ワインの検証
三百本近くのワインがホールに運び込まれて、辺りは野次馬と化した貴族たちの騒々しい声で溢れかえっている。
その喧騒を真っ二つに引き裂くように、威厳のある声が響いた。
「これは、何の騒ぎか」
国王が中央階段の上からじっと見つめている。大慌てで走って来た宰相と側近がそのそばについた。
私たちはそれを下から見上げている。
「…これは何の騒ぎかと問うておる」
「恐れながら…」
ドマーニ公爵が前へ進み、階段の下で跪いた。
「…今年の誉あるワインにかけられた嫌疑を晴らしたく」
「それは、この場でやらねばならぬことなのか。間も無く建国祭が始まろうと言うのに」
「左様でございます」
あまりにもキッパリと言ってのけたドマーニ公爵の言葉に、国王は少したじろいだ。
「恐れながら…未だかつてワインが振る舞われなかった建国祭がありますでしょうか。…もしかしたらこの中に、この国の伝統行事を潰した輩が潜んでいるやも…しれませんな」
「その輩とやらの目星は?」
「煮ても焼いても食えそうにない鼠のような輩でしょう」
「ふむ…珍しく相当怒っておるな」
「はい、それはもう」
「よい。なかなか面白そうだ。この目でしかと見届けよう」
ドマーニ公爵が頷くと、次々にワインの蓋が開けられていった。
ダステムはただ黙って行く末を見守っているようである。額に汗がじわりと滲んでいるのが見える。
私は小声でリシュエルに問うた。
「どうしてここに…?」
「マリーアを攫いに」
「真面目に答えて頂戴」
「大真面目だ。伝わらない?」
みんながワインの行く末を見守っている。それを良いことに、私を見つめて腰を抱くリシュエルは、まるで儚いものを見る目で私を見た。
ふわりと、ワインの香りが鼻をくすぐる。遂にワインの検証が始まったのだ。
何十人ものドマーニ家の使用人がコルクを開けては中の香りを嗅ぎ、それをドマーニ公爵が嗅ぎ、国王の側近が嗅ぎ、最後に国王が嗅ぎ、問題のないものは王宮の使用人が端に寄せていく。リレーのようにどんどんワインが渡されていく。
「問題があるワインはすぐに報告しろ!」「そうだそうだ!」
時折、そんな声がどこからか響く。
あっという間に三分の一が開けられてしまった。
(今のところ、全てのワインが問題なさそうだけれど…)
「国王陛下に変なものを嗅がせるな!」「無礼だ!」「そうだそうだ!!」
騒めきはどんどん大きくなっていく。耐えかねた国王が一喝した。
「静粛に。まだ結果が決まったわけではない」
しん、と静まり返ったホールで、コルクを開ける音と、誰かの咳払いだけが異様に耳につく。
「…む」
ドマーニ家の使用人が、一本のワインに違和感を感じて、それをドマーニ公爵の元へ届けた。
こそりと呟いたつもりでも、異様なほど静まり返ったホールで、それは良く聞こえた。
「蓋に、カビが…」
その言葉に周りが騒然とする。
「やはりトノール家のワインは悪質なワインだ!」「検証が、むしろ裏目に出たな!」「二度とワインを出すな!」
今度はドマーニ公爵が一喝した。
「静かに。このカビは、よく熟成された証拠のカビ。ワインの品質にはなんら問題ないものだ。まあ、ワインをよく知らない者には分からんだろうがな」
そう言うと、公爵は中の香りを恍惚とした表情で嗅いだ後、グラスにそのワインを注いで一気に煽った。
みんながそれを目を丸くして見つめている。
「……うん、うまい。陛下、中をご確認ください」
手渡されたワインの香りを嗅いで国王は頷いた。
「うむ、カビの臭いなどは特にしないな」
「証拠にご覧下さい。コルクの上部にカビが付着しているものの…下は、綺麗です」
「そのようだな。…しかし、今回報告にあがっているのは…」
「そう、中のワインがカビ臭い、ということらしいですな。ならばブショネのワインということです」
「…ならばコルクが破損しているか…」
「さすが陛下、仰る通りです」
淡々と進んでいく作業の中、父はただそれを、まっすぐに見つめている。
残るワインは五十本弱となった。他にも何本かコルクにカビがついているものがあったが、それは良く熟成されている証拠で、中身は安全なものばかりだった。
(あと二十…)
ホールはむせかえるようなワインの匂いで充満している。
リシュエルは後ろから私の肩を力強く抱いた。
残る一本が開けられてその安全性も確認された時、ホールは一層の静寂に包まれた。
「お父様…」
父と母は並んで背筋を正して立っている。毅然と前を向いて、潔白の反旗を振り翳した。
「国王陛下、ドマーニ公爵様、トノール家のワインの安全性をご確認いただきありがとうございます。そして、これまでお付き合い頂いた皆様にも感謝申し上げます…さて」
父はお辞儀をすると、ガチャガチャと音を立ててテーブルに五本のワインを並べた。
「…こちらが、今回問題になったカビ入りワインです。ドマーニ公爵がこの場で問題のワインをご検証くださるそうです」
ざわっと大きな声が上がる。溢れかえる貴族を押し退いて、ダステムが前に躍り出た。
「な!この期に及んでなんと見苦しい!!」
「…おや?被害に遭われた方ではなく、なぜダステム殿が声をあげるのですか?それは先ほどの耳打ちのことですかな?」
「っっっ!!!僕はただ……」
ふらふらと後退するダステムを横目に見ながら、ドマーニ公爵はワインを一つ一つ検証していった。
匂いを嗅いだり、外されたコルクを一つ一つ確認したドマーニ公爵は、最後のワインをテーブルに置くと言った。
「ふむ…どれもコルクにカビは付着していない。破損もない、漏れた形跡もどうやらない。これは……ワインを開けた後、意図的にカビを混入させていますな」
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