その口を閉じてくれないか
「なら、誰かがコルクを開けた後にカビを混入させたということか」「それなら、被害に遭ったという五人が?」「でも、一体なぜ…」
「購入した者は確か……」
様々な声が飛び交う中、その喧騒を破るかのように一人の令嬢がふらふらと中央階段に登った。
足音がしないのを不思議に思ってその足元を見ると、彼女はどうやら裸足であるらしかった。髪が乱れ、表情は良く分からない。
階段の中程で立ち止まった令嬢は、ゆっくりゆっくりとこちら側を向いた。
(ロメリア…?)
「返して」
か細い声と共に、ロメリアはこきりと首を傾げる。
誰かを探しているのだろうか、キョロキョロと動く目玉はやがて一点を見つめると、今度はゆっくり階段を降りてくる。
ひたり、ひたり
「おい」
突然の声に驚き振り返ると、加虐者の顔をしたダステムが私の腕を掴んだ。
「なぜ僕から離れている?」
「ダ、ダステム!」
私の腰を抱くリシュエルに気がついて、苛ついた目で私とリシュエルとを見比べた。
「この男は誰だ」
「貴方に関係があって?」
「…なるほどな」
くくく、と笑って、ダステムは私の腕を強く引いた。
「っっっ!!!」
「なぜ急に似合わない化粧をしてきたのかと思えば…浮気してたんだなぁ、お前」
「そんなことしていないわ!それに貴方とは破談になったのよ!?今更どうこう言う筋合いがあって!?」
「黙れ売女!!!……従順だけが取り柄の、地味で駄目でクズのお前を愛してやったのに…僕に逆らうのか?主人に反抗するならきちんと躾けなければ」
私へと手が伸びる。
その手は、私の髪を掴んで引き摺り回すのだろうか。
(ああ……)
思い出した。私は、この男に支配されていたのだ。
恐怖から、目をきつく閉じた。
ひたり、ひたり、
遮断された視覚が、聴覚を研ぎ澄ました。より鮮明にロメリアの足音が聞こえてくる。
突然、前方から悲鳴が上がった。
「きゃーーー!!」「誰か止めろ!!」「退がって…退いて頂戴!!!」
騒然とした声が上がり、ハッとして目を開けると、目の前のダステムは顔を歪めていた。
「汚い手でマリーアを触らないでくれるか」
見れば、リシュエルがダステムの腕をねじり上げていた。
「貴様っっっ!!!マリーアに何を吹き込んだんだ!!僕の…僕の従順で完璧な花嫁に!!!」
「はあ…」
「おい!マリーア!!早く何とかしろ!!マリ……」
ギリッと骨が軋んだ。ダステムは声にならない絶叫を上げる。
「〜〜〜〜っっっっ!!!!!」
「…その口を閉じてくれないか。…君と話していると、うっかり腕を捻り切ってしまいそうになる」
「わ、わ、わかったわかった!マリーア、僕と破談になって寂しかったんだな?あれは父が破談を了承しただけなんだ。こ、この男はお前を愛している訳じゃない。見ろ、僕の腕を締め上げて…これじゃあまるで、ただの獣だ。獣は性愛しか求めていないんだ。お前はこの男が飽きるまで抱き潰されただけ。本当に愛してやれるのは僕だけなんだから、そうだろう?さあ、もう意地を張らずに戻っておいで、今回のことは特別に許してあげよう、マリーア」
リシュエルは乱れた前髪の隙間から、暗い目でダステムを見下すと、パッとねじり上げていた腕を離した。
途端にダステムは威勢を取り戻す。
「っっ!!…くそが!!!はあ、はあ…お前、見ない顔だな。…タダで済むと思うなよ底辺貴族が」
「…ペラペラと…」
「ああ!!!?」
「マリーアを、貴様の薄汚い妄想で穢さないでくれないか。本当に殺してしまいそうになる」
騒然としたホールで、一層大きな悲鳴が上がった。
なんだなんだと見ていた貴族たちも、波紋が広がるように前方から後方に向かって、みるみるうちに表情を変えていく。たちまち混乱の輪が広がった。
その時、国王がロメリアの何かを認め、叫んだ。
「ロメリア・リューン子爵令嬢を止めろ!!!」
その言葉に衛兵が駆け出す。だが、何とかその場から離れようとする者と野次馬となって覗き込もうとする者とが折り重なって、うまく進むことができないらしい。
ロメリアは標的に向かって駆け出した。
ダステムは、まだ私に何やら講釈を垂れる。自分の背中側で繰り広げられる喧騒に気づきもしないまま。
「僕に未練があって堪らなかったんだな、マリーア。だが、お前がその男を連れてきたせいで僕が怪我をしたんだ。今度は浮気なんて考えられないように、ドレスで隠れるところ全てに、もっと酷い火傷を……」
とん、
ねじり上げられた右腕を庇ってよろめいているダステムの胸を、リシュエルは軽く押した。まるでどこかへ送り出すように。
ドッ!!
鈍い嫌な音が聞こえる。
瞬きほどの、一瞬の静寂の後、あちこちから悲鳴が上がった。
「きゃあああああ!!!」「うわああっ!!!!」「誰かロメリア子爵令嬢を捕まえろ!!!」
ダステムは変な体勢のまま固まっている。
ロメリアもまた、ダステムにもたれ掛かるようにして固まっていた。
やがて、コップの水を溢したかのように床に血が広がっていく。
「ロ、ロメリア…?」
愛した人に名前を呼ばれて尚、ロメリアはただ一点の虚空を見つめて、微動だにしなかった。
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