想い、通じる
波乱の建国祭が終わった。
ダステムは虚偽の告発をした罪に加え、様々な余罪があるものの、大怪我を負ったこともあり、裁判は彼の回復を待ってからになる。
しかし、父親のリンドーネ侯爵が爵位を剥奪されたこともあり、彼らの未来は明るいものではないはずだ。
私はといえば、「マリーアと一緒でなければシューリムには帰らない」と言い出したリシュエルを、どう説得するか悩んでいた。
朝の身支度が少しだけしんどい。冬が始まったのだ。
髪を結いながら、リーンが言う。
「なぜリシュエル様のお気持ちに応えないのですか?」
「…リーンは、その理由を分かっているはずだわ」
「それは火傷の跡、ですか」
鏡越しの自分を直視すると、動悸がする。
『その醜い顔を隠して、私たちを騙していたのだな』
建国祭が終わってからというもの、頭の中で何度も鳴り響いている。
リーンはため息をついた。
「ご覧ください、あれから二週間ほどですが、少し薄らいでいる気がしませんか」
「…リシュエルは、ご令嬢の羨望の的だわ。私などが隣にいるのは……」
「マリーア様のお気持ちはどうなのです?」
「わ、私の…気持ち?」
「失礼ですが、私、とてもイライラしております」
「え?」
「何か理由をつけてリシュエル様を遠ざけていませんか?」
「そんなこと…」
「いいえ。マリーア様はただご自分の気持ちを自覚するのが怖いだけ、そう思います」
そうだ。分かっている。
(私はただ自分の気持ちを知ってしまうのが恐ろしくてたまらない)
「…マリーア様、何度でも言います。ダステム様はもう、捕えられたのです。愛する人がいつもマリーア様を傷つけるというのは、ただの幻想なのですよ」
「ええ、そうよ。私はまた愛した人に裏切られるのが怖いの」
「リシュエル様はマリーア様をどんなに深く愛しておられるか、ご存知ないはずありません」
「そうね。私もそう思うわ、自分で言うのも変だけれど」
「マリーア様だって…」
私はほとんど二週間ぶりに自分の顔と対峙した。跡は相変わらずそこにある。
まるで自分自身に言い聞かせるように、キッパリと言ったのだ。
「私、リシュエルを愛しているわ。どうしようもないくらい」
私の言葉を聞いて、リーンはもうそれ以上化粧をするのをやめてしまった。
「リーン?」
「…私、またマリーア様に叱られる覚悟です」
「今度は一体何を…」
ガチャリと部屋の扉が開いた。廊下の窓からの逆光で、言葉にできないほどの美しさを纏って愛しい人がそこに立っている。
「リシュ…」
つい見入ってしまった私は、火傷の痕が隠れていないことに気がついて慌てて顔を伏せた。
「マリーア」
スツールに座る私の顔を、リシュエルは跪いて覗き込む。
「っっ!だ…駄目…」
「どうして、俺に言ってくれない?」
「…え?」
「どうしようもないくらい愛して、くれているんだろう?」
「聞いていたの!?」
リーンの姿を探したけれど、侍女は既に退出していた。
私は、口をぱくぱくさせるしかなく、リシュエルの目線に殺されるのではないかと思うほどに、心臓が痛くなった。
「も、もう、やめて」
「やめる?一体何を」
「その…そんなに見つめられると、恥ずかしくて死んでしまいそうだわ」
「そうか、分かった」
ホッとする間も無く、おでこや頬にくちづけの雨が降る。
「っ!なっ!!!」
「見つめられないのだから仕方がない」
「酷いわ、どうしてそうなるのっ…」
「…マリーア、どうか君の気持ちを聞かせてほしい」
「リシュエルッッ!!」
「聞かせてくれるまで、やめない」
「そんなのずるいわ!」
すり、と猫のように頬擦りされて、このまま蕩けてしまいそうになる。
(だから冬は嫌いだ)
私たちが婚約した幼き日を思い出す。こんな風に、リシュエルに頬擦りされて、初めて雪のように溶けてしまいそうだと感じた。
それから程なくして解消された私たちの婚約は、二人の間に溝を作るには十分すぎた。私は幼友達だと言い聞かせて、リシュエルもそんな私の気持ちを見透かしていた。
(あの時から確かに私はリシュエルを…)
リシュエルは、決して開けぬよう固く閉ざした感情を無理矢理こじ開けてくる。
「ほら、もう一度聞かせて?真っ直ぐ俺を見て、君が誰を愛しているのか分かるように」
「リシュエルを…」
「俺が?何?」
「愛して…」
ぎゅうと強く抱きしめられたかと思うと、明らかにむくれた声で言った。
「ふうん?シューリムではそんなこと言ってくれなかったくせに」
「だ、だって…あの時は本当に…」
「また裏切られると思った?」
「……」
両手で私の頬を包むと、今度は無理矢理視線を合わされる。
「…君のトラウマは分かる。それを否定するつもりはない。…けれど、俺は…君が苦しむくらいなら、いっそこんな世界などいらない」
「え?」
「俺の世界は、マリーアが幸せになるためだけにある」
「オーバーだわ、そんな」
「そう、思うかい?本当に」
リシュエルがぽろぽろと涙を溢したのでギョッとした。
「どうし…」
「…マリーア、俺の、俺だけのマリーア」
きつく、強く抱きしめられた腕は微かに震えていた。
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