それではお見せしましょう(後半、リシュエル視点)
ベッドも椅子もクッションもない部屋で横になるのは難しく、膝を抱えて床に細く線を引く月明かりを眺めた。
逃げ出すことのできない格子の嵌った窓、鍵のかかった扉。
繋がれた鎖。
「どういうつもりなのよ…」
レベットは「明日の誕生日パーティーでサプライズを仕掛けたい」と言った。
そう言うからには誕生日パーティーと私は無関係ではないはずだ。けれど、そこに私がどう関係してくるのかは未知数である。
(全く話が見えない)
「まあ、わざわざ言うわけもないわね」
こつんこつん
鳥が玻璃を突いているような音がする。ふと目線をやって驚いた。
「マリーア」
格子と格子の隙間から、手を上げている人がある。闇に紛れて、けれど月明かりがまるで舞台装置のようにその人を照らした。
「っっっ!!!リシュッッ!!」
思わず大声をあげそうになって慌てて両手で口を塞いだ。
「どうしてここが?」
「今は時間がない。そんなことより、君に伝えたいことがある」
玻璃越しのくぐもった声が、震えていた。
愛しい人がすぐそこにいるのに、触れ合えない切なさが込み上げて、鎖を引きずり窓辺に顔を寄せる。
「…良く、聞いて。マリーア」
こくこくと頷くと、今にも泣き出しそうな顔になったリシュエルは、ハッと気がついて俯いた。
ギリッと歯を食いしばる音が聞こえる。顔を上げたリシュエルは、繕った笑顔で必死に耐えていた。
「良いかいマリーア、今すぐ君をここから連れ去るのは、難しい」
「理解しているわ」
屋敷の最奥にある、堅牢なこの部屋。外から格子や窓を破るには、静かすぎる深夜において難しいだろう。ましてや、訪ねたところで家探しのような真似はさせてくれまい。
(もしこの窓から私の存在を指し示して、ヤケを起こされたら?)
悪い想像は尽きない。
「正直に答えて。何かされていない?」
「何も。怖いくらいに何もされていないわ」
「レベットは何か言っていたか?」
「明日の誕生日パーティーでサプライズを仕掛けたいと…」
リシュエルは「やはり」と言って少し考える様な仕草を見せると、再び私に強い視線を向けた。
「明日、俺は誕生日パーティーに忍び込む。そこで君の安全が確認できたら、君を救出する」
「っっ…どうか、無理はしないで」
「…寒くないかい?」
「平気よ…」
リシュエルは、私が嘘をついていることを見抜いている。
けれど、それを追求することはできないだろう。追求したところで、どうにもできないのだから。
「ご覧。あそこに高い木が見えるだろう?」
あれは何の木だろう。ほとんど葉っぱが落ちている。
「丁度屋敷の塀の際に立っているんだ。我々はパーティーが始まるまで、屋敷を出る。キースと二人で、あの木の下あたりで朝を待つ」
「やだ…リシュエルッ」
「大丈夫、今奴は夢の中だ。恐らくこのまま何かされることは…」
「違うの、お願いだから外で夜を明かすなんてこと、しないで。うちへ戻って」
「…マリーア」
リシュエルは何度も「それは無理だ、できるわけがない」と繰り返した。
「今、一番君を近くに感じられる場所が、俺が一番安らげる場所なんだよ。頼むから…帰れなんて言うな」
「…わかったわ。けれど、気をつけて」
彼が私の名を呼びかけた時、「見回りが来ます、早く」とキースの声がした。
「…すまない、そろそろ行かなければ」
「あっ……」
「必ず助ける」
玻璃越しにお互いの手を合わせて、くちづけを交わした。
冷たい感触が、この一枚の隔たりを残酷に刻みつける。
リシュエルは長い前髪で表情を隠したまま去って行ってしまった。
(夜ってこんなに長いのね)
朝がくれば、きっとリシュエルが助けてくれる。
何度も何度も枯れ木を見ては、愛しい人を想った。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「本当に大丈夫なんですか!?リシュエル様っ!」
「ここではベルナルドだ。ランドーくん」
「な、慣れないです…」
「ここにいる間だけの話だ。慣れるより、適応しろ、キース」
「はい、ベルナルド男爵…」
カシリオン邸の使用人から「あんな人いたかな」という顔を向けられたが、にこやかに笑って見せる。優雅な所作でシャンパンを受け取って見せる。人を騙すときは堂々と。
(思った通り、人が多い)
さっさと紛れて仕舞えば良い。
「…ベルナルド様、この変な眼鏡、前が見えにくいんですが…」
「絶対に取るな。俺だって我慢してるんだ。レベットには顔が割れているからな…」
「うう…」
やがて今日の主役である、レベットが「やあやあ」と大袈裟に登場した。
「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。…さて、集まって頂いたささやかなお返しに、私から皆さんへプレゼントがございます」
会場はわあわあと大盛り上がりだ。あちこちから「何か貰えるのかしら」「どんなことがあるのだろう」といろんな声が飛び交った。
「それでは、お見せしましょう。マリーア・トノール嬢です」
皆ぽかんと口を開けて、静まり返った。
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