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壁の花に仕上げた(後半、マリーアの父親視点)

「ダステム…何を…何をする気……!?」


 男性にしては細い足。ふらつきながら歩み寄ってくる。道化師のように膝を曲げて、笑っていた。

 頬まで上がった口角は裂けそうだ。

 手に持った紅茶のポットを高々と掲げている。


「……お前は、僕に従順でいれば良い。どれだけ苦労してそう仕上げたと思う」

「え?」

「壁の花に追いやって、追いやって、僕のものにするまで、どんなに手間暇をかけたと思う」

「……は…?」


 思考が追いつかない。この男は、何を言っているのだろうか。


「二年だぞ。お前を手に入れ、僕に付き従い、ロメリアやダナエや他の女共を従えても、お前は僕から離れようという思考すら生まれない。そう仕上がるまでに、二年だ」

「…どういう、意味…」


 上がりきった口角が突然下がる。据わった目で私を睨んでいる。

 後ろでオロオロしていた紳士が一人、ダステムの肩を組んだ。


「おい!酔っ払いすぎだろ!ダステム!もう良いだろ?そろそろ会場に戻って…」


 ガン!!


 鈍い音と共に、紳士は顔を押さえて転がった。

 裏拳が当たって転がる友人を、ダステムは二度三度踏みつける。


「うわっ!!!」「やめろ!!」「酷い…」


 口々に窘めるが、もはや割って入る者はいない。

 転がっている友人は歯が折れたらしい、口から酷く出血していた。


「なんてこと……」

「…元はと言えばお前が悪いんだぞ、マリーア。この僕に歯向かうから」

「…なっ!」

「そんなんじゃあ、結婚してやらないぞ?いいのか?お前は僕と結婚するしかないんだから。僕がマリーアを捨てたらどうなる?誰にも見向きもされず、孤独に一生を終えるのか?」

「…私はっっ!」


 顎を掴まれる。ぎりぎりと音を立てる指先が肌に食い込んでいく。


「っっっ!!!」

「ああ、お前は酷い女だ。この僕にさからったらどうなるのか、きちんと教育してやらないとな」


 後ろの紳士たちは、慌てふためき、口を大きく開けてただわあわあと喚いている。


 私は、なんとかその手を払おうとするけれど、びくともしない。


 じゅうぅ……


 音を聞いたのが最初だった。ポットから滑り落ちていく湯気がたちのぼる紅茶。それが顔に注がれていく。鋭く耐え難い痛みに発狂した。


「っっっ!!!!ああっっっ!!!!あっ!!!きゃあああっっ!!!」


 それでもダステムは紅茶を注ぐ手を手を止めない。必死に身を捩って腕を解いたけれど、今度は髪の毛を掴まれ逃れられない。


「いやあああああっっ!!熱い!!熱いっっ!!!!」


 すっかりポットが空になって、それを放ったダステムがようやく私の髪の毛を離した。

 ポットが割れる音と、私が頽れる音はほぼ同時だった。

 私は体躯を曲げ、顔を覆った。


「思い知ったか?これでもう、お前は僕から逃れられないなぁ」


(水、水を…!!)


「おい、みんな見ろよ!マリーアが……え?」


 ダステムの気配が、動揺を帯びたのを感じた。





✳︎ ✳︎ ✳︎





「皆様に喜んでいただくことができ、先先代から続く熟成蔵を誇りに思います」


 わあ!


 温かい歓声と、拍手。


(慣れないな)


 試飲会で選ばれたワインは、その年の注目ワインとして、建国祭で王族を含めた貴族たちに振る舞われることが通例である。


(これから忙しくなりそうだ)


 たくさんの貴族たちが拍手を送る中、あの令嬢と目が合った。


(ダナエ子爵令嬢だったか)


 中央階段から降り、鳴り止まぬ拍手の中、ワインの瓶を手に、来た道を戻った。

 折角ならば、この一本もドマーニ公爵に差し上げよう。


(まだ栓も抜いておらぬし。余分に持ってきて良かった)


 それにしても、マリーアはどこに行ったのだろう。


(妙だなとは思っていた)


 揃いの衣装でとダステム殿にお願いして、その分の費用は渡してある。トノール家も試飲会にワインを出品する側だからだ。


(なのに、マリーアは全く知らぬ様子だった。ダステム殿に花を持たせてやろうと思ってのことだったが…)


 思いがけずワインが評価されてしまったが、元々は見向きもされなかったワインである。若い二人が華々しく立ち振る舞ってくれれば、私としても来た意味を見出せるじゃないか。


(まさか下戸の私が行くなんてことは思っていないのか)


 飲んでもいないのに、なぜか足がもつれた。


(なんなんだ、一体)


 その瞬間、白粉の匂いが香った。ジャケットに染み付いている気がする。


『マリーア様が大変です!早く行ってあげてください!』


 私とぶつかった令嬢は、真っ赤な唇でそう訴えた。


(自分はその婚約者と腕を組んでいたくせに)


 気が急いる。何を急いでいるのかと思う。

 早くこのワインボトルを渡さねば、ドマーニ公爵が帰ってしまうからだろうか。


(いずれは夫婦になる婚約者同士の揉め事に、いちいち親が首を突っ込んでどうする)


 むかむかする。自分が今までこんこんと垂れた説教の数々を思い出したからだ。矛盾している。


(くそっ!!!!)


 マリーアの怪我は、本当にただ転んだだけなのだろうか。


 ぶんぶんと頭を振って、馬鹿げた思考を振り払った。


(くだらない)


 ずんずん歩いても変わり映えしない廊下のカーペットを睨む。


 ぴたりと足を止めた。

 細い細い光がカーペットを横断していたからだ。

 見れば、それは少し開いた扉から伸びている。


 ふと、ほとんど無意識で、そちらへ目線を向けた。


「いやあああ!!!熱いっ!!!熱いっっ!!!!」


 ドマーニ公爵の言葉が頭の中で繰り返される。『ダステムには気をつけられよ。あれは、とんでもない男だぞ』


 崩れ落ちるように床に臥し、体を曲げてのたうつ娘を見て


 私は手に持ったワインボトルを落とし、部屋に駆け込んだ。

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