リシュエルは心からマリーを愛しているのよ(前半、父親視点)
正式に婚約が解消された旨、マリーアに手紙を書いたが返事がない。
(色々と落ち着かないからなのかと思っていたが…もう一週間だ)
火傷の具合はどうなのだ、日々どう過ごしているのだ、母さんは元気か…。聞きたいことが山ほどあるというのに。
(思い悩んでいても、埒が明かない)
今度は妻宛に手紙を書こうと、インクにペンを浸した時だった。
「大変でございます!」
執事が大慌てで入室して来たので目線をやる。
「なんだ」
「予想を超えるワインの反響です。注文が後を経ちません。建国祭で振る舞う分を減らして、出荷しますか?」
「そういうわけにはいかん。大きな祭典で不足したのが我が家のワインだなど、あってはならぬ」
「仰る通りでございます」
「注文が入ったら、たくさん作っているものではないからと言ってお断りしろ」
「かしこまりました」
建国祭まで二週間だ。きっとマリーアも妻も今年は参加しないだろう。
少し寂しい気持ちになってペンを置いた。
「…返事くらい寄越せ」
✳︎ ✳︎ ✳︎
「帰ってちょうだい!」
階下からお母様の大声が聞こえて来た。お祖母様の焼いたシフォンケーキが食べかけのまま萎んでいく。
編み物をしていた祖母が、それを横目で見ると眼鏡を上げて言った。
「あの子はいつになったら帰ってくるのかしらねぇ。ケーキが萎んでしまうわ。マリー、食べてしまいなさいよ」
「…きっとすぐに帰ってきますわ」
「それより、今日はまだお祖父様のところへ行っていないでしょう?顔を見せてあげてちょうだいよ」
どきりとする。呆けているはずの祖母は時々鋭い指摘をした。
「そうね、今行ってこようかしら」
そう言って立ち上がった時、肩を怒らせた母が戻ってきた。鼻息荒く席に着くと、シフォンケーキにフォークを入れてぱくりと口に放った。冷めた紅茶を飲み下すと思い切り息をついている。
私と祖母はそれを呆気に取られて見つめた。
「マリーアに会いたいとしつこくて。もう来ないで欲しいと言ってやったわ!」
「…そう」
なら、もう多分来ないのだろう。
(なぜ少し寂しいと思うのだろう)
祖母はキョトンとしている。
「あらやだわ!この子ったら!娘の色恋に親が口を挟むなんてこと!」
「お母様、違うのよ。もうリシュエルとマリーアはずっと前に婚約破棄しているでしょう!?」
「リシュエルと…マリーが…?婚約破棄を…?そんな…結婚式を誰よりも楽しみにしていたのに!」
祖母は編み物を落として、震える手で口元を押さえた。
堪らず駆け寄る。
「お祖母様…ごめんなさい」
「……リシュエルは立派な少年だわ。きっと素晴らしい大人になる。貴方もね、マリー」
「私たちはもう、大人になったのよ」
濁った目で私を凝視すると、私にしがみつく両手が、痛いほど腕に食い込んだ。
「リシュエルは心から貴方を愛しているの。私には分かるわ」
「そうだとしても、それは昔の…」
「いいえ。今もよ」
「…え?」
でも、と言おうとした私の言葉を遮って、強い語調で祖母は言う。
「リシュエルは、その包帯の下も愛してくれる」
「え…?お、お祖母様?」
「可哀想に。マリーは綺麗だからどんなに傷ついたでしょうね」
祖母の記憶が揺り戻されて、時折こうして過去から現在に戻ってくる。
首を振って、今にも泣きそうな祖母を見た。
「私は…綺麗なんかじゃ…」
「ならリシュエルに聞いてごらん。走って行ったら間に合う」
「お祖母様、私たちはもう、子どもじゃないわ」
振り返ると母は堪らない顔をしていた。
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