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この代償は高くつくぞ

 それは一瞬のことだった。


 ものすごい音を立てて、ダステムが飾り棚に吹き飛んだ。がしゃんがしゃんと、その頭に年代物のカップや美しい花瓶だのが降り注いで行く。


「!!!?」


 ぜえぜえと息をして懸命に目を凝らす。


 そこには、私の常識ではありえない光景が広がっていて絶句した。


「っっっ!!!!」


 お父様が顔を真っ赤にして、尻餅をつくダステムを鬼のような形相で睨みつけている。

 身体のコントロールを失ってぶるぶると震え、きっちり整えていたはずの髪は乱れていた。


「お父……」

「娘に何をしている!!!!」


 ダステムは、「いって」と怠そうに言ってから、お父様を嘲笑うように上目遣いで見た。


「あーあ、どうしてくれるんですか?こんなこと。許されるとでも?」

「貴様っっっ!!!!」

「とんでもない男だな、あんたは」

「貴様が娘に熱湯をかけたんだろうが!!!」

「はあ?何のことです?」


 ぐっと胸ぐらを掴んで無理やり立たせると、ものすごい剣幕で父は怒った。


「言い逃れできると思うなよ!マリーアを見ろ!!」

「さァて…それはどうかな?例えば、彼女は自分自身で紅茶を被ったかもしれない」

「なっ…!!!私はこの目で見たんだぞ!!」


 ダステムはあの嫌な笑顔になって、据わった目で父を見た。


「だから?」

「は?」

「トノール伯爵が何かを見たと主張したところで、娘の恥を僕に被せようとしている…そう捉えることもできる」

「私だけじゃない!ここにいるあの人たちだって…」

「ああ、彼らか?彼らに期待しても無駄だ。な?そうだよなぁ?」


 口を押さえて俯いている男を介抱しながら、紳士たちはお互いを見合って頷いた。


「なっ!!!」

「残念だ。トノール伯爵」

「っっっ!!!」


 ダステムは父の腕を振り解くと、脱ぎ捨ててあったジャケットを手にした。


「この代償は高くつくぞ」


 父の肩に手を乗せると、ポンポンと二、三度叩いて紳士たちと共に部屋を後にした。


「お父様……」

「…」

「どうされたのですか?お父様に限って、私を庇うようなことを…」

「……」

「申し訳ありません、私が耐えなければならなかったのに」

「……」

「…お父様?」

「っっっ……」

「泣いていらっしゃるのですか?」


 父は何も言わずに、大層大切な宝石を撫でるように、濡れてしまった私の髪の毛を顔から払った。


「ああっっっ!!!」


 生まれて初めて、子どものように眉尻を下げて泣く父を見た。





✳︎ ✳︎ ✳︎





 酷いやけどを負ったかと思ったけれど、医師の見立てでは二、三週間ほどで治るだろうとのことだった。


 しかし


「広範囲に火傷を負われているため、お顔と頭皮に多少色素沈着が残るかもしれません」


 そう言われた。


「綺麗に治るかどうか、こればかりは時間の経過をみてみないことには…」

「そう、ですか」


 医師は明日また来ると言って、退がった。


 父は既に医師から話を聞いているのだろう、私の部屋に無言で入ってくると、相変わらずどっかりとソファに沈み込んだ。

 お互い何を言ったら良いのか、言葉を探っているような雰囲気が流れる。ぐるぐる巻きの包帯をさすって、なんとか見つけた言葉を紡いだ。


「お父様、私たちの問題に巻き込んで申し訳ありません」



 父は長い熟考の後、漸く口を開いた。


「もう、ダステム侯爵令息との婚約は解消しなさい」

「……え?今、何と…」

「私が…私が悪かった、マリーア……!!!」

「お、お父様!?」


 父はソファから転げるように膝をつく。流れるままの涙は、ぼたぼたとカーペットに斑らな染みを作る。


「マリーア…!どうか許してくれ!!お前の話に耳を傾けず、問題に蓋をした私を!」

「どうされたのですか、お父様!」

「可哀想に…綺麗な顔に火傷を作って……」


(可哀想…?……綺麗?)


 どれも私には当てはまらない言葉だ。

 ぽかん、と首を傾げる私の頬を両手で掴んで、父は何かを悟ったように愕然とすると、また泣いた。

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