焦り(リシュエル視点)
「っっ!!!なんてこと…!!!」
「旦那様、奥様、私がついていながら…た、大変申し訳ありません!!」
リーンは、泥で汚れた仕事着のまま、床に伏して何度も何度も謝っている。
それは、三時間前に遡る。
『化粧道具一つとっても、いろんな色や形があるのねえ』
『ええ、例えばこの筆は眉毛を描くもの、こちらはアイシャドウのグラデーションを作るブレンディングブラシ等、様々です』
『で、でもブラシはもう持っているでしょう?わざわざ買わなくても…』
『いえ!嫁入り道具としてこの際新調しませんか!?』
俺はせっかく買うのなら、形の可愛いものや、入れ物にこだわったものが良いのではないかと思っていた。
(意外と同じようなシンプルな見た目のものばかりだな)
『じゅ、充分じゃない?今日はほら、アイシャドウとか口紅とかそういうものを…』
マリーアがそんなことを言ったので『それはダメだ!』と焦った。
『あら?なぜ?』
『え、えっと…えっとだな…とにかく口紅だけは駄目だ』
『???リシュエル…私が口紅をしているのは嫌?』
『嫌じゃないし、むしろすごく似合っているんだが、今日は駄目だ』
結局、思ったようなものが揃わず、次の店に行こうとした時だった。
どこからか転がって来たオレンジに全員が気を取られた。我々はいくつかそれを拾って、落とし主の少年にそれぞれが渡して顔を上げる。
『…マリーア?』
マリーアの姿が忽然と消えていた。
(広場中探し回った。それでもマリーアの姿は見つからなかった…)
汚れたジャケットを、キースが受け取った。彼自身も砂ぼこりだらけである。
俺はぎゅっと目を瞑って膝をつくと、そのまま頭を床に擦り付けた。
「…スカイラー殿、フェリア殿、俺が連れ出したばかりに…!!申し訳ありません」
「リシュエル殿…!!」
「マリーアは必ず見つけ出します。必ず」
「…本当に、約束できるのか?」
「当たり前です。見つからなかったなどという報告はしません。見つかるまで休むつもりもありません」
「…そこまで…いや、今日は休んで明日また探そう。私も娘が行きそうなところを見て回る」
「いえ。マリーアが危険な目に遭っているかもしれないと言うのに、俺だけ休むことなど、できない」
「リシュエル殿!!どこへ……」
キースはトノール夫妻に頭を下げると、俺の後に続いた。
「わ、私も!」
リーンが駆け寄って来たが、それはキースが制した。
「ハイデンロー家の名にかけて、必ず探し出します。リーン、貴方はその汚れを落として再会のための準備を」
「キース……」
扉を開ける俺に、トノール伯爵が声をかけた。
「あては、あるのか?」
「…先ほどマリーアを探していて、有力な情報を得ました」
マリーアのドレスの採寸を待っていた時、たまたま居合わせた令嬢が、新調するドレスの用途をポロリと溢したのを思い出したのである。
トノール伯爵に向き直る。対峙した俺と伯爵の間には緊張感とは別に、確かな信頼を感じることができた。
「マリーアに求婚した者が、明日誕生日パーティーを開くそうです」
「求婚、した者?ダステムなら牢の中……」
「いいえ。彼ではありません。マリーアに見当違いな悪意を向ける者が一人、思い当たります」
「な、それは…」
俺は怒りでどうにかなってしまいそうになりながら、再び扉に手をかけた。
「…俺の花嫁を攫った罪を、どうやって思い知らせてやろうか…今から考えております」
外に出ると、すっかり日が暮れていて、夜空には煌びやかな星が無数に縫い付けてあるようだった。
(今夜は冷え込みそうだ)
「門を出たらすぐら右に」
馬車は目立つ。徒歩で行くことになるが、俺には土地勘がない。トノール夫妻に報告している時、キースが下調べしてくれていたのだ。
(マリーア、すぐに行く)
不思議と頭痛は起こらなかった。
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