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悔しくて

 王都へ出立する日、私は最近両脇に分けていた前髪をアップにしてみることにした。

 鏡に映り込んだ、少しだけ新しい私。鏡面にそっと触れてみる。


(ハイデンロー邸の侍女も皆化粧が上手…薄くなった痕も、綺麗に隠れているわ)


 馬車に乗り込むと、リシュエルはさっそく私の変化に気がついてくれた。


「懐かしいな、君がそんな風に髪を上げているのは」

「ふふ、どうかしら?」

「うん、自信が戻ってきたようで俺も嬉しい」

「それが実はね、サモワが…」


 ガッタンと音がして馬車が走り出した。

 思わず一瞬息が止まってしまう。

 リシュエルは笑いながら「サモワが、何?」と問うた。


「ああ、サモワが上げている方が似合うのじゃないかって。私もなんだかお転婆だった頃を思い出して…」

「…なんで?最近髪を分けているなと思ったけれど…」

「なんでって…似合わなかったかしら」

「そうじゃない。サモワが言ったから前髪をアップに?」

「えっと…?」


 リシュエルはそれから、王都に着くまでブスッとムスッとして、何も話してくれなくなってしまった。


(どうしよう…)


 王都についたら、喫茶店で一息入れようなんて話をしていたのに、お店に入ってもメニューを見ようともしない。


(なんなよ!)


 私はだんだん腹が立ってきて、ウェイトレスを呼ぶとさっさと自分の分だけ注文してしまった。


「リシュエル?貴方、注文しなくて本当に良いの?」

「…食欲が湧かない」

「あら!それは大変だわ!どこか具合が悪いの?」

「違う、そうじゃなくて…」

「ならどうして?」


 うう、とかああ、とか言って机に突っ伏すと「俺はどうしてこうなんだ」と落ち込んでいる。

 私は運ばれてきたクリームの乗ったワッフルを一口に切りながら「まあ!」と驚いて見せた。


「大変だわ!こんな…こんなものが入っているなんて」

「え?」


 パッと顔を上げたリシュエルの口に、ワッフルを詰め込んだ。


「っっっ!」

「すごいわ、チョコレートのクリームにオレンジが乗っているのよ、絶対に美味しいからぜひ食べてみて欲しいわ」


 顔を真っ赤にしたリシュエルは、口元を片手で隠して「うまい」とだけ言った。

 私はそれがあんまり可愛くて、唇についたクリームをナプキンで拭き取ってあげる。


「…どう?気持ちは少し落ち着いたかしら?空腹は喧嘩の大敵よ」

「確かに、そうだな…」


 リシュエルは、コーヒーとドリアを注文すると「甘いものばかりじゃなくて、ちゃんと栄養をとった方がいい」と言った。


「提案だ、君のワッフルと俺のドリアを半分こにしようじゃないか」

「あら!それは素敵だわ!ドリアにしようか迷ったのよ」


 ふふ、と笑った私に、リシュエルはまた顔を赤くして顔を覆っている。


「……悔しくて」

「え?」

「君は、前髪を上げても可愛いのなんて、とっくに知っていたのに!サモワに先を越されたようで、悔しかったんだっ!」

「な、なに…それ…?」

「ああ、もう!つまらない嫉妬だっ!!」


 顔を真っ赤にしたまま、そっぽを向いているリシュエルの頬に、冷たいカフェオレで冷えた両手を当ててみた。


「っっ!……ごめん」

「いいわ、理由が知れたから」


 私の手のひらにくちづけすると、リシュエルはいつものように意地悪な笑みを向ける。


「あ、あの……アイスコーヒーとドリア…お持ちしたのですが……」


 ウェイトレスが私たちが座るテーブルの横で困っていた。


「あっ…」


 私たちは慌てて手を引っ込めると俯いて、ウェイトレスが去っていくのを待つことしかできなかった。

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