根回し(前半、ダステム視点 後半、ダステムの父親視点)
「どういうことだ!!」
激昂した父はさらに捲し立てる。
「トノール伯爵から婚約を破棄したい旨と、お前に対する抗議文が届いている!」
「ああー…」
「聞いているのか!?あろうことか…マリーア殿の顔に火傷を負わせたと……」
僕は父から書類を奪い取ると、感情を抑えた文字の羅列を読む。込み上げる笑いを堪えられない。
「なっっ!!貴様…」
「くだらないね」
書類の束を放ると、はらはらと散らばるそれらを父がかき集めた。
震える手を見つめながら父は言う。
「…奔放なお前が結婚して落ち着いてくれるまでは、爵位は譲れんと約束したな」
「だから、婚約破棄なんてする必要はない。マリーアには僕しかないんだから」
「そのマリーア嬢に何をしたんだ!!正直に話せ!!」
胸ぐらを掴む父と、鼻が触れそうな距離で睨み合う。
「…その前に落ち着いたらどうですか、おとーさま」
「ぬっ!!!!」
「今から僕が話すことを、冷静に聞くことができぬのなら、お父様は公平性に欠ける判断をするでしょう」
「くそっ!!!」
僕から手を離すと、ゴブレットの水を流し込み、余裕のない人がそうするようにソファに浅く腰掛けた。
「それで…。お父様は本当に僕がマリーアに火傷を負わせたと?」
「トノール伯爵からの手紙に、その場に居合わせたと書いてある」
「それは、嘘だ」
あまりにはっきり言ってのけたので、父は一瞬呼吸が止まったらしい。にゅっと首が伸びる。
(僕は根回しが得意なんだよ)
「ことの発端はマリーアが倒れたことだ」
「手紙にもそう書いてある。しかし、それはお前が子爵令嬢と腕を組んで歩いていたことが原因じゃないのか」
(くそ、そこまで書いてあったのか)
あの会場にトノール伯爵がいることを知っていれば、そんなことはしなかった。
(……下戸のくせに、なんで来たんだよ)
「それは、まあ、僕に落ち度があるかもしれない。けれど、無理にダナエ嬢が腕を絡めてきて困ってたんだ。僕にはマリーアという婚約者がいると言っているのに、聞かない」
父は軽蔑するような目で僕をみたけれど、これで良い。
一つはこちらの非を認めることで、話の全体としての信憑性が増す。
「それだけじゃない。揃いの衣装で来るように、お前に少なくない金額を渡してあったはずだとも書いてあった。衣装を新調せず、何に使った」
「ああ、それは…とってありますよ」
「はあ?」
「これから結婚生活が始まるのに、そんなことに使うのじゃなく貯蓄に回しただけのこと」
「しかしそれでは…」
「今は、マリーアが倒れた後のことの方が重要でしょう」
これ以上、あの金のことを話すのは得策じゃない。
(あんなもの、すぐ使ってしまった)
父は狼狽を隠せない顔で歯を食いしばる。
「だが……」
「マリーアが倒れた後、別室に運ばれたんだ。運ぶのを手伝ってくれたカシリオン殿を始めとする、僕以外の五人がいた。そこには自責の念に駆られたダナエ嬢も来ていた」
「なっ…なんだと?」
「そう、目が覚めたマリーアはダナエ嬢を見るなり、半狂乱。僕が誤解だと言っても信じない。遂に彼女は…」
「っっっ!」
「ポットの紅茶を自分で被ったのさ」
重たい沈黙が流れて、いちいち大袈裟だなと思う。
僕は場の雰囲気に合わせて大袈裟なため息をついた。
「それで、彼女がすっかり紅茶を被った後で、トノール伯爵が現れたんだ」
「じゃあ、ここに書いてあることは…」
「嘘、ということになる。ついでに言うと、誤解したトノール伯爵にぶん殴られたんだ。こちらが抗議したいくらいさ」
「なんだと!?」
「まあいいよ、これ以上拗れるのは僕も望まないし、何よりマリーアを愛しているからね」
父は「どうしてそこまで」と言いかけて言葉を呑み込んだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
(どうしたものか…)
その場にいたと言うカシリオン伯爵、レーレン子爵令息、ポワレ子爵とククル男爵に話を聞いたが、皆一様にダステムと同じ話をした。
ただ一人、ダナエ嬢だけは捕まらぬ。
(ダステムの言うことが正しいということか…)
「はあ…」
ダステムは、婚約破棄をするつもりはないらしい。
我が家としても、トノール家との繋がりは手放しで喜ぶべきことだ。
しかし、本音を言えばマリーア本人のことを好きにはなれぬ。
いつもどこか鬱々としていて卑屈なのだ。ダステムの顔色ばかり窺っている。
そんな彼女が、頭からポットのお茶を被ったなんて、俄かには信じられない自分がいる。
一気に感情が爆発したのだろうか。キレたら何をするか分からないタイプなのかもしれない。
いくらトノール家との繋がりが持てるからと言って、このまま結婚してリンドーネ家に入ったら、この家を破滅に導くのではないか。
(向こうから破談の提案があったのはラッキーだったかもしれない)
ダステムはなぜかマリーアに執着しているようだが、今夜あたり破談に向けてきっちり話し合わなければならぬだろう。
(あんな娘と結婚したら、ダステムが不幸になる)
ククル男爵に話を聞き終えて馬車に乗り込む。あたりは西陽で真っ赤だった。
(トノール伯爵家のワインが選ばれたので、祝いの品をと思っていた矢先に…)
それにしても、と思う。一つ前に訪ねたポワレ子爵が顔面に酷い怪我を負っていた。口元を隠して喋っていたのを見るに、歯が折れたのだろう。
思わず「どうされましたか」と聞いたら、まだ若い彼は「階段から落ちた」と言っていた。
それ以上追及しなかったが、一体いつのことなのだろう。
(ダステムは知っているのだろうか)
沈んでいく太陽を横目に馬車は進んだ。
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