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さすがは馬鹿舌だ

「リシュ……」


 僅かに空気が震える程度の声しか出ない。それなのにリシュエルは、私をしっかりとした力強い眼差しで捉えると、驚き見ている私を落ち着かせてしまう。


(ああ、私、リシュエルがいれば、こんな状況でも不思議と安心していられる)


 ドマーニ公爵の後方。リシュエルは人差し指を口元に当て、口角を上げた。


(何か、仕組んでいるのね)


 生唾を飲み込み、誰にも気づかれぬよう、微かに頷く。


 ドマーニ公爵は、健康的で艶やかな頬を紅潮させてずんずんと歩んでくる。

 私とダステムを追い越して、父の元に「やあやあ」と手を上げて声をかけた。みんなそれを亀の首を伸ばすように見つめている。


「ドマーニ、公爵さ…」

「トノール殿!噂は聞いておる!」

「…っ!お得意様であるドマーニ公爵様にご不安な思いを……」

「で、あるのか!?」

「は、は??」

「だから、返品されたのだろう?中には栓を抜いてないものもあるんじゃないのか?」

「は、はい、先日全ての返品希望のワインの回収が終わったところで……」

「なら良かった!」

「……は…?」


 父だけではない。全員がぽかんとしてドマーニ公爵のご機嫌ぶりを不思議に眺めていた。


「いやあ、栓も抜かない早合点な者が多くて助かった!ドマーニ家が全て頂こう。もちろん、定価で」

「て、定価で!?しかし、一度返品されたもの、定価というのはあまりにも…」

「なんだ?不服なのか?なら二倍でどうだ?」

「め、滅相もありません!」


 父は大慌てで両手を前に突き出す格好で否定した。

 ドマーニ公爵はニヤリと笑う。


「なら決まりだ。私はトノール家の熟成ワインの大ファンでね。先先代が亡くなる少し前からの付き合いだから相当な年月になるが……。カビが入っていたことなど、一度もない」

「公爵様……」

「ヴィニュロンのロッシーニが誰よりも誠実に仕事をこなす職人だということは、トノール殿よりもよく知っている。あのワインが全てを物語っているからな、品質は確かだ。あるとすれば…ふむ、第三者が意図的に混入させた、とか」


 しん、としている。ただただ緊張した時間だけが流れた。


「し、しかし…」

「しかしなんだ?誰も買わぬなら、買うだけだ。一等賞好きなものが不当な扱いを受けるのが許せなくてね」

「っっっ…」


(不当?)


 父の方を見れば、何か知っているのか、硬く口を噤んで下を向いた。


「こちらとしては、馬鹿が多くて助かるがな。だが、ワインが振る舞われない建国祭ほどつまらんものはない」


 みんながみんなお互いを見合っている。

 遂にダステムが声を上げたので、私の腕が離された。


「しかし、カビ入りワインを買わされた五人の被害者がいるのですよ。いくら栓を抜いていないからとは言え、危険では…」

「愚かな…」

「………え?」


 ふらつく私を後ろからリシュエルが抱き止める。


「リシュエ……」

「っっ…」


 痛いほどにその腕に抱きすくめられる。

 ダステムは必死に訴えていて私たちに気がつかない。


「お、愚か?僕が愚かだというのですか?」

「私はトノール家の熟成ワインの大ファンだと言ったじゃないか。例えばそう、君たちが結婚の報告に来た折、良いワインを仕入れたと言って振る舞ったね」

「い、頂きましたが…」

「あれこそが今となっては悪評名高いトノール家の熟成ワインだ」


 ダステムは、「え」と言って固まってしまった。


「うまいうまいと言って飲んでいたな。試飲会でも同じワインを飲んだはずだが…気づかなかったか。さすがは馬鹿舌だ。ああ、そうそう、君はあまりにもおいしいのでつい飲みすぎて強かに酔っ払ってしまったな」

「…ばっ馬鹿舌?」

「そもそも、何十年も買って、何百本と飲んだワインだ。今までカビが入っていたことなど、ない。断言する。だから私は神にこの強運を感謝して返品されたものを買うだけだ」

「しかし!カビが入っていた事もまた事実!」

「なんだ、君が買うわけでもないのに、なぜそうムキになる?」

「ぼ、僕は遠縁であるドマーニ公爵が、もしカビ入りワインを飲んでしまったらと…」


 ドマーニ公爵は目を細めると、「ならば」と言った。


「ここにトノール家のワインを全て持って来て栓を抜いてみれば良い。トノール殿、返品されたものをここへ」

「え?は、はい。しかし…」

「私が今年購入したものも、外に置いてある馬車に全て運ばせてある」

「なんと……」

「トノール殿、できるか?」


 父は頷くと駆け出した。

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