第一章:追放の風、そして出会いの地
北の国、リトアナ皇国。
その中心にそびえる白亜の宮殿は、黄金の尖塔を空へと伸ばし、太陽の光を反射して神々しい輝きを放っていた。
しかし、その美しさの裏側には、権謀と嫉妬、そして歪んだ正義が蠢いている。
ユリシア・ヴィルター・エーベルルト──皇太子グエル・レオンハルト・リトアナの婚約者であり、皇族の血を引く高貴な令嬢。
その美貌と才知は宮廷でも一際目立ち、多くの貴族たちから称賛されていた。
しかし、その母がかつて「悪役令嬢」として宮廷を混乱に陥れたという噂が、今なおユリシアの足を引っ張っていた。
「ユリシア嬢は、母の血を受け継いでいる。いつか皇国を滅ぼすだろう……」
そんな陰口が囁かれ、やがては皇太子の側近たちの口からも聞こえるようになる。
そしてついに、ある夜──ユリシアは「皇太子の暗殺を企んでいた」という虚偽の罪を着せられ、辺境の村「エーデルハイト」へと追放された。
一方、南の国、アストラル聖王国。
ここでは、女神の加護を受けたとされる聖女が国を導く伝統があった。
その聖女候補として生まれたのが、リィーナ・シャマル。
幼い頃から神殿で厳格に育てられ、神聖な力を持つと信じられていた少女だった。
しかし、異国から現れた聖女候補──シャナ・イワノヴァの登場により、すべてが崩れ去る。
シャナは劇的な神託を受け、奇跡を起こし、民衆の心を一瞬で奪った。
対してリィーナは、「加護が弱い」「神に選ばれていない」とされ、ついには「無能な聖女」として村へと追いやられてしまう。
エーデルハイト──山に囲まれ、外界との往来も少ない、忘れ去られたような村。
そこに、二人の追放された少女は、運命の糸に導かれるようにして、同時に辿り着いた。
雨の降る夕暮れ。
古びた宿屋の軒下で、ユリシアは湿ったマントを抱え、空を見上げる。
その横で、リィーナもまた、聖女の白いローブを泥に汚しながら、静かに息をついていた。
「……あなたも、追放されたのですか?」
ユリシアがふと口にして、リィーナは驚いたように目を見開き、やがて小さく頷いて見せる。
「はい。聖女としての資格がないと……。あなたは?」
「婚約者として不適格とされ、母の罪を背負わされました」
二人は互いの境遇を語り合った。
同じように、真実をねじ曲げられ、名誉を奪われ、大切なものを失った。
そして、その背後には──
「シャナ・イワノヴァ……?」
ユリシアの声が、冷たく震える。
「その名を知っていますか?」
リィーナが問うと、ユリシアは、唇を噛みしめながら言った。
「彼女は、私の婚約者グエル王子の側に現れた。まるで運命のように……そして、私の罪を証明する証言をした。あの女がいなければ、私は追放されなかった」
リィーナの瞳が、闇のように深くなる。
「……ならば、共に復讐しましょう」
静かな声。
しかし、その中に宿る決意は、鋼よりも硬かった。
「あなたは悪役令嬢と呼ばれ、私は無能聖女とされた。ならば、そのレッテルを逆手に取り──真の悪役を、この手で裁きましょう」
ユリシアは、初めて笑う。
冷たく、しかし美しく、復讐の炎を宿した笑みだった。
「賛成よ、リィーナ。私たちの物語は、ここからが本番だわ」