僕の妻になるんだろう?
「ふざけやがって!!!!」
それからの彼の荒れ様は酷かった。
馬車に乗るや、私の顎を思い切り掴んで、歯を剥いて怒っている。
「黙って下を向いていれば良いものを…余計なことを!!!!」
「っっっ!!!」
「なぜ僕に紅茶の産地や銘柄や種類を紙に書いて伝えなかった?」
「ご、ごめんなさい」
「お陰でとんだ恥をかいたじゃないか!!」
「でも…」
私は髪を掴まれて、思い切り玻璃の窓に額をぶつけられた。
ゴッ、と鈍い音がする。
「いっっっ!!!」
「君は、僕の妻になるんだろう?妻たるもの、三歩下がって夫を引き立て、常に気を遣えよ!!」
「うぅっっ……」
ゴリゴリと玻璃に押し付けられて、惨めな気持ちばかりが湧いてくる。
パッと手を離された時、ふらりと後ろに倒れ込みそうになった。
「っ!おい!血がついてるじゃないかよ!僕についたらどうするつもりだ!」
「そんな…」
もぞもぞと内ポケットから白いハンカチを出してぞんざいに放った。
白いそれが私の両手に収まった時、少しは心配してくれているのだろうかなどと、仄かな温もりが胸に訪れた。
「これは…」
「ああ、それで頭の血を抑えろ」
「ありが…」
「父君にどうしたのか聞かれたら、転んで頭を打った、ダステムが介抱してくれたんだと言えよ」
「……えぇ?」
ふんっと鼻を鳴らした彼は、私の後方を一瞥すると
「ああ、玻璃にも血がついているじゃないか」
そう言って、私の長い髪の毛をぐしゃっと掴むと、それでごしごしと血を拭き去った。
「よし、とれたな。たまには役に立つじゃないか。まあそもそもお前が僕を怒らせなければ良かった話なんだがな」
「……っっ」
「なんだよ、その目は」
今度は肩を強く掴まれて、何も抵抗できなくなる。
「夫婦になるまでに、ちゃあんとわからせないとなぁ」
「あっ…!!」
肩を跳ねさせ、ぎゅっと目を瞑った私を見て、ダステムは大爆笑した。
(この人との未来を思い描くなんて無理だわ)
心底そう思った。
✳︎ ✳︎ ✳︎
帰宅後真っ先に湯浴みをする私が、部屋に篭りきりなので、湯浴み番のトッティーが心配して訪ねてきた。
「お嬢様…?今日はレモングラスのオイルを仕入れたので、良かったら如何ですか?」
「…ごめんなさい、気分が優れなくて」
「左様でございましたか…」
そう言ったまま、トッティーは目を瞬かせて逡巡している様だった。
「まだ何か?」
「あ、いえ!そうじゃないんです…。ただ…お嬢様のことが心配で……」
「私を…心配?」
「ええ」
トッティーから、額の傷は見えていないはずだ。私は前を向いたまま、トッティーから見れば横向きで、不自然に視線を向けている格好になる。
動かず、ただじっとしていた。
「…あ、湯浴みはお食事の後にされますか?」
「どうしたの?トッティー、何か焦っている様だわ?」
「っ…。私にとって、お嬢様を磨き上げることが史上の喜びですから…」
「…トッティー、私の様な地味な壁の花を磨いても、折角の技量がもったいないわ」
「……え?」
トッティーは思いもよらないという表情で一礼すると、退出してしまった。
(地味が卑屈になって、酷い有様だわ…)
せめて気丈であらねば、心まで醜くなってしまう。
(けれど、今だけはほんの少し落ち込みたい…落ち込ませて欲しい)
心を偽り続けた今日、これ以上、自分の感情に蓋をしていたら、自分が崩壊してしまいそうだ。
今日はもう、布団を頭まで被って眠ってしまいたい。そう思って立ち上がった時、強めのノックが三回鳴った。
(…お父様だ)
特徴的なノックに、胸を鷲掴みされるような緊張が訪れて、「はい」とだけ返事をするのがやっとだった。
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