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髪を拭く手

 湯浴みを済ませて、あてがわれた部屋に戻った。


 浴槽には色んなハーブが浮いていて、色んな色と匂いが混ざって異様な存在感を放っていた。始めは躊躇したけれど、入ってみると肌がすべすべとして心地よかったので驚いた。


(あのお湯もきっとサモワが用意したハーブが使われているのよね)


 いつになく長湯をしてしまい、ポカポカした気分でドアノブを回すと、先客が「やあ」と片手を上げた。


「リシュエル!やだ、私湯上がりで…」

「…分かっている。良ければ、さっきの化粧水を君に塗っても良いかなって」

「リシュエルが?私に!?」

「そんなに驚かなくても良いだろう?いけないことか?」

「それくらい、自分で…」

「リーンがいないことで君を甘やかす絶好の機会を得たんだ」

「な、なにが楽しくて…」

「君が可愛くて堪らないと言っているんだから、そろそろ諦めてくれ」


 スツールに腰を下ろすと、小瓶から液体を手のひらに落とし、長い指でとんとんと顔に塗り広げてくれる。


「そんなにきつく目を閉じなくても…」

「だ、だって…」

「俺が今何かするかもしれないって期待している?」

「もう、変なこと言わないで」

「変?変かな。愛する人にこんなふうに尽くすことができて…くちづけの期待をされているかもしれないと思うと、こんなに幸せなことはないのに」


 親指が無防備な唇をなぞって、私の体は硬直した。

 そっと目を開けると、鼻と鼻が触れそうな距離だ。視線が絡むとリシュエルは柔らかく微笑む。


 突然コンコンとノックが鳴って、私に寝支度をしに来た侍女とバチリ目があった。

 侍女は「あらまあ!ふふ、失礼しました。ごゆっくり」と言ってにこにこしながら退出してしまった。

 思わず「待って!」と言って手を伸ばす。


「こら、なぜ俺じゃあ嫌なんだ」

「嫌とか、そういうんじゃ…ないけど、その…」


 腰をぐいと抱き寄せられて、後頭部から彼の胸に収まる。私は飛び退いた。


「ごめんなさい、髪の毛が乾いていないの」

「なら、ここにおいで」


 ベッドに座ったリシュエルが私の手を引いた。有無を言わさぬ強引さで、対抗することができない。その膝の上に腰を下ろすと、小鳥を撫でるように髪の毛を拭いてくれる。


「私、やってもらってばかりだわ。私も貴方に何かお返ししたいの」

「へえ。良いのか?覚悟はできている?」

「か、覚悟?そんなに大変な……っっ!!」


 ベッドに押し倒されて、両手を柔らかく、けれど振り解けないほどの力で押さえつけられてしまう。


「リシュ…」


 すり、と唇が頬や首筋を滑って、どうにかなってしまいそうだ。


「マリーア?」

「っっ」

「顔が赤い」

「な、長湯を…長湯をしたの…色んなハーブが入っていて…」

「ふうん。そうか、じゃあなぜ泣きそうなんだ?」

「…え?」


 リシュエルは「すまない」と言って、私を起こすと額に唇を寄せた。


「良い夢を。おやすみ」

「おやすみ、なさい」


 リシュエルが出て行った後も、彼の残滓がまだあるようでタオルをぎゅうと抱きしめた。

 おやすみだなんて言われても、当分眠れそうにない。


 額が妙に疼くのは、きっと火傷のせいではないだろう。


「…私、ばかみたい」


 鼓動が落ち着くまで、鏡台の前で熱った頬を両手で冷ますことにした。目の前の私は、リシュエルが言うようになぜか瞳が潤んでいる。

 この感情はなんと言うのかしらと思っているうちに、夜が更けていった。




 マリーアの部屋の前、ドアにもたれかかるリシュエルは、一人頭を抱えていた。余裕がない自分を世界で一番恥じている。


「なにやってんだ、俺…」

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