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結婚相手は別にお前で良いや、と言われたので婚約破棄しました  作者: あずあず


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カフェオレとスコーン

 それで、翌日本当にカカオニブとシナモンがかかったクリームたっぷりのカフェオレとスコーンを持って、リシュエルが訪ねて来た。


「ハイデンロー伯爵がお出でです」


 執事の言葉に、狼狽しているのは私よりも母だった。


「…帰ってもらったら?」


 リシュエルの来訪を素直に喜べない自分が嫌で、首を横に振る。


「リシュエルが今の私を気にしないのなら、気晴らしに少しだけ話したいわ」

「マリーア……」

「昨日会って、そう思ったの。思えたのよ」


 細かく皺の寄った目で私を見る。顔に出さないだけで、こんなにも心配してくれていたのだと知る。


「大丈夫だから。それに、この先一生誰とも関わらずに生きていくのは無理だわ。拗らせないうちに人と話さなきゃ」

「そうだけど……」


 言いかけた言葉を飲み込んだのが分かる。


「それに、折角訪ねて来てくれたのよ、連日追い返していたら失礼だわ。ね?」


 それで私は、庭の東屋に通されたというリシュエルの元に向かった。


 秋の風がざっと強く吹いた。丁寧に掃除された庭園では落ち葉が舞うこともない。


(どんな顔で合えば…良いのかしらね)


 そう思ったけれど、私の顔はさっき交換したばかりの包帯が巻かれているのだ。


(昨日は突然だったから焦ったけれど、いることが分かっていたら、大丈夫…)


 そう言い聞かせて足を止めた。


 東屋には、整った横顔が見える。

 遠く、稲穂が揺れる景色を見ているのだろう。


「あっ……」


(足が…)


 怖くて声をかけるどころか、近づくこともできない。


(リシュエルは今の私を見て、どんな気持ちになったのだろう)


 踵を返して走り出そうとした時、柔らかく右手を掴まれた。


「リシュエル……」


 咎められると思って、咄嗟に空いた左腕で自分自身を庇った。


「どうしたんだ?」

「ごめんなさい、ごめんなさ…」

「……っっ!!はあ…」


 ぎゅっと握った右腕を離して、ぽんぽんと肩を叩かれる。

 驚き、顔を上げて、ハッとする。そうだ、目の前にいるのはダステムじゃあない。

 目の前の元婚約者は分からないほど微かに悲しい笑顔を浮かべた。


「…寒いかい?」

「少し…」

「気を遣った侍女が、君が寒がった時のためにブランケットを置いて行った」


 誘われた東屋のテーブルには、紙でできたカップと、茶色い袋が置かれていた。


「ほら、約束のカフェオレだ。この紙コップとやらは、魔法が帯びていて冷めにくくなっているのだと」


 そっと両手で包み込んでみる。冷えた指先に、じんわりと温もりが伝わってきた。


「……温かいわ」


 リシュエルの目線は、カカオニブとシナモンがかかったクリームに注がれている。

 それをスプーンで掬って「一口いかが?」と問うた。

 躊躇いもなくパクりと頬張るリシュエルはなんだか難しい顔をして「やっぱりいろんな味がする」と言った。


 向けられた笑顔に、不思議と心が穏やかになる。それで彼も気持ちがほぐれたのだろう、「全く」と言って頬杖をついた。


「さっき、逃げただろ」

「あっ……」


 仕方がないなと言いたげに目を細める。


「ごめんなさい、本当に…私……」

「本当はスコーンも差し入れだったんだが、半分こだな」

「え?」

「だから、スコーンは半分」


(そうだ、つい構えてしまうけれど、ここは王都じゃない)


 冷ややかな目線も、心無い言葉もここにはないのだ。


(身体が勝手に反応してしまう)


 目の前にいるのはリシュエルで、幼友達で、元婚約者で…。


「ねえ、リシュエル?私に対して気まずいと思ったこと、ある?」

「マリーアに?俺がか?」

「だって…その…」

「それは俺が君の元婚約者だから?」


 こくりと頷く。少しおちゃらけていたリシュエルの目が真剣な眼差しになる。


「俺は、いつだってマリーアのことを大切に思っているさ。君だって、変わらずに接してくれている。とても救われるんだよ」

「私も、そんなリシュエルの存在はとてもありがたいわ」

「……君は、全然分かっていないかもしれないけれど」

「え…?」


 ざっと木枯らしが吹いて、私の疑問符は風に攫われてしまった。


「寒くなって来たな」

「え、ええ。そうね」

「そろそろ中に入った方が良い。風邪を引くといけない」

「もう、帰ってしまうの?」

「日を置かずにまた来ても良いかな」

「それは……」


 リシュエルの顔が近づいて、私の耳元に唇が当たった。突然のことに反応すらできずに固まる。


「今度は、逃げないで」


 硬直したままの私の肩にブランケットを掛けると、立ち上がった彼は長身を曲げて東屋を出た。


「スコーンも焼きたてだから、温かいうちに食べた方が良い」

「え?半分こじゃ……」


 振り返る笑顔が眩しい。日差しが、綺麗な金髪を輝かせた。


(ああ、全てが私と真逆のようだわ)


 卑屈な自分を恥じているうちに、幼友達は大きな手をひらひらさせて、整備された庭を大股で歩いて行った。

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