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ダステムとの思い出

 あれは確か、ちょうど二年前の舞踏会でのことだ。


 輪になって盛り上がっていた男性陣の一人が、不意に何歩か後退した。

 それで、ぎゅう、と足の甲を思いきり踏まれてしまったのだ。


「っと…これは失礼…」

「あ、いえ…」


 男性は私のことを頭のてっぺんから足先まで見て、へらっと笑うと、仲間内の中に戻っていった。


「おい、お前気をつけろよ」

「いやー、地味すぎて気が付かなかったわ」

「おいおい言いすぎだろ。確かにいたのかって感じだけど」

「可哀想だろー?誰かダンスに誘ってやれよ」

「俺はパスだ。言い出したお前が誘えよ」

「勘弁してくれ」


 ひそひそと話しているつもりなのかもしれないが、まるで耳元で話しているかのように全てがクリアに聞こえる。

 私が彼らに何をしたと言うのだろう。居た堪れなくなって、その場を一歩二歩と遠ざかる。

 この間デビュタントを済ませたばかりの私は、すっかり社交界が怖くなっていた。


(足を踏んだのは確か…レベット・カシリオン伯爵、だったわね)


 二、三度挨拶したことがあるはずだ。みんな初めは普通に接してくれていたはずなのに、日に日に私を見る目つきが変わっていった。

 そんなのただの考えすぎだ、自意識過剰だと思ってみたこともあるけれど、実際に聞こえてくる声に、これは相当嫌われているかもしれないと思い至るまで、そんなに時間はかからなかった。


「っ…」


 堪らず出入り口に向かって走り出した時、後ろから「あ、聞こえてたか?」「まさか」と声がした。


(帰りたい。早く。一刻も早く)


 そして、一曲ダンスを終えたダステムの前を通過した時だった。

 パシッと腕を掴まれて、ビックリして振り返る。


「おや、マリーア殿…」

「えっ?あの…」

「どうしたのですか、そんなに急いで」

「今日はちょっと…もう帰ろうかなと」


 ダステムは、私を見かけると時折話しかけてくれていた数少ない相手だ。私にとって、彼の存在がどんなに心強かったことだろう。

 帰ると告げると、彼はあからさまに眉尻を下げた。


「なんだ…なら、僕も帰ろうかな」

「そんな、なぜ?」

「なぜって…君がいないとつまらないからだけど」


 どういう意図なのだろう。よくわからないまま、掴まれた腕を気にした。


「ああ、すまない。掴んだりして」

「いえ、気にかけてくださってありがとうございます」

「うーん…」

「まだ何か?」


 彼は私の手を取り直すと、手の甲にくちづけを落として言った。


「マリーア殿、せっかくの舞踏会だ。もし良ければ、帰る前に一曲、僕と踊ってくださいませんか?」

「……ええ。喜んで」


 ホールの真ん中、くるくると変わる景色。みんなが私たちを見ていた。どういう意味を孕んだ視線なのかは分からない。

 ダステムはその視線を気にしている様子はない。


「良いのですか?私と一緒にいたら、貴方まで嫌な思いを…」

「嫌な思い?なぜ?僕は今、最高に幸せなのに」


 ぽそりと囁かれた言葉が耳元をくすぐった。

 思わず肩を竦ませると、ダステムは形の整った唇がニッと笑う。


「どうやら僕は、あなたの事が気になって仕方がないようだ」

「私も…きっと、同じ気持ちです」





✳︎ ✳︎ ✳︎





 つまらないことを思い出したなと思う。


 私をエスコートするでもなく、ダステムはすたすたと先に進んでいく。

 何人かのご令嬢が駆け寄って、一言二言親しげに会話をしている。

 そのうちの一人がダステムの腕に手を絡めてさっさと行ってしまった。


(……堂々としたものね)


 以前から他のご令嬢との距離が近いなとは感じていたが、随分とあからさまになったものだ。

 ロメリアとのことが私に見られたからだろうか。彼女とは親しいつもりだったので流石にショックだったけれど。

 ダステムは、浮気なんて一回しても百回しても同じだと思っているのだろうか。どういう思考回路なのだろう。


(私が、ダステムにとって、火遊びを隠すことにも値しないのかもしれない)

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