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爵位も金もなにもいらない

 ダステムの脇腹に刺さったナイフを抜こうと、ロメリアは奮闘している。

 抜かれてしまったら、致命的な一撃を喰らうと本能で理解しているのだろう、ダステムは両手に刃先を食い込ませてなおそれを許さない。


「ぐうっっっぅ!!!」

「…カビたのよ、お祖母様の形見のドレス。貴方がカビ入りワインをクローゼットに隠せと言うから」


 呻き声を上げるダステムに対して、ロメリアは淡々としている。

 その告白に、周囲が騒めいた。


「お、おい、まさか本当に…」「カビ入りワインはダステム殿が仕組んだことか!」「しかし一体何のために?」「マリーア嬢との破談に関係があるのか?」「カビ入りワインを買ったと言う他の四名は…」


 カシリオン伯爵、レーレン子爵令息、ポワレ子爵とククル男爵。

 皆が、四人で固まって青い顔をしている彼らを見た。


(私が火傷を負った時、あの部屋にいた四人…)


 どやどやと、衛兵たちが人を掻き分けやっとこちらに辿り着いた。

 彼らのうちの一人が、ロメリアの腕に触れると、ロメリアはがくりと膝をついた。


「…私の時間を返してよ、私の心を返して。返して…私の……っっ。ほとんど、ほとんどのドレスがカビてしまった……お祖母様、ごめんなさい!!ああっっ!!!」


 咽び泣くロメリアの両手に縄が結ばれ、衛兵に肩を抱かれてホールから出ていってしまった。


「く、くそっっ!!誰か!早く…早く僕を処置室に連れて行ってく…」

「ダステム・リンドーネ」


 焦った様子のダステムを威厳のある声が呼び止めた。


「へ、陛下…!!脇腹を刺されたようです、医者を…」

「トノール家のワインにカビを混入させたのは、貴様か?」

「いえ、ま、まさか!ロメリア嬢が僕にフラれた腹いせに根も葉もないことを…」


 いつの間にかいなくなっていたリシュエルが、カビ入りワインの並べられたテーブルで声を上げた。


「リンドーネ侯爵、息子のために自らの手を汚すおつもりか」

「っっっ!!!!ち、違う、これは…」


 締め上げられた手から、何かがコツンと落ちた。それはコロコロと転がって、ドマーニ公爵の足元で止まった。

 転がってきたそれを拾ったドマーニ公爵は「ほう」と言った。


「破損させたコルク、ですな」

「あっっっ!!!ち、ちが…」

「すり替えようとしたのか」


 リンドーネ侯爵は脂汗をかいて、動揺している。

 ダステムが叫んだ。


「余計なことを!!!」

「黙れ!ダステム・リンドーネ。建国祭を穢した罪は重い」

「で、ですから僕は何も…」

「…ならば問う。カシリオン伯爵、レーレン子爵令息、ポワレ子爵、ククル男爵。今真相を話せば、四人の罪は不問としよう」

「なっっっ!!」


 すると、レーレン子爵令息が重たい口を開いた。


「私は…ダステム殿に頼まれて、カビ入りワインを買わされたとトノール殿を訴えました」

「う、嘘だ!!!」

「しかし、そのワインは…本当は何の問題もないワイン。カビは妹が入れました」

「陛下!この者は、僕を陥れようと、嘘の告発を……」


 ダステムは立っているのもやっとなのだろう、遂に膝をついて、ぜえぜえと大きく息をしている。


「嘘などではありません!妹は…妹のティファリーは、先日首を括りました。全ての始まりはダステムが妹を凌辱し、できた子を堕胎させたことがきっかけでした」


 ざわっと周囲に動揺が流れる。


「ダステムに想いを寄せる妹は、堕胎したことをバラすと脅され、様々なことに加担させられました。今回のこともそうです」

「嘘だ!!嘘だ嘘…」


 ダステムは遂に床に臥した。出血が多いのだろう。


「陛下、どうか…もう…助けてくださ…」

「ならん」

「……ぇ?」

「貴様が本当の事を告白するまで、この場に医師を呼ぶことは、ならん」

「へ、へいか……僕は…何も知りません」


 レーレンが怒鳴った。完全に目が据わっている。


「もしバラしたら、妹を凌辱したのは兄である私であると、周囲に言いふらす、そうやって私のことも脅したではないか!!」

「…し、しらない……」

「ここにいる他の三人もそうだ!ダステムに脅されてトノール家のカビ入りワイン騒動に加担した!!」


 興奮しているレーレンの隣で、三人は青い顔をして俯いている。ポワレ子爵が重たい口を開いた。


「他にも…私達の他にも、ダステムに脅されている者が、この中にも必ずいるはずだ」


 その言葉に、少なくない人数が目線を逸らせた。

 国王は「ふむ」と言ってダステムをゴミを見る目で見た。


「…だ、そうだが?」

「ぼ、僕は…」

「良いのか?出血多量で今すぐにでも死んでしまいそうだ」

「こ、こんな自白は間違っている……」

「ははは!なら、貴様の言い分を述べてみよ」

「……が…」

「うん?」

「全て、マリーア・トノールが悪いんだ!!」


 ダステムは、急に立ち上がって私に掴み掛かった。

 血でぬるぬるした手が顎を掴む。私を服従させるためによくやっていた行為である。


「っっっ!!!」

「お前が!お前が全部悪いんだよ!僕から離れようとするから!!僕の他に、誰がお前を愛してやれる?お前には僕しかいないんだよ!」

「誰があんたなんか…」


 ぎゅうと顎が締め上げられる。呼吸が難しくなる。


「折角ヨリを戻してやると言っているのに、意地を張って、そんなに僕に躾けられたいか?」

「っっっ!!!」

「マリーア、許してあげるから、戻っておいで。前みたいに、君は僕のことだけを考えていれば良い。そうだ、二人だけで結婚式を挙げよう。ここには僕たちを邪魔する者しかいない。誰にも邪魔されないところで、愛し合おう」


(助けて!!)


「あ?」


 ふっと、掴んでいたダステムの手から力が抜けて、私は尻餅をついた。


「すまない、マリーア。もっとうまく君を助けられたら良かったんだけど」

「リシュエル…」

「一秒でも早くこの男が手を離すにはこれしかなくて」


 リシュエルは、ダステムが私にそうしたように、顎を掴んでいる。


「っっっ!!は、はなへっ!!」

「うん?よく聞こえないな」

「マリーア!!良いのか!?本当に結婚してやらないぞ!!僕に未練があって、わざわざシューリムから戻ってきたのだろう?」


 涙目で訴えているダステムに、なぜこんな男を好きになったのか本当に思い出せなくなってしまった。


「マリーア!!!」

「…笑ってしまいそうだわ」


 わざとらしく顔を上げて、思い切り口角を上げて見せた。


「私が貴方に未練がある、未練があると仰っているけれど…これではまるで、貴方の方が私に未練タラタラみたいですわね」


 カッと顔を赤くしたダステムはわなわなと震えて叫んだ。


「誰がおまへみたいな女に未練があるんだよ!!おまへみたいな地味でつまらない女……」

「ああ、五月蝿いな。取り敢えずこのまま顎を外してしまおう。別に良いだろう?口を開くなと言っているのに、マリーアのことを薄汚く語るんだから」


 かこっとすごく軽い音がして、ダステムの顎はだらんと開いた。ダステムはみっともなく口吻を撒き散らして叫んでいる。


「へ、へいは!!この者をとらへてくらはい!!」


 つまらなさそうな目をして、国王は「ああ」と言った。


「私を呼んだのか?何を言っているのか、よく分からなくてなあ」

「あががっっ」


 最後の気力を振り絞ったのだろう、ダステムは再びどさりと床に転がった。


「…早く自分の罪を認めていれば良かったのだが」

「へ、へいは…ぼ、ぼくが…ぼくが五人にひひひまひは」

「全く何を言っているか分からないからなあ。分かるうちに言っておけば良かったものを」

「へ、へいは!!!ぼくがやひまひは!!」

「実に残念だな」


 がくりと気を失ったダステムに、父親であるリンドーネ侯爵が覆い被さった。


「陛下!!!む、息子が!息子が全て仕組んだことです!!」

「ふむ、まあ、そうだろうな」

「爵位も金も屋敷も領地も、なにもいりません!!!どうか…どうか息子をお助けください!」


 はあ、とため息ひとつついた国王は、実に面倒くさそうに顎をくいと動かす。控えていた医師が飛び込んできた。

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