングドレスを
「花嫁様の衣装は、このようなマーメイドタイプが今の流行ですが、いかがでしょう?特に、このようにパールをふんだんにあしらったものなど、とてもお似合いになるかと」
「そう…ですね」
ダステムの視線が刺さる。一刻も早く帰りたかった。
『どうせお前が何を着たって地味がかえって拗れるだけだ。適当に安い既製品を選んでくれよ』
馬車で何度も何度も繰り返された言葉が頭を反響する。
『本当は色々と勧めたい気持ちはあるんだぞ?だけど、な。分かるだろう?』
ああなるほど、と目を閉じて噛み砕いた。
私の前に素晴らしい質の絹で作られた、袖が特徴的なドレスが広げられた。
「こちらのパフスリーブタイプは、マリーア様によくお似合いだと思います」
それはどうやら新作らしかった。私がこれにしたいなどと言ったら一体どうなるだろう、と思う。
私が何かを言う前に、ダステムがぽんと手を打った。
「良いじゃないか!マリーア。君にとてもよく似合いそうだ」
「そう、かしら」
「せっかく来たのだから一度くらい試着したら良いじゃないか」
「いえ、私には似合わないわよ」
「どうしたんだ、むくれて。そんなに好みじゃないのかい?それとも、機嫌が悪いのかい?」
なんだこの茶番は、と心底思う。
デザイナーの女性は戸惑ったように微笑むと「先に採寸をされますか?」と問うた。
「そうだ、そうしたら良いじゃないか」
ダステムの表情は硬い。私はその意図を汲み取った。本当は素晴らしいドレスを花嫁のために誂えたいけれど、私が文句ばかり垂れている格好で、適当に安い金額で納めたいというわけだ。
「そうさせていただくわ。けれど、オーダーメイドではなく、既製品で充分よ」
「なぜそんなことを言うんだい?折角の二人の結婚式じゃないか!」
両手をオーバーに広げて、眉根を下げているダステムは、全て知っている私からすれば大変滑稽に映った。
「良いのよ、本当に」
「マリーア…。君はトノール家の令嬢なんだぞ?まるでこの店ではオーダーしたくないみたいじゃないか。その態度は店にも失礼だ」
デザイナーの女性は、私に気づかれないと思ったらしい、視線を外して軽いため息をついている。
(こんなことに、なんの意味があるんだろう)
「何があったのか知らないが…。まさか、この店のデザインそのものが気に入らないのかい?」
ギョッとする。いくらなんでも言い過ぎである。デザイナーの女性もいい加減頭に来たらしい、オーダー表をパタリと閉じて言った。
「…宜しければ、他のデザイナーの店もご覧になってから決められたらいかがでしょうか?」
その言葉に、ダステムは少し慌てたように「いえ!」と言った。
「そろそろドレスを決めないといけない…。マリーア、君もそれは分かっているだろう?いつまでも『自分の望む最高のドレスを』なんて言っていられなくなってきたぞ」
私は「そんなもの」と言いかけたけれど、デザイナーの女性が先に問うた。
「それはどんなデザインなのでしょう?」
「さあ?彼女の中にだけ漠然とあるもので、それをどうにか形にして欲しいみたいです。とはいえ結婚式までもう日にちもない。ギリギリになって駆け込んでいるにはそういう理由があるのですよ」
勿論そんなものはない。よくもまあ、次から次へと嘘がぺらぺらと口から出てくるなと感心するくらいだ。
そろそろドレスを決めなければならないと言っているのに、『まだ何ヶ月も先なんだ、大丈夫だろ。それとも何か?全て決めてしまわないと、僕が君の前から去ってしまいそうで怖いのか?』などと言っていたのは他ならぬダステムである。
お陰でこんなにギリギリになって駆け込んでいるのだ。それなのに、今朝ダステムから「日にちもないのに、要領が悪すぎる」と叱責されたばかりだ。
デザイナーの女性は困ったように微笑んでから「確かに…」と言った。
「今からオーダーメイドとなると…仕上げるのが厳しいかもしれません」
「だそうだ、マリーア。諦めなさい」
この言葉が合図だった。ダステムから「そう言うように」指示された言葉が、頭で考えることもなく殆ど反射で口から滑った。
「もう、あの一番安いものでいいわ」
力なくそう言うと、ダステムの目が生き生きと輝いた。
「マリーア!君は……!そんなに自分の望むドレスをオーダーメイドできないことが不満なのか!?」
「どれを着ても一緒だわ」
「……っっっ。僕は、君に喜んで欲しいだけなのに」
冷ややかな視線を感じる。店の奥から、カーテン越しに店員達が私たちの様子を覗いていた。
ひそひそと話し声が聞こえてくるが、内容まではわからない。いずれ私の悪口に違いないのだけれど。
私はもう何も答えることができない。一刻も早くこの場から逃げたい、それだけが今の全てだった。
ダステムは嬉々として叫ぶ。
「彼女のわがままを聞いてあげられない僕が悪いのだ!日にちもないから背に腹はかえられぬ…どうか気を悪くせず、その一番安いドレスを頂きたい」
変に謙って、むしろ滑稽である。
デザイナーの女性は「わかりました」と言うより他なかった。
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